KAC20232 ‐ 残酷で実に不快な話

環月紅人

本編(777文字)

 ここ最近、毎日、ぬいぐるみの左手が玄関先に転がっている。

 どんな嫌がらせなんだと思った。


 私は数年前に交通事故で左腕を切断手術している。長らく生活は不便だったが今では慣れた。悲壮的に生きているつもりはない。

 だからどこの馬の骨だか知らんが、こんな当てつけのような真似をされる理由などないのだ。

 初めは無視をしていたが、こうも毎日だとフラストレーションにもなる。警察に相談してもいい案件だとは思ったが、こんな真似をする愚か者が、どんな人間なのかは気になった。


 現行犯で捕まえてやろう。私は武術の心得があるし、片腕がなくともそれくらいは出来る。自惚れであるつもりもない。もちろん、護身用の装備もあるからこそ取れる選択の一つだった。


 家の玄関の前に張り込む。擦りガラスになるので誰か来れば分かる。それほど待たずして愚か者はやってくる。

 逃がすものか。私は勢いよく玄関扉を開けた。


 ――そこにいたのは、怯えたように体を震わせる小さな女の子であった。ランドセルを背負うような子だ。

「な……」と思わず勢いが削がれる。彼女は今まさにぬいぐるみの手を置こうとした姿のまま静止しており、現行犯であるのは間違いないのだが……相手が子どもだとは思わなかった。


「おねえさん、おててないから、かわいそうだなっておもったの……!」


 ポロポロと泣きながら白状する女の子に息が詰まる。その態度に悪意は感じられない。行為そのものは到底許されないものではあるが、情状酌量の余地はあるのかもしれない。

 そんなふうに思い込みそうになった。


「このぬいぐるみの腕はどうした?」

「……キャハハっ」


 ……冷静に考えて。このような所業をいくらぬいぐるみにでもしてしまうような子どもには、同情されても何も嬉しくない。


 何より、無垢な子による残酷なこの行為が、片腕を失った不慮の事故よりも心の傷として残る経験になった。


 ああ、不快だ。

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