11.那由多と刹那③

 同じ人を好きになってしまった双子がいた。


 双子はこのゲームのルールに則れば、最低でもどちらか片方しか生き残れない。

 双子の身体能力はほぼ互角であるが、しかし補給された武器はナイフと拳銃だった。

 これでは、不公平である――そう考えた双子は武器を探しに行くことにした。


 そして、妹は閃いたのである。


『ゲームをクリアした人から銃を貰えばいいんだよ! もう使わないわけだし、頭を下げて事情を話せば分かってくれるよ、クラスメイトなわけだし!』


 銃を支給された、他ならぬ得している方の妹は、その直後にまるで図ったかのように鳴り響いた銃声に、駆け出したのだ。


 姉は――内心この武器探しに乗り気ではなく、何なら探している間に全てがなあなあになって、二人一緒に爆死してしまえばいいと考えていた姉は――、その背中を追う。


 そもそも人殺し相手に交渉など出来るのだろうか――そんなことを考えながらも。


 そうして彼女たちは雑木林に到達して、二人のクラスメイトに出会った。


 なんてことのない、地味な二人組だ。名前は思い出せない。きっと普段から目立たない二人だったのだろう。

 それでも片方だけはどこかで喋ったことがある気がするけれど。

 何にせよ、足元に死体が転がっているし、銃も持っているから、さっきの銃声の発生源であることは間違いないなかった。


「ごめん、ちょっと提案があるんだけど――」


 そう言うと妹は両手を上げて、言葉を続けた。斜め後ろに立った姉もまた手を上げておく。


「二人のどちらか片方は、さっきゲームをクリアしたってことでいいんだよね? だったらちょっと提案があるんだけど――」


 そうして、妹はここに至るまでの経緯を説明した。


 改めて説明を聞くと、すごい馬鹿みたいな話だと姉は思った。


 もっと言うと、気が狂っているとさえ思った。わざわざ対等な条件で殺し合うために協力して武器を探すなんて、気が狂っている。


 狂っているといえば、こうして死体を傍らにして、仕方なかったとは言えども人殺し相手に真面目にことのあらましを説明しているのも、狂っていると思う。


 それを言ってしまえば、この状況が、一番好きな子を殺さないと脱出できないデスゲームという状況そのものが、何よりも狂っているのだけれど。


「……だったら、まずあなたたちが敵じゃないって証明してほしい」


 妹の説明を聞くと、片割れが言った。なるほど、実に理にかなった要求である。

 もしかしたら、そう言って不意打ちしてくるのかもしれないのだから。


「そうだな、とりあえず武器は後ろに捨ててほしいかな。あなた達の言葉が正しいなら、銃とナイフを持ってるはずだけど」


 言われた通り、武器を捨てる。妹は銃を、姉はナイフを後方に。


「じゃあ、次にカードを見せて」


 そうだ、結局はこれがいちばん大事なことだろう。


 もしカードに自分たちの名前が書いてあったら、それで全てご破産なのだから。


「うん、わかった。……那由多ちゃんも」


 二人は頷き合って、カードを提示した。


 そこにはたしかに、彼女たちとは異なる名前が書いてあった。


『真中衣瑠』


 西尾杏里は半ば反射的に発砲した。


 姉妹が知る由もないことだが、その名前は目の前の少女たちにとって、とんでもない地雷であった。 


 ……なにせその名前は、他ならぬ自分たちをいじめていた主犯格のものなのだから。


「――那由多ちゃん、逃げて!」


 妹の、刹那の悲痛な叫びが、銃声と半ば同時に響いた。


 ※


 そも、ふたりがそっくりであることをやめようとしたのは、小学5年生のときのとある事件が切っ掛けだった。


 かつても姉妹のあいだで、同じようなことがあったのだ。


 何もデスゲームに巻き込まれたわけではない。ただ、同じ人を好きになってしまったのである。


 その時は泥沼であった。那由多と想い人が先に交際したが、その際に刹那は那由多のふりをして想い人に取り入って、キスまでしてしまった。

 それが発覚すると同時に、掴み合いの大喧嘩になり、ついでに想い人との交際は全てぱあになった。


 そして彼女たちは、真逆の格好を志向するようになったのだ。


 園児の頃から行きつけの美容院で、那由多は髪をばっさり切ってもらい、刹那は髪を茶色に染髪した(那由多はともかく刹那は学校で怒られたが知ったことではなかった)。


 微笑ましいことに、その時も同じ時間帯にやってもらったのだが、しかし席はひとつ離れていて。


 いつもは隣だったはずのそれがひとつ離れただけで、彼女たちは違う何者かになれると信じていた。


 そこにあったのは、すでに怒りなどではなくて。


 ただ、祈りがあっただけである。


『他人同士にならないと、違う人間にならないと、またこういう事が起きてしまう』


 今までは同じものを共有出来たけれど、これからはそうではない事も多いだろう。


 今回みたいに同じ人を好きになってしまって、お互いを傷つけるくらいならば、距離を取って、違う人間になったほうがマシだ。


 ゆえにそれは怒りではなく、祈りであった。


 それは姉と、妹と、ずっと一緒にいるためのおまじないのようなものであった。


 だけど、その結果はどうだ。


 違う格好をして、違う人と遊んで、それでも同じ人を好きになるなんて。


 あまりにも、血は争えない。


 争えないのは好みだけではなかった。


 このクラスになってすぐに、ふたりは真中衣瑠に一目惚れした。


 そうだ、一目惚れである。


 だけども、彼女たちは真中衣瑠にアプローチするどころか、近づくことさえしなかったのである。


 なるべく目をそらして、それでも気がつけば目で追ってしまうような、そんな片思いを彼女たちはこの半年続けていたのである。


 それもこれも、過去の経験がゆえであった。


 また、小学生の時のような泥沼にハマりたくない。


 つまりは無意識でおのが姉妹に両者ともに遠慮して、身を引いたのだ。


 あるいはそんな謙虚さえ捨てていれば、真中衣瑠が最低最悪のいじめっ子だということを知ることが出来て、100年の恋も冷めていたかもしれないのに。


 だけど現実は、同じ人を好きになって、そのせいで凶弾は妹に、刹那に襲いかかっていた。


『――那由多ちゃん、逃げて!』


 刹那は腹を貫かれている。真っ赤な飛沫が上がっている。


 頭の中がまっ白になり、真っ赤になり、冷静な判断が出来ない。


 自分が撃たれたわけじゃないのに、お腹が痛かった。


 だけどそれでも、逃げるはずがなかった。


 かわりに那由多は、刹那の捨てた銃を拾っていた。


「――よくも、刹那をっ!」


 刹那を、自らの半身を撃った女に向かって、引き金を引く。


 だけど、耳をつんざくあの音は聞こえなくて。


 何度引き金を引いても、カチャカチャという音が虚空に響くだけで。


 刹那はそれを、片膝を付いて腹を抑えながら絶望的な表情で見ていて。


「……え?」


「驚かせやがって、この悪食女が!」


 あちこちを撃ち抜かれながらも、那由多は悟った。


『ちょっとおしっこ』


(……そっか、あのとき、銃弾を捨てたんだ)


 刹那は那由多を殺したくなかった。


 だからひとりでトイレに行くふりをして銃弾を捨てたのだ。


 だから他の拳銃を手に入れることに、あそこまで乗り気だったのだ。


 福山刹那は、福山那由多に殺されるつもりだったのだ。


 銃弾を捨てた拳銃で、無抵抗に撃ち抜かれるつもりだったのだ。


(……自分から殺されに行くなんて、意味わかんない)


 最期の最期で、彼女たちは別の個人になって。


 かくして福山姉妹は、蜂の巣にされる。


「……ごめんね、那由多ちゃん――」


 血まみれになりながらも刹那は那由多の亡骸に手を伸ばし、


「――黙れよ、悪食の変態」


 その頭を撃ち抜かれた。


 死亡者名簿

 17.福山那由多

 18.福山刹那


 ……残り20名

 

 


 


 


 






 


 

 

 




 

 







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