10.不殺なふたり?/不殺なふたり/殺すしかないふたり

「うううううううっ、埋橋うずはしさん! 実はわたし、銀髪萌えだったの!」


 見晴らしのいい草原にて。

 この世で一番情けない告白とともに拳銃を突きつけた中島ハルは、埋橋唯愛に秒でアームロックを極められていた。


 ちなみに実はもクソもなく、ハルは自分のツインテールを銀色に脱色している。さらにフリルの付いた眼帯を右目につけており、中々に個性的な出で立ちだ。


「痛い、痛い、痛い、ギブ、ギブだって、取れる、取れるからっ」


「……どうしよう、水庫みずくらさん」


 拳銃を百那ももなの方に蹴り飛ばし、極めながらに問う。


「……どうしよっか」


 百那は百那で、困った顔をしている。


「ここここっ、殺さないで、死にたくないから!」


 別に殺さずに開放してもいいが、それは単なる偽善だった。どうせあと十数時間後には唯愛を殺せなかったせいで首の爆弾が爆発して死ぬのだから。


「デスゲームって最悪だね、埋橋さん」


「……今更すぎだよ、水庫さん」


 本当に、今更だった。絶えず移動していたおかげもあってか、ゲーム開始から5時間、初めて襲いかかってきた相手がこれである。


「ごめん、ごめんって、謝るから、だからっ、だからっ」


 にしても哀れだった。哀れにもなるだろう、命がかかっているのだから。


「そういえばさ、埋橋さん」


「何?」


「わたし、埋橋さんのこと名前で呼びたいな。わたしのことも百那でいいからさ」


「え、ちょっ、それ私を極めてるときに提案することですか!?」


「ね、唯愛ちゃん?」


「……」


 思わず顔が赤くなる。極めながら赤くなる。唐突が過ぎるが、うれしすぎる。


「……百那ちゃん」


「待って、マジで、極めながらいちゃつかないで、あ、腕が、腕が、腕がっ、これ本当に、折れ、折れっ」


「離してあげなよ、唯愛ちゃん」


「……うん、百那ちゃん」


 噛みしめるように言って、唯愛はハルを離した。


「もう二度とこんな事しちゃ駄目だからね?」


 百那が足元の銃を拾って構えながら言うと、


「あ、はい、わわわわっ、わかりましたっ!!」


 ハルはこけつまろびつ、逃げていった。


「わたしが決めることじゃなかったかも。狙われてたの唯愛ちゃんだったわけだし」


「……ううん、いいよ。私もどうせそうするつもりだったし」


 なんて言いながらも、唯愛の頭の中は“唯愛ちゃん”を噛みしめることだけで精いっぱいで。


「中島さん、面白かったね。……死んでほしくないや」


「それは、まあ、私もだよ」


 どれもこれも、こんなふざけたデスゲームを主催したやつが悪い。


「わたしさ、ずっと思ってたんだよ、唯愛ちゃんって呼びたいって。いつまでも他人行儀だしさ。だから、修学旅行で呼べるようになったらいいなあ、なんて思ってた」


 百那は草地に体を投げ出して、そう言った。思わず、唯愛の目頭が熱くなる。


「……みんな好きだから、みんなで生き残りたいな」


 言いながらも、百那のカードは相変わらず白紙で。


「うん、私も誰も殺したくないよ」


 唯愛のカードには百名の名前が書いてあって、そもそも彼女は、すでに百那に取り入るためのカード目的で、西園寺ななを殺害していた。

 先ほどだって、百那の手前で殺すのを躊躇っていたにすぎない。


 そんな彼女たちの言葉は、どこか空虚で。


 だけどそれでも、唯愛は出来るなら誰も殺したくなかった。


 あくまで、出来るなら、だが。


 ※


『みんなを味方をつけるって言ってもさあ、烏丸からすまさん』


 白紙のカードを持つ陰キャ――針井はりい舞々まいまいは、基本的にこれを言ったら相手がどう思うだろうかとか、そんなこととは程遠い場所で生きていた。


 だから空気を読まずに、戦いを止めるために仲間を集めようとしてる黒ギャル――烏丸リリィに意見した。


『難しいと思うよ? だってみんな、殺し合いに巻き込まれてピリピリしてるし、最悪こっちが狙われることだってあると思う。カードに書いてある目標が私たちじゃなくてもさ、そういう理想論をぶつけてくるやつってイライラしてるとかなりきついし……。

 ていうかそれ以前に、烏丸さんは友達たくさんだし、殺さないと殺されると思ってる相手の説得なんか今の材料じゃ無理じゃない?』


『まあまあ、やる前にぐちゃぐちゃ考えてもしょうがないっしょ。白紙カードのハリハリはあーしの後ろに着いてくればいいんだよ』


 だけど黒ギャルは大人で、そんなふうに笑顔で答えた。


『……ハリハリ』


 それにしても、その鍋みたいなあだ名は何なんだ。


「リリィ、死んでっ!」


 かくして、ハリハリ、もとい舞々の予想は的中する。


 烏丸リリィに向かって拳銃を構えた彼女――鍵沢くるみは、すでに血まみれで。


(一番嫌なのが来た)


 舞々は反射的にそう思った。


「待って、待ってよ、くるみ。……あーしら友達じゃん、ね?」


 リリィが銃も持たずに、つとめて笑顔のまま、手を広げて言う。


 だから殺しに来たんだろう。あるいは相手は友達以上がいいのかもしれないが。


「うるさい、殺さないと殺されるんだ! あたしは死にたくない!」


「あーしだって死にたくないよ、だけどこうやって殺し合う以外にだって方法が――」


 リリィの言葉を遮るように、くるみが発砲した。


 それは幸いなことに明後日の方向に外れたが、それでも。


「方法なんかないよ! だってあたし、もう人殺しちゃったし!」


 まあ、だろうなと思った。


 涙目で叫ぶくるみを尻目に、舞々は考える。全身を汚す血は彼女のものだったらすでに致死量であり、すでに誰かしら殺してると考えるのが当然だろう。そしておそらく、その相手は――


「殺しちゃったんだよ、あたし、カエデを!」


 カエデさんのことは全く知らないが、おそらく二人の共通の友人に違いない。

 そのカエデさんのカードに書かれていたのがくるみで、彼女はそれを返り討ちにしてしまったのだろう。


 誰かに命を狙われて、それを殺してしまった。なるほど、普通の人間が殺人を犯す下地は十二分に整っているように見えた。


 他の誰かもやっている。自分もやってしまった。さらに生き残るためという大義名分がある今、彼女を止められる人間がいるだろうか。


 ――なんてことを、どこまでもクールに、他人事めいて舞々は考えていた。


 考えていたが、実際の彼女は隅っこでガタガタ震えながら、頭に手をやって土下座めいて体を伏せていただけである。


 頭だけが、他人事のように状況を俯瞰している。


 体は恐怖で動かない。


 銃の恐ろしさを、今彼女は肌身でこれでもかと味わっていた。


「……許せない」


 そんな舞々とはひどく対称的に、リリィは両手を広げ、銃の前に立っていた。まるで、微塵の恐怖も感じていないかのように。


「でしょう! あたしはもう、リリィとは別の生き物なんだよ! 人殺しなんだ――」


「――やっぱ許せないわ、このゲームの主催者」


「……は?」


 その声には、明確な怒りが滲んでいて。


「カエデもくるみも、すごい仲良しだったのに、友達だったのに」


 徐々に徐々に、その足はくるみと距離を詰めていって。


「……何を言って」


 銃を持っているはずのくるみの足が、後じさりしていって。


「ねえ、くるみはさ、カエデのこと殺したくて殺したの?」


「それは、違うけど」


「じゃあ、なんで殺したの」


「そ、それは、あの子が襲いかかってきたから」


「じゃあ、なんでカエデは襲いかかってきたの」


「それは、あたしを殺さないと、生き残れないからで」


「――じゃあ、そんなふざけた状況を用意したのは誰かって、聞いてるの」


 銃声よりも恐ろしい、ドスの利いた声だった。


「ねえ、なんで怒らないの? くるみもカエデも悪くないんだよ? こんなふざけた状況を生み出した相手に、なんで怒らないの?」


「でも」


「――でもじゃない!!!」


 鼓膜が裂けるかと思った。銃声よりも、なお大きい大音声が響き渡る。


「いっしょに仇を取ろうよ」


 くるみが、ぱたりと膝をつく。


「カエデを殺したのはアンタじゃない、くるみじゃないんだよ」


 そのまま、リリィが手を伸ばす。その声は、先ほどと真逆の優しさを湛えていて。


「カエデを殺したのは、あのふざけた仮面のやつなんだ」


「……うん」


 リリィの手を、くるみが取る。


 舞々が、やっと立ち上がる。


 そして、こう思った。


 ああ、このギャルといっしょなら、なんとかなるかもしれない。


 それは、その後光さえも放つほどの神々しい姿は、死語になったカリスマギャルそのものだった。


(――多分使い方違うけど)


「……ね、何とかなりそうっしょ?」


 だけど、そんなふうにウインクをするリリィの足は震えていて。


「ちょっ、烏丸さん!?」


 緊張の糸が切れて倒れるリリィの体を、舞々はとっさに受け止めた。


 思ったより軽いなと、思った。

 

 あと、いい匂いがするなと思った。


(……そっか現実の女の子も、普通にいい匂いするのか)


 ぼっちすぎて今まで気づかなかったけれど。


 二次元専門ぶっていた舞々だったが、ちょっとは生身の女の子も悪くないような気がした。


 ※


 自分をいじめていたクラスメイトと、それを傍観していたクラスメイトへの復讐――それを目的に西尾にしお杏里あんりは、同じくいじめられっ子である宮沢みやざわ秋羽あきはとともに、デスゲームの趣旨に反した虐殺を繰り広げていた。


 そして今も、ひとり殺したばかりである。


 偶然出会い、笑顔で共闘を申し出てきたクラスメイトを、杏里はついカッとなって撃ち殺した。


 おそらく、何の接点もない自分たちならば却って協力できる――そんなふうに考えたのだろう。小賢しいやつだ。

 あれだけ自分たちがひどい目にあってるのを平気で傍観しておいて、実に都合のいい話である。


 どうせならば、共闘を快諾した後に手ひどく裏切ってやったほうがこの名前も思い出せない何某もショックを受けたのかもしれないが、そこまで冷静になることは出来なかった。


「……これで4人目? なんて名前だっけ、こいつ?」


 怒りを鎮めるのと安全策として何発か頭に撃ち込んだ後、杏里は秋羽に問う。


「あは、わたしも思い出せないや。ていうか、杏里ちゃん以外のクラスメイトはいじめっ子しか覚えてないわ」


「……悔しいけど、私も真中たちの名前しか覚えてない」


 二人の世界は、ひどく狭いものだった。


 お互いと、三人のいじめっ子だけ。それが杏里にとっての加治屋女子高等学校二年四組であった。


「ていうか、その肝心の真中はどうしてるの」


 そうだ、真中まなか衣瑠エル。あのいじめの主犯格こそが一番殺したい相手なのに、一向に見つかる気配がなかった。


「性格クソだから他のやつに殺されてたりして」


「えー」


 そうは言ったが、ありそうなことだった。

 自分のように恨みを抱いた他人が、真中たちを殺している可能性はゼロとは決して言えないだろう。

 あるいは、真中衣瑠の名前がカードに書かれていて殺されてる可能性も――


(……ないない、それだけは絶対ない)


 あんな女を、どこの誰が好きになるだろうか。

 そんな趣味の悪い女は常識的に考えて殺さないと駄目だろう。

 100歩、いいや1兆歩譲って顔だけはいいかもしれないが、それ以外は最悪の女ではないか。


(まあ、誰であろうとクラスメイトは皆殺しなんだけどね)


「ごめん、ちょっと提案があるんだけど――」


 そんなことを考えていたら、またクラスメイトがやってきた。

 おそらく、先程と同じ、共闘の申し出だろう。


(……そうだ、今度こそ騙し討ちで絶望させてやろう)


 動こうとする秋羽を手で制して、杏里は酷薄な笑みを口元に微かに浮かべた。


栗色の髪にカールのかかった、……確か双子の片割れである。さらに遅れて、もうひとりの双子もやってくる。


 さあ、どう料理してやろうか――そんな思惑は、彼女たちが提示したカードによって雲散霧消した。


 死亡者名簿

 15.名塔カエデ

 16.雛屋サユ


 ……残り23名

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