9.那由多と刹那②

「ちょっとおしっこ」


 まるで子どもの頃に戻ったような刹那の――双子の妹の言葉に脱力しながら、那由多は彼女が向かった雑草から少し距離を取った場所で周囲を警戒していた。


 今なら後ろから刺せばナイフで彼女を殺せるだろう。だけど、そんな気はさらさらなくて。


 しかし、いつかどちらかがどちらかを殺さないといけないという状況は、依然として変わっていなかった。


 お互いのカードに書いてあったのは、同じ名前であった。つまりは、彼女たちは全く同じ人物に惚れてしまった、ということである。


 好きな人のかわりはいるかも知れないけど、家族の代わりはいない――最初に言ったのは果たしてどっちだっただろう?――そんな思想のもとに、お互いの殺人を手伝ってもらおうと思っていたのに、これでは何もかも水の泡である。


 顔も同じならば考えることも同じで、女の趣味も同じ。


 お互いに真逆の格好をして双子らしさを払拭しようとしたが、全く無意味だった。


 そんな彼女たちに唯一違う点があるとしたら、それは支給された武器が違うということだけで。


 那由多はナイフで、刹那は拳銃。お互いの身体能力が同じならば、どちらが勝つかはあまりに明白だ。だけどそれじゃあ、公平じゃない――そんなわけで、彼女たちは武器を探していた。


「……探すって言ってもなあ」


 まあ、全然捗ってないのだが。


 彼女たちはまず、最初にデモンストレーションで殺害された犬島はるかと古洞息吹のキャンプを目指したが、すでにもぬけの殻であった。彼女たちに支給された武器は、どこかの誰かが回収したのだろう。


 だけど、そうやって見つからなかったことに安心している自分もいて――


「戻ったよ」


 刹那がそのふわふわした髪を揺らしながら、こちらに戻ってくる。


「で、どうするの、これから? アテが外れちゃったわけだけど」


「那由多ちゃんに分からないことがわたしに分かるわけ無いじゃん」


 まあ、それはそうなのかもしれないが。


「でも、そうこうしてるあいだにあの子が殺されちゃうかもだし」


「そしたら二人揃って大爆発だね」


 まんざらでもないと言ったふうに、那由多はいった。


「あと言ってて思ったんだけど、カードに書かれた相手が先にクリアしちゃったらどうなるんだろ?」


「……あ、本当だ。特にそれらしい説明はなかったと思うけど」


「ガバガバじゃん」


「あの趣味の悪い仮面、何も考えてなかったりして」


 なんて二人で笑い合う。笑い事じゃないが。


「まあ多分、クリアした時点で爆発すると思うけどね。こういうのは最悪のケースを予想しなきゃ」


 刹那の言葉に、那由多はうなずく。だったら今すぐにでも行動に出るべきなのに、二人は相変わらず会話を続ける。


「……で、話は戻るけど、銃がほしいなら死体から漁るのはどうかな、那由多ちゃん。流石に生きてる相手はこっちを警戒して武器はくれなさそうだし」


「それは無理だと思う」


「なんで?」


 刹那の問いに、那由多は答えた。


「もしわたしが襲ってきた相手を殺したら、武器も回収すると思うから。襲った相手を殺したとしても、同じだと思う。たとえクリアしたとしてもさ、それですぐに脱出できるとは限らないわけだよ。そしたら、武器は回収していくと思う。この島にいる間は命を狙われる可能性があるわけだしね」


「なるほど。……なるほど」


 そこで刹那は腕を組んで、目を瞑って黙ってしまった。


 襲って奪えばいいとは、二人とも言わなかった。そもそも、そういう発想が彼女たちにはなかったのである。


 那由多も同じように考えるが、特にいいアイディアは浮かばなくて、ただ時間だけが過ぎ去っていくだけだった。


 あるいはこれも、単なる現実逃避の時間稼ぎで、実のところ今この瞬間にも爆弾が爆発して二人とも死ねば、それでいいのではないか――そんなふうにさえ、那由多は考えてしまう。

 刹那はどう考えてるのかは分からないが、少なくとも彼女はそうであった。


 思えば、死体を漁ったところで無意味など、ひどく根拠薄弱な話である。理屈としてはそうかも知れないが、実際にやってみないと分からないだろう。殺したあと焦って武器をそのままにする可能性だって否定できないのだから。


 だからそれは単なる屁理屈で。


 ただただ、好きな相手を殺すのも、家族を殺すのも、家族に殺されるのも、嫌だった。それだけだった。


 だったら殺意もクソもない爆弾に即死させられたほうがいいのではないかと、気がつけばそんなことを考えてしまう。


 嫌ならば抗えばいいではないかと思うけれど、そんな気も起きなくて。


 あるいは、他の家族に会うことも出来ずに死んでいったクラスメイトと比べれば、こうして刹那と一緒に死ねるならば、それは幸福なことじゃないかと――


「――そうだ、こうすればいいんだ!」


 唐突に、刹那が声を上げた。拳で手のひらを叩き、目を輝かせている。


「ゲームをクリアした人から銃を貰えばいいんだよ! もう使わないわけだし、頭を下げて事情を話せば分かってくれるよ、クラスメイトなわけだし!」


「……」


「カードを見せて敵じゃないって証明すればきっと大丈夫だって! わたしって天才じゃない?」


「……いやでも、そんな都合よく分かるもんなの? ゲームをクリアしたかなんて」


「銃声に耳を澄ませばいいんだよ。銃声が鳴り止んだら、きっとそれはクリアした証拠だもの!」


 そう言ってはしゃぐ妹に、那由多は少し、いやかなりげんなりしていた。


 理屈としては間違っていないが、だからこそ厄介である。


「でもほら、そんな都合よくゲームクリア者が現れるなんて――」


 言い終えるよりも早く、銃声が鳴った。……おそらくかなり近くで。


 数発鳴り響いてから、しばし沈黙がその場を支配する。


「……行こう!」


「え、ちょっ、待って!」


 刹那が駆け出すのを、那由多が追う。


 ……果たしてうまくいくのだろうか。ゲームクリア者から武器を譲り受けるなど。そして上手くいったとして、その後何があるのか、刹那はちゃんと分かっているのだろうか。


 そんなことを考えながらも、那由多は妹の背中を追った。

 



 

 












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