12.この地獄の片隅で

 山田やまだ千明ちあきは、このゲームを最初にクリアした人間だった。


 この修学旅行の実行委員のひとりで、クラスで、いいやこの学年で、誰よりもこの修学旅行を楽しみにしていた彼女が、いの一番に自分の一番好きなクラスメイトを殺したのだ。


 眼下に、灰色の砂浜に横たわる、同じ実行委員の緑山みどりやま椿つばきだったものがあった。

 実行委員として一緒に仕事をする前まではいけ好かないやつだと思っていた、だけど本当はすごくいい子だった、あの子が。


 その死に顔は、生前のそれとは程遠いもので。


「こんなの、椿さんじゃない」


 反射的に拳銃で何度も顔に穴を開けていた。


「……ああ、こんなときは瞼を下ろしてあげればよかったのか」


 今やどこが瞼でどこが鼻でどこが口かも定かではなかったが。


「……どうして、こんなひどいことを私たちにさせるんだろう」


 一番好きな子を殺さないと、殺される。考えうる限り、最低最悪ではないか。


 例えばこれが、クラスの誰でもいいからひとり殺せでも、最悪だったろうに。


(私は、クラスのみんなが、2年4組のみんなが、好きだから)


 2年4組のみんなが、こうして殺し合いをさせられている現状が、あまりに苦しかった。


 女の子を殺し合わせて、何が楽しいのだろうか。頭がおかしいのだろうか。


 こんなの、仮に生き残っても、それでどうなるんだろう。


 日常に戻っても、なにか楽しいことがあっても、きっと脳裏には椿の死に顔が、断末魔が、あらゆるおぞましい記憶が、蘇るに違いない。


 自分が椿の未来を奪ったというあまりに重たすぎる現実を、ずっと背負い続ける運命が、今の自分には待っているのだろう。


 そしておそらく、この罪は決して断罪されない。


 彼女はあくまで被害者で、無理やり殺しを強要されただけだから――そんな理屈で、大人たちは訳知り顔で千明から罪も罰も奪うに違いない。


「……いっそ、死んでしまおうか」


 呟きながら銃口を咥えるが、しかし引き金を引けない。


 だって、ここで死んでしまったら。


 ここで死んでしまったら、椿が殺された意味がないではないか。


 ああ、むざむざ死んでしまうことさえも許されないなど、一体どれだけこの催しは意地が悪いのだろう。


 頭の中で何度あの仮面の頭を撃ち抜いても、現実は微塵も変わらないし、陰鬱な気持ちはちっとも晴れやしない。


「……じゃあ、どうすればいいの」


 砂浜に、倒れる。波の音だけが、聞こえる。


 少しして、どこか遠くで銃声が聞こえた。


(……ああ、また誰かが、殺したんだ、死んだんだ)


 彼女は何の気なしに上体を起こし、そこでやっと気づいた。


 支給されたスマートフォンがブルブルと震えていて、画面には『ゲームクリアおめでとうございます!』の文字が浮かび上がってることに。


 彼女は気まぐれに、半ばやけっぱちに、その画面をタッチして――


 ※


 佐々木ささき二千花にちかは自らのカードに書かれていたその名を見て、顔が熱くなった。


 ただし、照れではなく、怒りのせいで。


 あんな手酷い、最低最悪な別れ方をしたのに、どうして自分は百那ももなのことがまだ好きなのか。


 殺してやる――どうせ出来ない、やらないという文脈のもとで幾度も考えたそれが、急に現実味を持って迫ってきて。


 二千花はそれを、あるいは好意的にさえ受け止めていた。


 こんなことがなければ、百那はずっと自分の胸の片隅に居座り続けただろうから。


 だから、彼女はこのデスゲームを主催した誰かに、感謝したかった。


(自分でもイカれてると思うけど)


 かつての恋敵である鳥山不二子を殺した今でも、その気持ちは変わらなかった。


 いいやむしろ、その気持ちは強固になるばかりで。


 あちこちに転がっているクラスメイトの死体を見ても、何の感慨も湧かないどころか、誰かに先を越されないかと気が急くばかりで。


 だけど、百那はどこを探しても見つからなくて。


「……ああクソ、まさか埋橋うずはしさんがあんな暴力女だったなんて! しかも目の前でいちゃつきやがってさあ!」


 その代わりに、特に関心のないクラスメイト――誰だっけ? 鳴子花さん? 宇佐美さん? がその似合わない銀髪のツインテールを揺らしながら目の前を横切っていくのが見えた。


(……待てよ、銀髪? ていうか、埋橋?)


 埋橋唯愛――おそらく、百那と一緒にいるだろう、銀髪の転校生。


 二千花は反射的に彼女の背中を追う。


「待って鳴子花さん」


「ああ本当に痛い、腕取れるんじゃないのこれ」


「待ってってば!」


 話を聞かない背中にパンチを御見舞する。


「ごっ」


「ねえ、鳴子花さん! さっき埋橋って言ったよね? 会ったの!?」


「……中島だけど」


 ついでに言うと、下の名前はハルだった。


「いいから!」


 二千花は銃を突きつけて問いただす。


「ひいいいい、会いました、会いましたっ」


 このゲームにおいてそれはあまりに悪手――ターゲットを先に殺されてしまえば、自らの死が確定するのだから――だが、武器を奪われて逃走中の彼女に出来ることは何もなくて。


「いっしょに水庫百那もいた!?」


「いいいいいっ、いましたっ」


 涙目で言う彼女に、二千花は満足げにうなずいて、さらに訊ねる。


 水庫百那と埋橋唯愛の所在を。


(ああ、やっとこれで会えるんだ)


 楽しみで楽しみで仕方がなかった。


 百那の小さな頭を、薄い体を、銃で貫けるのが。


 百那の一番に自分はなれなかったかもしれないが、それでも、最期をもたらすことは出来る。


 そう考えるだけで、ニヤニヤが止まらなくて。


(待っててね、百那)


 二千花はハルを開放すると、大急ぎで二人の元へ向かった。


 死亡者名簿

 19.緑山椿


 ……残り19名

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