5.那由多と刹那
親が中二病だったとしか思えないネーミングセンスであるが、実際のところは那由多(姉)と刹那(妹)の区別が付きやすいのと、なんとなく響きが良い程度の理由で名付けられたというのが事の経緯である。
そんな彼女たちの自我の境界は小学校中学年くらいまでは曖昧だったが、成長していくにつれて各々の自我を獲得し、小学校高学年の頃にはあえて真逆の格好をして、あえて真逆の交友関係を持つようになった。ちょうど服を選ぶように、自分の個性を選んでいったのである。
それこそ、双子であると言ったら驚かれるくらいに。顔立ちこそ似ているが、それ以外は真逆になるように、各々が努めたのである。
「「……は?」」
そうやって選んでいった、つもりだった。
なのに、これはどういうことなのだろうか。
二人はそっくりな顔を見合わせて、お互いのカードに書かれた名前に視線を注いでいた。
黒髪にショートカットの姉――那由多――も、腰まで伸ばしたカールのかかった栗色のロングヘアの妹――刹那――も、同じ表情で、同じ名前の書かれたカードを見せあっていたのである。
二人とも別々の第一志望に落ちて滑り止めであるこの学校に通うことになり、さらには二年生では同じクラスになったくらいならば、全くの笑い話で済むだろう。
だけど、これは、これはあまりにも――
「……どっちか死ぬしかないって、こと?」
長い沈黙を経て、那由多がやっと口を開いた。
「……やだよ、そんなの」
それに対する刹那の反応は、至極真っ当なもので。
しかして、どちらかが生き残るには、どちらかが直接的、ないし間接的に相手を殺さないと駄目なのも事実だった。
・カードに書かれた相手を殺せば、脱出できる。
・カードに書かれた相手は、自分がクラスで一番好きな相手である。
・もしその相手が別の誰かに殺されたら、自分の首輪に付けられた小型爆弾が爆発する。
・24時間以内に殺さないと、やはり小型爆弾は爆発する。
「……好きな人のかわりはいるかも知れないけど、家族の代わりっていないじゃん?」
思わず、そんな小っ恥ずかしいことを那由多は呟き、双子の妹は静かにそれに首肯した。
そうだ、二人はやはり家族であり、双子である。だからこそ彼女たちはお互いのキャンプの中間地点でこうして出会ったのであり、考えていることは同じだったのだろう。
お互いの好きな人を殺すのを手伝ってもらおう。そうすれば、罪は半分だし、家族を守ることもできる。
彼女たちはそう考えていたが、しかしその目論見は、見事に瓦解していた。
好きな人が同じでは、どちらか片方しか、生き残れない。
双子の共時性が、あまりにも忌々しかった。
「……どうすんの、これ」
どちらが発言したかなど最早どうでもいい疑問符。あるいは刹那も那由多も、相手が発言したような錯覚に囚われていた。
しかしてこうして頭を抱えている間にも、時間は刻一刻を過ぎ去っていって。
誰かが想い人を殺せば、それだけで私たちは次の瞬間にも爆死する。
だから本当に命が惜しければ、躊躇うべきではなかった。
だけど、躊躇うに決まっているだろう。
(……好きな人のかわりはいるかも知れないけど、家族の代わりっていないじゃん)
彼女たちの思想はそこから出発していて、家族のためならば仕方がないと妥協するまでの時間までも同じだったのだから。
「……これ、回転式だったら良かったんだけどなあ」
おもむろに、刹那が懐からそれを取り出す。
黒光りするオートマチック銃である。
「ロシアンルーレット?」
「うん、ロシアンルーレットだったら公平だったでしょ? これじゃ出来ないし」
公平。
刹那の銃を見つめて、那由多は初めてお互いの違いを意識した。
「わたしなんかナイフだよ」
「……ここでやり合ったら一瞬で片がつくじゃん」
身体能力が互角ならば、優れた武器を持っている方が勝つ。当たり前だった。
だけど、刹那はいきなり発砲しないし、那由多だって隙を縫ってナイフで切りかかることはしないだろう。
だってそれでは、公平じゃないから。
少なくとも幼少の頃の二人は、いつも同じだった。
名前こそ極大と極小であるが、同じものを与えられて、同じように生きてきた。区別をつけるためだけに色違いのものを与えられるが、それ以外はすべて同じだった。
だから二人の間には“公平かどうか”が相変わらず強く根を張っており、その行動規範はこの極限下でも、あるいは極限下だからこそ有効であった。
「……そうだ」
果たして、どちらが言い出したのか分からない。それくらい、両者ともに同じことを考えていたから。
何にせよ、福山姉妹はこんなことを提案していた。
「武器を探しに行こうよ。できれば、拳銃を。そうすれば公平でしょ?」
あるいはそれは、単なる結論の先延ばしだったのかもしれないが。
「うん、いいね。そうしよう」
二人の脳裏には、どこでファーストインプレッションがあったかもわからない西部劇じみた一騎打ちがあって。
背中を向けて10歩歩いて、振り返って撃つ――それならば、公平だ。
確約などしていない。言葉など交わしていない。それでも、双子の脳裏にはたしかにその絵面があって。
これだけ頑張って髪型やメイクで印象を変えてきたことが、馬鹿みたいで。
かくして二人は、公平な勝負のためになどというデスゲームから一番遠い理由のために、武器探しの旅に出るのであった。
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