4.いじめられっ子同盟

「これ、デザートイーグルじゃん。しかも50口径」


 唯愛は普通に引いていた。

 百那ももなの引き当てたというゴツい拳銃。鈍い銀色に輝くそれは、唯愛が先ほど奪った拳銃と比べて一回りは大きく、当然クラスで一番小柄な百那の手には余るサイズ感であった。


「すごいやつなの?」


「厳密にはデザートイーグル.50AEってやつで、世の中で一番威力のある拳銃だよ。訓練してちゃんと構えられるようにならないと、反動で肩を脱臼したりする」


「詳しいね」


「これくらい普通だよ。まあすごいと言えばすごい銃かもだけど、今まで一度も実銃を使ったことのない素人には荷が重すぎるし、大体人殺しにはオーバースペックだよ。鉄板撃ち抜く競技とか、動物の狩猟目的に使われるんだし」


「つまりわたしみたいなちんちくりんには?」


「まあ、向いてないかな。というか……」


 百那には普通サイズの拳銃も向いてるようには思えなかった。というか、訓練していなかったら誰にも拳銃は向いていないだろう。


「とりあえず、訓練しようか、水庫さん。殺すためじゃなくて、身を守るために」


 百那は殺すべき相手が――一番好きな相手がいない。つまり、ゴールが今のところ見当たらないのだ。だからこそ、殺されないために対策を立てねばならなかった。


「いいね。でも埋橋うずはしさんはそもそも銃なんか使えるの?」


「帰国子女だからね」


 そう言って、唯愛は己の銀髪をサラリとかき上げた。あんまり理由になってないが、百那は気にせず続けた。


「良いよね、銀髪。わたしもそれが良かった」


 黒いショートボブの彼女を見て、唯愛は思う。私だってそっちのほうが良かったと――


 ※


 醜い殺し合いがあった。


 灰色の波が押しては返す、小汚い砂浜。汚い不法廃棄物があちこちに流れ着いてきている。殺し合いの現場は、まさしくそこであった。


 お互いを想い合っていたはずなのに、それよりも自分の命を優先した彼女たちは、見るに堪えない罵り合いとともに殺し合いに発展し、今そこには生存者がひとり、それでも怯えるように遺体に馬乗りになって、何度も銃弾を撃ち込んでいた。


 何にせよ、めでたくゲームクリアだ。森富もりとみ瞳美ひとみは、友人の日辻ひつじ広見ひろみを殺害していた。


 そうして夢中で銃弾を打ち込み続けて、やっと弾切れしたところで、瞳美は手元のスマートフォン――テントで武器といっしょに支給されたものだ――が震えていることに気づいた。

 恐る恐る画面を見てみると、『ゲームクリアおめでとう!』の文字が書いてあって――


「え?」


 続きを見る前に、スマホが弾け飛んだ。


「勿体ないことするなあ。あんなに無駄弾撃っちゃって、もう」


 数m先には、一人の少女が拳銃を構えて立っている。


 いかにも邪魔そうなもっさりとした前髪の、黒髪の少女。確か名前は……


西尾にしお杏里あんりだよ」


「ええっと、あなた私のことが好き――」


「――なわけないじゃん」


 杏里が銃弾を放つ。

 だけどそれは、瞳美の頬を掠るだけで。

 瞳美は逃げ出していた。


 この距離で外すとか、ド下手だ。

 先ほどのスマホはまぐれ、というか、本当は頭でも撃つつもりだったのだろう。それが偶然外れてああなっただけに違いない。


 この日本に実銃の扱いに長けた女子高生など、そうそういるものではないのだから。


 それにしても訳が分からない。

 好きでもないなら、なぜ自分は狙われているのか。

 今も銃声こそ聞こえないが、しっかりとこちらを追いかける足音が聞こえてくる。


 瞳美は砂浜を抜け出し、鬱蒼とした森の中に入っていく。


 西尾杏里、どんな女子だっただろうか。

 いつも教室の片隅にいるような、冴えない女子だった気がする。


 正直興味もないし、記憶だっておぼろげだった。

 みんな顔はわかるけど名前は覚えてないのが大半だったのではないだろうか。


 そんなわけだから、好かれる理由も見当たらないし、なんなら殺される理由だって見当たらない。


 理由があったところで殺されたくないが、ないなら尚更殺されたくなくて、必死で薄暗い森の中を駆けていく。


(ああ、そういえば)


 そこでやっと、瞳美は思い出した。


(そういえばこの子、真中たちにいじめられて――)


 思考を遮るように、瞳美は何者かに体当りされた。


 そのまま地面に投げ出されて、遅れて鋭い痛みに気づいた。


「……え、あ」


 見やれば、腹からとてつもない量の血が流れている。

 見上げるとそこには、やはり顔は覚えてても名前は思い出せない女子がナイフ片手に立っていて。


「なんで、なんで」


「分からないから殺されるんだよ」


 追いついてきた杏里によって、瞳美は頭を撃ち抜かれた。


 ※


 宮沢みやざわ秋羽あきはと西尾杏里はいじめられていた。

 真中まなか衣瑠えるとその取り巻きを含む3人に。


 それは上履きが水浸しになっていたり、教科書に落書きをされたり、こちらをちらちらと見ながらくすくす笑われたり、卑猥な掲示板にSNSのアカウントを晒されたり、弁当をゴミ箱の奥底に捨てられたり、陰湿かつ分かりにくいもので、基本的には隠れて行われていた。


 しかしそれでも、クラスメイトはどこかで気づいたのではないだろうか――ああ、このふたりはいじめられているのだな、と。

 少なくとも、ふたりはそう考えていた。


 私たちがいじめられてることに、気づいていないはずがないと。


「あははは、ちょろいもんだね。私達のことなんか無視してイキってたくせに」


「そんなことより、こいつの銃使いものにならないんだけど。何撃ち尽くしてんの、クソ」


 秋羽が先ほど拾った銃をかちゃかちゃやっている。


「まあいいじゃん、殺せたんだし。というか撃ち尽くしてなかったらこっちがやられてるかもしれないし」


「それもそっか。……杏里ちゃんが囮になるって言ったとき、正直心配しかなかったけど」


「何もかも作戦通りってやつだね」


 そんなわけない。何もかも行き当たりばったりの作戦だ。

 しかしそれでも、ふたりは先ほどの瞳美を含めて、3人の殺害に成功していた。


 ふたりは両思い――カードにお互いの名前が書いてあった。

 それを見せあったときに、彼女たちは腹を抱えて笑い合って。

 そして、杏里が言ったのだ。


『じゃあ、みんな殺しちゃおうよ。真中たちだけじゃなくて、私達の事無視してた連中も、みんな』


 いじめていた3人はもちろん、見て見ぬふりをしていた他の連中も、全員。


『……それは、いいね』


 秋羽はそれに景気よくうなずいて。


『私たちってほら、他の連中に狙われることってないじゃん?』


『うん、誰も私たちのことなんて、好きじゃないから。だから、無敵だ』


『うんうん、無敵。私たちふたりなら、みんな殺せるよ』


 全員に、目にもの見せてやる。


『そもそも、何が一番好きな子だよ、って話だよね。くだらない』


『そうそう、私たちはそれどころじゃなかったのに』


 かくして彼女たちは誓いあった。自分たち以外のクラスメイトを、一人残らず殺してやると。


 そうだ、皆殺しにしてやる。


 自分たちだけが残った先に何があるとも思えなかったが、それでも。


 それでも彼女たちは、加治屋女子高等学校2年4組の人間を、皆殺しにすることに決めていた。


 死亡者名簿

 8.小野日和(いじめっ子同盟により劇中外で殺害)

 9.酒田花(いじめっ子同盟により劇中外で殺害)

 10.森富瞳美

 11.日辻広見


 ……残り27名

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