3.デスゲームの始まり
午前十時ちょうど、ゲームの開始が宣言された。
『ここは孤島なんだけど、武器は出席番号で割り振られたテントの中にあるから、各自机の中の地図を参照して見つけてね。そこに連絡用のスマホもあるから』
仮面の指示に従って、犬島はるかと古洞息吹の2名を除く、
ふざけたデスゲームに巻き込まれてるのに、その動きは滑稽なほどに従順だった。
・カードに書かれた相手を殺せば、脱出できる。
・カードに書かれた相手は、自分がクラスで一番好きな相手である。
・もしその相手が別の誰かに殺されたら、自分の首輪に付けられた小型爆弾が爆発する。
・24時間以内――明日の午前十時までに殺さないと、やはり小型爆弾は爆発する。
やはり、馬鹿みたいに理不尽なルールだ。そもそも、なぜ殺し合いなどせねばならないのだろう。それも、どうでもいい相手ではなく、自分が一番大切に思っている相手とだ。
どうして自分たちの一番好きな相手を調べることが出来たのか、それこそ表に出さないように必死に誤魔化していたような者だっていただろうに。そんな疑問も、実際問題こうやって強固に提示されてしまえば、意味をなくす。
ゆえに彼女たちは、誤魔化しようもなく、一番好きな相手を殺さねばならなかった。
それでも彼女たちがテントを目指したのは、自分を殺そうとしている相手が教室内にいるかもしれないという居たたまれなさと、何かをしていればそれだけ殺し合いから遠ざかることが出来るんじゃないかという現実逃避めいた打算がゆえだった。
そうして彼女たちは、自然豊かな孤島を、灰色の空のもと歩いていった。崖に力強い波が打ち付けるのを見て、誰もが泳いで脱出などという夢物語を諦めながら。
外してしまおうと爆弾の仕掛けられた首輪に触れて、しかし15秒以上触れたら爆発するという説明に恐れをなして、結局はすぐさま手を引っ込めながら。
できればゆっくり、なるべく時間をかけて歩いて行きたかっただろうが、恐怖が否応なしに早足にさせ、しかし走るほど加害性のように見える何かが滲み出てしまうゆえに、走る姿を人に見せられる者はほとんどいなかった。
かくして
ずっしりと重たい黒光りするそれを一度撃ってみて、桜は今自分が巻き込まれているそれがお遊びでもドッキリでもなく、本当の殺し合いなのだと悟った。
目の前には、穴の開いた樹木。少女の薄い体など、たやすく貫くに違いない。
「……」
そこで彼女は覚悟を決めて、スマートフォンの電話アイコンに触れた。
すると、名前がひとつだけ出てくる――
それは、桜のカードに書かれた相手の名前だった。
(……なんでよりにもよって、メイちゃんのだけ登録されてるの)
それはおそらく、殺し合いを円滑に進めるためで。
きっと他のクラスメイトたちに配られたスマホにも、そうやって意地悪く一番好きな子の連絡先があるに違いなくて。
彼女は目を瞑って、その名をタップした。
『……桜!?』
画面越しに聞こえる声はひどく焦燥していたけれど、それでも間違いなく芽衣子のもので。
「……メイちゃん」
『本物の桜だよね、大丈夫!?』
「……ごめんね、メイちゃん」
『待って、何がごめんなの!?』
焦りの中にも、確かな優しさを感じられる、柔らかい芽衣子の声。
「……私には、メイちゃんを殺せないよ」
最後にこうしてその声を聞けただけで十分だと、そう思った。
『ちょっと待って、待ってってば――』
芽衣子を殺すくらいなら、いっそ死んだほうがマシだ。
だから彼女は、自分の頭に向かって引き金を引いた。
彼女は、伊江崎桜は、ルールをイマイチ理解していなかった。それもしょうがないことだ、こんな極限状態で、人間の頭がちゃんと機能するはずがない。
・カードに書かれた相手は、自分がクラスで一番好きな相手である。
・もしその相手が別の誰かに殺されたら、自分の首輪に付けられた小型爆弾が爆発する。
『嫌、死にたくな――』
画面越しに、断末魔と爆発音が響いた。
かくして両思いだった田口芽衣子は、首の爆弾が爆発して死亡した。
桜はそんなことも気づかずに死んでいけたのだから、ある意味では幸福かもしれなかった。
※
ゆえに武器のあるテントに向かうこともなく、洞窟で睦み合っていた。お互い手をぎゅっと握りあい、唇と唇を重ねる――それが彼女たちなりの抵抗だった。
24時間以内に目標――愛しい彼女を殺さないと、首の爆弾が爆発して死ぬ。だが、それがどうしたのだろうか。大好きな彼女を殺すくらいなら、死んだほうがマシだ。だけど、今すぐ死ぬほど愚かではない。
このデスゲームを企画した連中は想い合うふたりが自分の命のために醜い殺し合いを行う光景を見たかったのだろうが、そんなことは起きえない。
行われるのは、愛だけだ。
見せつけてやろうではないか――自分たちがいかに愛し合ってるかを。
詩はそんな事を考えていたが、みなせの首の小型爆弾は爆発した。
「え? なんで?」
詩は頭がいいから、気づいてしまう。自分の爆弾が起動するまでの、数秒の間隙で――
・カードに書かれた相手は、自分がクラスで一番好きな相手である。
・もしその相手が別の誰かに殺されたら、自分の首輪に付けられた小型爆弾が爆発する。
つまり、何もしていないのにみなせが死んだということは。
みなせが狙うべきだった誰かが殺されたということで。
自分が一番ではなかったということで。
かくして、木阪詩は、死亡した。
※
花水みなせが殺すべきだった相手――一番好きだった相手を殺したのは誰なのか。
「なん、で」
かすれる声で、
おかしいと思った。
彼女が、
ななは、腰まで伸ばした銀髪に赤い瞳の少女を見上げる。何の躊躇もなく、自分を刺し殺した相手を。
「ごめん、あなたのこれが欲しくて」
言いながら、唯愛はななの懐を漁って、それを手に入れる。
次いで拳銃を奪い、ななの頭を撃ち抜いた。
西園寺ななが死ぬ。数秒後に、花水みなせが死ぬ。次いで、木阪詩が死ぬ――悪趣味な命のドミノ。木阪詩が他の誰かの一番だったら、もっと誰か死んでいた。
人ひとりの命を奪うということは、平時でも大事だが、今はとても大きな意味を持っていた。
そうして彼女は、地図を参照して自分の目当ての少女がいるであろうテントを目指す。
「
木々の間に置かれた赤いテントの前で叫んでみると、彼女――
中学生どころか、小学生みたいな女の子。クラスで一番小さな身長は、ちょうど自分と対を成す。だけど、その瞳は大人びて、唯愛よりずっと年上のように見える。そんなところが、唯愛は好きだった。
(……でも、危ないよ)
あるいは、百那はこう思ってるのだろうか。唯愛は自分のことなんて一番に好きなはずがない、と。
「私、花水さんを殺さないと駄目なんだけど! 水庫さんは誰を殺すの?」
なんて、先程ななから奪ったカードを見せてみる。先程の行為は、これを手に入れるためと、今やってることの予行演習だった。
「あー、わたしはね」
百那は気まずそうに、カードを見せた。
もし百那が自分のカードを所有していたら、大人しく殺されるつもりだった。
もし百那が他人のカードを所有していたら、彼女を殺したあと、自決するつもりだった。
だけど、現実はどちらでもなかった。
水庫百那のカードには、何も書いてなかった。
水庫百那の一番は、誰でもなかった。
頭の中を読んでいるかのごとく正確なカードは、そこに誰の名前も刻んでいなかった。
「困っちゃうよ。これじゃあ、どうやっても脱出できない」
「……そ、そうだね」
言いながらもその言葉に深刻さは無くて、代わりに安堵のようなものさえ感じられた。
「まあでも、誰も殺さないで済むって言うのは良いのかな?」
「良くないでしょ、全然」
「良くないかぁ」
「私は水庫さんが死んだら、悲しいし」
「わたしも埋橋さんが死んだら悲しいかな」
一番じゃないくせに。いいや、誰も一番じゃないくせに。
このシステムはあくまで“一番好きな相手”を見つけるために生み出されたはずだ。
例えばそれは、自分たちが眠らされている間に脳みそでもスキャンして、その答えを探ったのかもしれない。
でもそれは、あくまで相対評価の一番のはずで、普段いっしょに過ごしている40名近くの集団の中で、完全に孤立していたわけでもないのに、なんで相対評価の一番さえも現れないのか。
基本的にこいつら全員に興味ないけれど、でもこいつはちょっとだけ好きかもしれない。そんなレベルの好意さえ、彼女にはないのか。
水庫百那は、何者なのか。
不思議と、殺す気は起きなかった。
誰かに負けたわけではなく、平等に負けただけだったから。
だから埋橋唯愛は、彼女の小さな手を握っていた。
「ねえ、水庫さん、手伝ってくれないかな? 私がこのゲームで、生き残るの」
「いいけど、わたしってばちんちくりんだよ?」
「いいんだよ、それで。だって私、二番目に水庫さんのこと好きだし」
「そっかぁ。二番目か。なんか悔しいなあ」
空虚な言葉たち。
「でも、二番目でも、水庫さんには死んでほしくないし、だから守ろうと思う」
「手伝うとか守るとか、どっちやねん」
水庫百那は弾けるような笑顔で言った。
「どっちでもだよ。ふたりなら、白いカードでの生存条件も分かるかもしれない」
「いいね、わたしも死にたくないし」
かくして、水庫百那と埋橋唯愛は同盟を組んだ。
自分でもどこにゴールがあるか分からない、迷走しきった同盟を。
一番好きな子を殺さないと脱出できないデスゲーム?
じゃあ、誰も好きじゃなかったらどうするの?
答えは出ていなかった。
死亡者名簿
3.伊江崎桜
4.田口芽衣子
5.木阪詩
6.花水みなせ
7.西園寺なな
……残り31名
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