27.この地獄からの脱出
神長琴子と姉岸深百合は命をかけた殺し合いを演じた。互いの傷をえぐり、目を潰し、指の骨が露出するくらいに顔を殴り、笑顔のまま殺し合った。
おおよそ空手の外側からはみ出た殺し合いは、しかして琴子の上段廻し蹴りで幕を下ろし――
「あの、これ生きてますかね?」
「スマホの位置情報はちゃんと反応してるし、生きてるよ、たぶん。なんか笑ってるし良い夢見てるんだって」
「でもこの人とか片目潰れてるし、顔パンパンだし、こっちの人もお腹から血が……」
「いいから揺すろう。ほっとくとマジで死ぬと思うし」
二人は洞窟の中で倒れた少女たちの肩を揺すり、ときのビンタをしながら声を張り上げる。
「起きろー! このままじゃ死ぬぞー!」
「「――はっ」」
かくして二人は目を覚ました。それも、ほぼ同時に。
そして周りをキョロキョロと見回してから、
「……なんで生きてんの、深百合」
「……そっちこそ」
彼女たちは睨み合った。
「最後の蹴りは私だったし私の勝ちでいいよね?」
「は? 結局それでトドメさせないからこうなってるんでしょうが」
二人はそのまま掴みかからんといった剣幕で迫るが、そこに舞々が割って入る。
「ちょちょちょ、待った!」
その手にはM4カービンが握られたままで、待ちたくなくても待たざるを得ない絵面だった。
「……アサルトライフル?」
「このゲームって強くても木で出来たクラシカルな狙撃銃とかが上限だと思ってた」
「それは私もそう思ってた。……って、そうじゃくて! とりあえず止血、止血しましょう! このままじゃふたりとも死にますよ!?」
舞々の言葉に押されて二人は渋々ながら応急処置をする。そうはいっても本当に応急処置で、やれることは布で患部を抑えるくらいしか無いのだが。
「傷焼く?」
「なにそれこわ」
「この女が私にしたんだよ。めっちゃ怖くない?」
「じゃあやってみる?」
弾丸の火薬を使って火を起こすと、舞々はナイフを焼いて――
「うぎやあああああああああああ!」
絶叫が洞窟にこだました。
「……拳銃で撃ったときより痛かったんだけど」
「でしょ? 痛かったでしょ、深百合?」
自分もついでに腹の傷を焼かれてるくせに――流石に目はそのままだ――琴子は笑顔で言う。ちょっと前まで本気も本気で殺し合ってた二人が笑顔で談笑している、かなり異常な絵面。
「……で、なんだっけ、ええっと」
「針井」
「そう、針井さんはなんで私たちのこと助けてくれたわけ? 言っちゃなんだけど絵面が異常すぎて私だったら見捨てるところだけど」
言いながら琴子はスマホを見て、絶句した。
「……あと1時間もないよ、ゲーム終了まで」
「琴子が死ねば死なないで済むけど」
「それはこっちの台詞」
また喧嘩が始まりそうだ――舞々は二人に割り込んで、続けた。
「それなら大丈夫だから。私がなんとかするよ。だからこうやって生き残りを集めてるわけだし」
その姿はとても昨日までクラスの誰とも事務的な会話以外していなかったとは思えないほど堂々としていて。
「……でも、どうやって」
「それはね――」
舞々は解説を始めた。
※
西尾杏里を撃ち殺し、真中衣瑠を爆死させた宮沢秋羽はそのまま自分が眠るように死ぬと思っていた。
だけど実際には、秋羽は撃ち抜かれた手足で文字通り地を這って、ひたすらに目的地を目指していた。
出血多量でやって来る睡魔を破ったのは、決して鳴り止まないスマートフォンの振動だった。
そこには『ゲームクリアおめでとうございます!』と書いてあって、秋羽が画面をタップすると、さらに文章が表示された。
『「37564」、こちらの座標にある岩に隠されたパネルにこの数字を入力していただくと、ゲームクリア者のみが入れるシェルターにご案内できます。シェルター内には充実の医療体制と贅を尽くした美食たち、さらにはメンタルケアセンターも用意されていますので、ぜひよろしくお願い致します』
充実の医療体制――その言葉が、秋羽の心をくすぐった。
さらにその座標はそう遠くない場所にあった。
だから秋羽は全力で、すでに痛みどころか諸々の感覚さえも失せてきた手足で地面を這い、シェルターを目指していた。
死ぬつもりだったくせに、ずいぶんと現金なものだ。
だけどしょうがないではないか。死にたくないのだから。杏里を殺してしまったのは罪だったかもしれないが、それを強要したのはこのふざけたゲームの主催者なのだから、決して自分の責任ではない。
衣瑠だって殺したのは首の爆弾であって、このゲームのルールであって、自分ではないのだから、一体誰が自分を責められるだろう?
秋羽はそんなことを考えて意識を繋ぎ止めながら、必死に前へ前へと進む。亀のように遅い歩みだが、それでも確実に前へ前へと。
(……あれでも、パスワードが分かれば、誰でもシェルターに入れるんじゃないの、これ?)
脳みそを振り絞って余計なことを考え続ける。そうじゃないと気が狂ってしまいそうで。
そうだ、一人がターゲットを殺して、その数字を元に他の皆を引き連れてシェルターに進めば、それでどうにかなるではないか。
(私は絶対、嫌だけど)
どうして誰も殺していない、何の痛みも抱いてない人間を助けてやらないといけないのか。
そんなに助かりたいなら、想い人を殺せばいい。それが嫌ならそのまま不平不満をたれながらくたばればいいではないか。
そんなことを考えながらろくに前も見ずに進んでいた秋羽は、よりにもよって、いちばん出会ってはいけない相手と出会ってしまった。
「……あ」
烏丸リリィを殺した張本人の一人である秋羽が、痛みを他人に背負わせずパスワードを共有してシェルターを目指す少女――針井舞々とその愉快な仲間たちに出会ったのは、残り時間も一時間を切ったばかりの頃だった。
そうだ、忘れてはいけない。
秋羽の本当の罪は、杏里殺しでも衣瑠殺しでもなく、ただ逆恨みの復讐のために行われた虐殺にこそあるのだから。
※
時間は少し前後して、ゲーム終了まで4時間を切ってカードと位置情報が開示される、ほんの少し前に戻る。
鴫原まりあを殺してゲームをクリアし、拘束されて野晒しにされた佐々木二千花の拘束を解いた神代結衣。
彼女はスマホが表示した位置情報に従って移動し、ついに件の大きな岩がある場所へ辿り着いていた。
見上げるほどに大きな、縦横ともに3mほどある巨岩。
「……山田さん?」
だけどそこには、一人の少女がへたり込んでいて、隠しパネルとやらを開く余裕はなかった。
山田千明――この修学旅行の実行委員の一人で、一番にこのゲームをクリアした少女だった。
(……そうか、クリアしてここまでたどり着いたけど、本当に行っていいのか迷ってるのか)
事実、千明の顔は幽鬼のようにげっそりしていて、涙の跡がくっきりとついていて、服は大量の返り血で赤く染まっている。
すなわちそれは、今の結衣とそっくりな姿で。
そうやって客観視すると、あまりにそれは痛々しくて。
「……神代さん?」
まるでこちらを救世主のように見上げる彼女に、胸をきゅっと締め上げられる。
「……辛かったよね、山田さんも」
思わず彼女を抱きしめて、結衣はつぶやく。
「殺しちゃったんだ、椿ちゃんを」
うわ言めいて千明が言うのに、結衣も応えた。
「……私も、殺しちゃったよ。寝てるところを、ナイフでさ」
今でも、腕に感触が残っていた。無防備な寝顔に、青白い首筋にナイフを突き刺した、あの嫌な感触が。
思えばあそこで二千花にナイフを押し付けたのは、ただ自分があの呪われた刃から逃げたかっただけなのだろう。
「……まりあ、鴫原まりあだよ」
まりあはよく笑う子だった。まりあはいつもくだらない冗談を言って周りを明るくさせてくれる子だった。まりあはこの状況に追い詰められても、誰も殺さないでいられる、とても強い子だった。
……私には、神代結衣には勿体ない、すごくいい友達だった。
(なのに私は、あの子を殺したんだ。自分が助かりたい一心で)
「……私は、最低だよ」
枯れ果てたと思った涙が、再び流れていた。
「……そっか、辛かったね」
千明は優しい声で彼女を抱きしめ返すと、
「でも、それもここで終わりだよ」
結衣の腹に拳銃をぶっ放した。
「え?」
「大切な人を殺すしか無かった苦しみは、私も分かってるよ」
千明の懐から崩れ落ちて、結衣は彼女を見上げる。
その双眸には確かな悲しみがたたえられていて。
「だから、殺してあげる。……私だってこんなことしたくないけど、でも」
「……なんで?」
「それがきっと、神代さんのためになるから」
山田千明はありったけの銃弾を、呆気にとられたままの結衣に叩き込んだ。
そうだ、死んでしまえば、苦しみはない。
死んでしまえば、愛しい人を殺した罪で苦しむ日々はやってこないのだ。
だけど自分で命を絶つのはあまりにも罪が重たい。だって、そのために一番好きなあの子を犠牲にしたのだから。
だから、山田千明は一人で、罪を、罰を、痛みを、被ることにした。
大好きなクラスメイトを全員死によって救う――山田千明が極限状況で得た答えは、そんなあまりに狂ったものだった。
そんな彼女のスマートフォンが、振動する。
『残り時間も4時間となりましたので、ここでちょっとした情報を開示させてもらおうと思います!
公開する情報は、そう――誰が生き残っていて、どんなカードを持っていて、現在どこにいるかです!』
「……あれ、神代さん武器持ってないな、どうしよう」
間の悪いことに銃弾は撃ち尽くしてしまった。
ゆえに千明はいまだ殺し合いの続く地獄へ歩みを進める。
目的はあまりに単純明快。
武器を手に入れ、位置情報を元に皆殺しを進める、それだけだった。
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