24.狙撃手系地雷系ガール
『残り時間も4時間となりましたので、ここでちょっとした情報を開示させてもらおうと思います!
公開する情報は、そう――誰が生き残っていて、どんなカードを持っていて、現在どこにいるかです!』
二日目の午前6時――残り時間が4時間に迫る中、初日に教室で出会った仮面の怪人物が、スマートフォン越しに告げた。
百那と唯愛にとって目新しい情報はほとんどなかったが、それでも敵の位置情報の把握ができたことは嬉しい反面厄介でもあった。
わかったこと――相変わらず中島ハルは唯愛を狙っていて、こうして動いているのを見る限り佐々木二千花は拘束を何らかの手段で脱出している。
ゆえに二人は、すぐさまスマートフォンの位置情報を頼りに逃走を始めた。
(4時間追いかけっこは流石に無理があるけど、じゃあどうする?)
朝露の光る森の中、唯愛は百那の手を引いて走りながら逡巡する。
相手だってこっちの位置がわかっているのだから、隠れんぼも追いかけっこも成立しない。
しかも相手は二人。できるだけ距離を取ると言っても東西の二方向からこっちにやってくるのだから、あまりに状況は不利だった。
こうして画面を見ている間にもハルも二千花もこっちに向かってきている。
(迎え撃つ?)
出来るか? 最悪片方を相手にしている間に挟み撃ちにされかねない。
そもそもの問題として、唯愛は未だに覚悟を決めていなかった。
(殺せるの? 百那の前で、人を)
見えていないところではとっくに殺しているくせに、百那には人殺しを見られたくなかった。
(そんなこと言ってる場合じゃないのは分かってる、分かってるんだけど――)
考えている間にもハルが300mほど近くまで迫っていて、
「――ッ!?」
銃弾が鼻先を掠めた。
「狙撃っ!?」
反射的に百那を引っ張って木々の後ろに隠れる。
(……ああクソ)
遅れて木に二発ほど銃弾が叩き込まれる。どうやら中島ハルはどこかで狙撃銃の類を手に入れたらしい。
この距離で外す時点ではっきり言って下手くそだが、この状況でこれはあまりにも――
「……これ、やばいよね、唯愛?」
百那の不安げな視線は絶えずスマートフォンの位置情報に注がれていて。
「……二千花が近づいてきてる」
こうして足止めされている間にも二千花が近づいてきていた。それこそ、あと一分もしないうちにこちらにやって来るだろう。
(どうする? どうすればいい?)
流石に二人を相手に戦うのは無理だ。二千花とやりあってる間に狙撃されるのが関の山だろう。だったらどうすれば――
「久しぶりね、百那」
そうして逡巡している間にも彼女は、ナイフ片手にこちらが視認できるほど近くにやってきていた。
「久しぶり。あの拘束、とけたんだ」
言いながらも、百那は足を踏み出していて。
「優しい人が助けてくれてね」
「……百那」
唯愛は百那の背中に声をかける。
「二千花はわたしがどうにかするよ。元カノだしね」
「……よく言えたもんね」
ぎりり、二千花は歯ぎしりをして。
その足元に向かって銃弾が飛来した。
「……ッ!?」
それは、どちらかと言えば牽制の意味が強くて。
「……はいはい、そういうことね」
二千花は呆れたっぷりに呟いた。
そうだ、全てのカードが白日のもとに晒された今ならば。
二千花が万が一にでも百那を殺してしまえば、百那がターゲットである唯愛の爆弾が爆発し、ひいてはハルの爆弾も連鎖爆発するのだ。
「とんだ塩ルールだわ、本当に。……ちゃんと埋橋さん殺してね、中島さん! 分かってると思うけど百那を殺したらアンタも死ぬから気をつけてね!」
彼女はハルのいる方向に叫ぶと、そのままそそくさと踵を返していった。
「……ええっと、なんていうか、助かった?」
「いや全く助かってはないでしょ」
状況は全く変わっていなかった。
「……本当にそう?」
百那は堂々と体を晒したまま、手の広げて言う。
「だってさ、これで分かったじゃん。こっちを狙ってる中島さんが、少なくとも最低限のルールを理解しているって」
「……それはそうだけど」
事実として、百那はこれだけ無防備なのに撃たれていなくて。
「だったら簡単な話だよ」
百那は懐から拳銃を取り出すと、こともなげに言った。
「わたしが中島さんを倒せばいいんだ」
※
なだらかな丘陵にて、二人を見下ろすように中島ハル――唯愛に片思いする銀髪ツインテール元眼帯(流石に狙撃の邪魔なので取った)少女――はうつ伏せで銃を構えていた。
地面にスマートフォンを縦に突き刺して、敵の位置情報を時折参照するその姿は、一端のスナイパーになったような心地で。
それこそ彼女は、二千花の足元を最初に狙撃したとき、我ながら冴えてると心のなかでガッツポーズを取るほどで。
だけど、それはすぐに撤回されることになる。
(この女、頭おかしいの!?)
唯愛たちを見下ろすように九七式狙撃銃のスコープを覗き込み、こちらに迫ってくる百那を見ながら彼女はそう思った。
確かに百那を殺してしまったらハルだって死ぬ。だけど、だからって。普通銃を持ってる相手にそんなふうに向かってこれるものか?
もちろん彼女だって完全な無策無防備で突っ込んできているわけではなく、木から木に素早く転がるように移動しているが、それでも。
(……そうだ、手足を撃てば!)
待て、上手くいくのか? 木々の間を移るのは一瞬だ。当てるだけで精一杯なのだから、下手をしたら胴体や頭に当たったり――
脳裏に、昨日最初に見た、爆弾が爆発して首が取れるクラスメイトたちの姿が過って、引き金に触れた指が止まる。
(クソ、クソ、クソっ、こんなふうに自分と相手の命を盾にして、頭おかしいんじゃないのコイツ!?)
そんなことを考えている間にも百那は距離をじりじりと詰めていって。
すでに時間感覚はめちゃくちゃで、すでに一時間経ったような、一分も経ってないような心地で。
そうしてようやく、百那は木の数が比較的まばらな場所に出てきた。
(そうだ、ここなら行けるはず!)
数瞬後の百那の足を想定して、引き金を引く――
「クソ、なんでっ」
だけど彼女の足は元の木へと引き返し、そのまま銃を構えて発砲した。
「ひいいっ」
真横を銃弾が飛来していく。
(……そうか、もう拳銃の距離なんだ!)
もう駄目だ、逃げよう、死にたくない――そう思った瞬間、やっと彼女の視線が地面に刺さったスマートフォンへ持っていかれて。
(……え?)
いくらなんでも、素人丸出しだった。
馬鹿かお前サバゲーやってるんじゃないぞ――いくら心中で自分を罵ったところで、何もかも遅くて。
「ごめん、中島さん」
自分の後ろ斜めに、銀色の巨大な拳銃――デザートイーグルを構えた埋橋唯愛が立っていた。
もう、何もかも嫌だった。
※
中島ハルの初恋は、父親が若い頃に好きだったというアニメに出てくる、銀髪でゴスロリで乳酸菌の摂取を勧めてくる、可愛い可愛いお人形さんだった。
5歳の初恋は自然と霧散していったが、それでも肝心な部分――銀髪萌えだけは三つ子の魂百までといったふうに女子高生になった今も確かに受け継がれていて。
だからハルは自分の髪を銀髪に脱色して。
『……はじめまして、転校生の
生まれて始めて見た、本物の銀髪少女に心を奪われた。
陽を受けてまばゆく輝く絹のような銀髪は、自分の鈍いそれとは真逆で。
(……いやいや、これは流石に変態だってば)
ハルは気がつけば唯愛の抜けた銀髪を収集するようになっていた。
もちろん、唯愛の魅力は銀髪だけではなくて。
その透き通るように白い、まるで一度も陽を受けたことがないような肌も、吊り目がちで血のように赤い大きな瞳も、ビスクドールめいて整った顔立ちも、馬鹿みたいに長い手足も、全て好きだった。
それこそ、まるで二次元から抜け出してきたような見た目で。
(……見た目?)
思えば、ハルは彼女の見た目しか知らなかった。
どんな性格かも、何が好きかも、何も知らなくて。
アニメキャラクターどころか、偶然ツイッターで見かけたすごい綺麗な一枚絵くらいの情報量しか自分は知らなくて。
陽を受けて銀髪をきらめかせ、デザートイーグルを構えた埋橋唯愛は、万バズの神絵師が描いた
(――なんだ、じゃあ殺せるじゃん)
一瞬で消費されるそれに、一体どこの誰が殺されるのか。
走馬灯。ひどく粘性を帯びた時間の中で、中島ハルは一瞬にして悟りを開いて。
ガチャガチャと九七式狙撃銃のボルトを操作して、埋橋唯愛という名前のオリキャラに向かってハルは実包を叩き込んだ。
※
気配を消しながらも素早く、出来得る限り最速で移動しながら、埋橋唯愛は逡巡していた。
(……中島さんを殺すの、私?)
普通に考えれば、殺すべきだろう。
下手に拘束したところで二千花のように脱出されたら面倒だ。以前ならばこちらの位置を把握する方法がなかったが、今は違う。生きてさえいれば、いつでも追ってこられる。
……それに、どうせゲーム終了まで3時間そこらしかないのだから、今殺しても、放置しても同じ意味しかない。
だけど、それでも唯愛が逡巡しているのは。
(……百那に嫌われたくない)
そんな、ひどく矮小で、馬鹿みたいな理由だった。
しかし、唯愛にとってはとても切実な理由だった。
何度も言うが、唯愛はこのゲームですでに人を殺めている。
それは百那に近づくために必要だったからで、百那が見ていなかったからで。
そんな壊れた彼女は、未だに答えを見つけられていなくて。
(落ち着け、殺さないとだめだ)
度重なる敗北と死の恐怖で無敵の人になってしまった中島ハルが、自分の身も顧みずに百那を撃ち殺す――そんな状況だって、あり得なくはない。
「……そうだよ、じゃあ殺さなきゃだ」
初めて声に出して、彼女は覚悟を決めた。
真後ろに回り込んで、デザートイーグルを構える。
瞬間、ハルはこちらに振り返って。
その動きはひどく緩慢で。
彼女がボルトを操作するよりも遥かに早く、唯愛は引き金に指をかけて――
『中島さん、面白かったね。……死んでほしくないや』
瞬間脳裏に蘇った百那の言葉が、狙いをハルの脳天から逸らさせた。
※
「……思ったよりぜんぜん拳銃って落ちてないな」
何も考えずにナイフ片手に突撃したのは流石に馬鹿だった――二千花は頭を冷やしてくれたハルに感謝しつつ、死体漁りをしていた。
(まあ、普通殺したら回収するよね、銃)
何という名前だっただろうか。いつもクラスの片隅でなんかいじられてた人と、その近くに倒れていた爆弾で頭が吹き飛んだ遺体を漁っているわけだが、本当に何もない。
贅沢にもあちこちに撒き散らされた空薬莢を憎々しげに見つめながら、二千花はかなりの量の血溜まりを見つけた。
血溜まりは先々に引きずるように続いていて、瀕死の人間の匂いを感じさせる。
(……無理やり奪うか?)
そこまで考えて、二千花は気づいた。
位置情報を示す点がひとつ消えたことに。
「……死んだんだ、中島さん」
対する唯愛の位置情報は未だ健在で。
(……さすが、といったところかしら)
「せめてこう、いい感じに瀕死させてくれてないかな。……こう、腹に鉛玉の2,3発でも食らわせてやってさ」
なんて、そんな都合のいいことはきっとないのだろう。
だって、埋橋唯愛は異常に強いのだから。
後ろに回り込まれて落とされたときも、いくらこっちが百那に夢中だったとは言っても気配を消すのが異様に上手かったし、一瞬でこちらを落とす技術だって普通の女子高生のそれではなかったはずだ。
「……それこそ、元殺し屋だったりしてね」
流石にそれはないか――ひとりごちて、二千花は拳銃の捜索を再開した。
※
「――唯愛ッ!?」
「……ごめん、百那」
複数の銃声がしたあと、やっとのことで百那は唯愛と合流する。
「中島さん、殺しちゃった」
確かに唯愛の言う通り、頭を粉々に砕かれたハルの遺体が彼女の足元には転がっているが、しかし、そうではなくて。
「唯愛ッ!」
百那は顔を真っ青にして唯愛に駆け寄っていく。
「……ああ、これ。大丈夫、見た目ほどひどくないからさ」
言いながらも彼女は前のめりに倒れて、
「……こんなの、お腹に2,3発鉛玉を食らっただけだし――」
百那の胸の中に飛び込んだ。
その体は、あまりにも冷たくて。
「唯愛、唯愛、唯愛っ!!」
百那の絶叫が、森中に響き渡った。
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