22.西尾杏里と宮沢秋羽と真中衣瑠②

『じゃあ、みんな殺しちゃおうよ。真中たちだけじゃなくて、私達の事無視してた連中も、みんな』


(……こいつマジか)


 同じ被害者として連帯するために――それこそやろうと思えば警察にたれ込むなり何なりできただろうに――いじめられ続けていた秋羽は、杏里のその言葉に普通に引いていた。


 だけど、それでも。


(杏里ちゃん、そんなに追い詰められてたんだ……)


 そうやっていじめをある意味で“傍観”してきた秋羽は、


『……それは、いいね』


 ある種の責任を取るために、頷いていた。


 下手に他人が割り込んでこないよう、いじめを悟られぬように努力していたこと。


 すでに犯行を行っているのは真中衣瑠だけだと気づいて、それでも黙っていたこと。


 これは、その報いだった。


(まあ、結構楽しかったけれど)


 単純に杏里と馬鹿をやるのは楽しかった。


 どう見てもやりすぎな彼女に若干引いたりはしたけど、それでも。


 何より、横で楽しそうにしている杏里を見るのが楽しかった。


(そうだ、わたし、この子の悲しんだり苦しんだり無理やり笑ってるところばっかり見てた)


『死ねっ、死ねッ!』


『……撃ち過ぎだよ、杏里ちゃん。弾が勿体ない。もう死んでるし』


 だけど、どうだろう。そんな楽しい時間は、すぐに終わりを迎えてしまって。


(杏里ちゃんはやっぱり頭悪いなあ)


 殺す相手が単純な悪人じゃないと分かった途端にこれだ。そんなの当たり前なのに。悪いだけの人なんて、そういないのに。


 だけど、そうやって勝手に追い詰められていくほどに杏里は秋羽に依存していくものだから。


(杏里ちゃんが馬鹿で良かったなあ)


 そう思うこと、しきりだった。


(……ああやっぱ、もうちょっと賢いほうが良かったかも)


『これでどっちか片方を殺したら助けてあげるよ』


 追いかけてる敵に拳銃を渡したときには流石にそう思ったものだ。いつぞや杏里は学校の勉強は出来ないけど地頭は良いとか言ってたが、大嘘も大嘘だ。自分がついてなかったらとっくに死んでそうだった。


『……許してくれなんて言わない。だけど、だけどさ、今だけは、今だけはあーしたちと協力してほしいんだ』


 そんなふうに呆れてるときにやってきた烏丸リリィの提案はまさしく渡りに船で。


(いきなりしゃしゃり出てきて何いってんだって感じもするけど、いい加減杏里ちゃんも限界っぽいし――)


『死ねッ』


(まあでも、そんな簡単に行かないか。これだけ殺しておいて、虫が良すぎる)


『――杏里ちゃんっ』


 ひどく冷めた脳裏とは裏腹に、体が勝手に動いて、秋羽は杏里を庇っていた。


 自分でも、意外だと思った。


 自分自身、いつ死んでもいいし、杏里が死んだところでまあしょうがないかなと、そう思っていたから。


 どのみち、自分たちは目標未達で首の爆弾が爆発して死ぬ。


 杏里はそれが怖くて見て見ぬふりをして虐殺に逃げていたけれど、秋羽はむしろ自分の死を因果応報たるものにするために殺しをしていた。


 これだけひどいことをしたのだから、どうなっても仕方がない――理不尽への後付の説明のための虐殺。あるいは、杏里もそんなものだったのかもしれないが。


 そして今、真中衣瑠に手足を撃ち抜かれ、杏里をボコボコにされてもなお、それは因果応報ということになるはずだったのだけれど。


(……ごめん、杏里ちゃん、許せないわ)


 寒くて寒くて仕方がなかった。体から魂のような、あるいはガソリンのようなものが抜けていくような感覚だった。


 手足を撃ち抜かれた時点で、自分はもう長くないと悟っていた。


 確実にそれを実行するために、秋羽はわざと音を立てて、銃を拾おうとした。


 そうやって完全に油断させないと成功しないと、そう思ったから。


 突然現れて善人面とともに協力を申し出た烏丸リリィ――あれと相対したときの苛立ちの正体に、今更に気づく。


(なんだ、わたしは単純に、杏里ちゃんと二人きりが良かったんだ)


 他の誰にも邪魔されない、二人きりの世界。


 そのためには、真中衣瑠にも、烏丸リリィにも、顔のないモブであってもらわないといけなかった。


 二人の世界を彩るためだけに存在する、単なる舞台装置。


 単なる舞台装置ふぜいが、いきなり出てきて主役ヅラをしないでほしい。


 何となしに存在を語られていただけのくせに、事もあろうにメインヒロインを奪っていくなんて、言語道断ではないか。


(……そうだ、あんたにだけは、渡さない)


 だから、殺すことにした。


(杏里ちゃんは、わたしのものだ)


「さようなら、真中さん」


 宮沢秋羽は、懐から拳銃を取り出すと、衣瑠に向かって発砲した――少なくとも衣瑠にはそう見えただろう。


 だが、手足を撃ち抜かれて移動もろくに出来ない秋羽に、動く相手を狙い撃つなど不可能だ。


 そもそも、真中衣瑠を殺して、それでどうなるだろう?


 この状況を切り抜けたところで、待っているのは死しかなく。


 どうせ死が来るなら、いちばん納得できる死が良いに決まっていて。


(さようなら、杏里ちゃん)


 ゆえに秋羽は大の字に寝そべったまま気絶して倒れている杏里の頭を、撃ち抜いた。


「――宮沢秋羽ァ!」


 そうして西尾杏里の絶命と連動して、鬼の形相でこちらを睨みつけた真中衣瑠の首の爆弾が爆発する。


「……これで、終わりか」


 スマートフォンが『ゲームクリアおめでとうございます!』と告げても、秋羽はそれを意識することさえ出来なくて。


 まるで雪山に裸で放置されたかのような寒気と眠気は収まらなくて。


 もはや銃を握っている力さえ、残っていなくて。


 秋羽の意識は、深い闇の中へ呑み込まれていった。

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