21.西尾杏里と宮沢秋羽と真中衣瑠①
『残り時間も4時間となりましたので、ここでちょっとした情報を開示させてもらおうと思います!
公開する情報は、そう――誰が生き残っていて、どんなカードを持っていて、現在どこにいるかです!』
二日目の午前6時――残り時間が4時間に迫る中、初日に教室で出会った仮面の怪人物が、スマートフォン越しに告げた。
森の一角で杏里はそれを聞いていて、しかして反応は薄かった。
(だって、私たちを好いてるのなんてお互いしかいないし)
そうだ、地味ないじめられっ子を好きなやつなんて一体どこにいるだろう――
『西尾杏里さんを好きなのは、宮沢秋羽さん! おめでとうございます、両思いですね! ですが今回は三角関係、西尾杏里さんを好きな方が他にいます――』
「は?」
そんな油断は、仮面の意外な言葉に塗りつぶされた。
『
「はあ!?」
真中衣瑠――声にも出したくない、忌々しい名前。
それは二人をいじめていた3人組のリーダー格の女で。
(なんでこいつが、私のことを好きなんて――)
さらに混乱は終わらず、仮面の女は最後にメチャクチャなことを告げた。
『おお、しかも真中衣瑠さん、お二人の間近にいるじゃないですか、一体これからどうなってしまうのか、乞うご期待で――』
その瞬間である。
「あは、バレちゃったかあ~」
秋羽の右足のふくらはぎが、真後ろから銃弾に撃ち抜かれて。
さらに左ふくらはぎ、右肩、左肩と順番に、秋羽の体が血煙を上げて。
「久しぶりだね、杏里ちゃん♡」
真中衣瑠が、二人をいじめていた主犯格が、森の中から現れた。
※
新学期、西尾杏里は孤独を持て余していたところを、真中衣瑠たちのグループに招き入れられた。
杏里の衣瑠への第一印象は、今ではとても考えられないプラスなもので。
(真中さんは私と違って美人で垢抜けてて綺麗なのに、私みたいなのに優しくしてくれるなんてすごくいい人だなあ)
たしかにそう思っていたはずなのに。
『西尾さんってちょっと変なところあるよね。空気読めないっていうか、間が抜けてるっていうか、なんだっけ、HDMIだっけ?』
『ばっか、ADSLだよ』
『違う違う、ADHDだって。西尾さんは障害持ちなんだよ。いいなあ、手帳もらったら映画とかバスとか安く使えるんでしょ?』
『あははは……』
それは最初、そんな“いじり”から始まって、徐々に徐々に、しかしエスカレートして行って、机に落書きをされたり、見えるところで陰口を叩かれたり、私物を隠されたり、パシリをさせられたりに発展していって。
『くっだらない、友達ズラして弱い者いじめなんかして楽しい?』
そんな彼女を助けたのが、宮沢秋羽だった。
それ以来、杏里は秋羽と行動を共にするようになり、衣瑠たち三人とは距離を置いた。
教室の隅でいつも本を読んでるような女が思ったより強気で、衣瑠以外の二人ははっきり言って萎えていたけれど、だけど衣瑠だけは違った。
『ねえ、舐められたままでいいの? あんなクズどもに』
どうして自分はこんなに苛々しているのだろう? どうして西尾杏里が宮沢秋羽と行動をともにして、自分たちの前ではついぞ見せることのなかった笑顔を見せているだけで、こんなにも胸がざわつくのだろうか?
わからないままに、衣瑠は二人のいじめを始めた。残りの二人も、仕方なしにそれに続いた。そういった力関係が、グループの中で働いていたからだ。
いじめは露骨かつ、陰湿になっていく。靴を水浸しにしたり、弁当に虫の死骸を入れたり、足を引っ掛けて転ばせたり、二人でパパ活をしてるらしいと噂したり。
『あのさあ、そういうの見ていて苛つくからやめてくんない?』
そんな三人に、烏丸リリィ――衣瑠の昔なじみの黒ギャル――が立ちはだかり、彼女はそのクラスカーストにて衣瑠以外の二人からのいじめを止めることに成功した。
そうだ、衣瑠以外の二人は、とっくの昔に杏里と秋羽をいじめるのを止めていて。
だから今日まで続く陰湿ないじめというよりも嫌がらせは、たったひとりの人間の執着によって為された技で。
衣瑠自身も、どうして彼女たちに加害することを止められないのか、自分でも分からなくて。
ふと我に返っていじめを止めてみても、たった一日で胸が苦しくなって。
(なんであの秋羽とかいう女は、これだけされてるくせに杏里の横から離れないんだ。頭がおかしいのか)
(なんで杏里は、これだけされてるくせに学校にいまだに来てるんだ。秋羽のせいなのか)
(なんで杏里が休みなんだ。とうとう音を上げたのか。ふざけるなよ、まだやり足りないのに)
(秋羽のやつ、今日は休みか。そうやってずっと休んでればいいのに――)
そんな思考のもとに、彼女はひたすらに嫌がらせを続けた。
直接的な暴力以外は、なんでもやってやった。
口うるさいリリィや他のクラスメイトたちにバレないように、執拗に、周到に、自分だけが実行犯だと悟られないように。
『真中さん、まだこんなことやってんの?』
かつての取り巻きのひとりが、衣瑠に言う。その目には明らかな怯えや呆れが混ざっていて。
『いいでしょ、私の勝手だし、伊江崎さんには関係ないんだから』
『はいはい、分かってますよ。勝手にすればいいよ。ったく、どんだけ好きなんだか』
『……は?』
これをあの二人のどちらかに言われてたらぶん殴っていたが、衣瑠は我慢した。
そうして彼女は嫌がらせを続け、修学旅行で出来ることは何かないだろうか――そんなことを考えてるうちに、このデスゲームに巻き込まれたのだ。
この、一番好きな相手を殺さないと脱出できないデスゲームに。
すでにクラスで孤立し始めていた衣瑠は、そのカードの中身を見て、それはそれは困惑した。
『……西尾杏里?』
どうしていつもいじめている相手が、一番好きな相手なのだ? ……わからない、何もかもわからなかった。
だけど、心の何処かで納得している自分もいて。
かくして衣瑠は、長い時間を使って、こう結論付けた。
『……そっか、私は杏里ちゃんのことが好きで、あんなことをしていたんだ』
気づいてしまえば、行動するのは簡単で。
そうして衣瑠は、やたら目立っていた二人の後をずっとストーキングし続けて。
「ずっと見てたんだよ、杏里ちゃんたちがくだらないやつあたりでみんなを殺すところも、情けなくも返り討ちにされるところも、全部」
そして今、衣瑠はやっと、積年の恨みを晴らして、二人の前に立っていた。
ああ、どれだけこうしたかっただろうか――動けないように手足を撃ち抜いた秋羽を横目に、彼女は悦に入る。杏里が死んでしまうから我慢したが、本当はそのまま撃ち殺してやりたかった。しかしそれでも中々の爽快感だ。
「――何を言って」
露骨に怯えた目で杏里が銃をこちらに向かって構えようとして。
「杏里ちゃんったら遅い♡」
衣瑠は杏里の銃を握った右手を掴むと、そのまま彼女の薄い体を背後の木に押し付けて、銃弾を明後日の方向に発砲させて弾切れにさせた。
「無抵抗な相手をいたぶることしかしてないから、こんなことになるんだよ?」
杏里の右手を掴んだまま、その顔を何度も何度も、殴る。
ああ、暴力は流石に我慢してたけど、なんて気持ちが良いんだろう。
「まあ、私も変わんないけどね」
ただ、ずっとこの状況なら自分はどう動くかを考え続けていたから。
だから、動ける。
むしろ杏里よりも戦闘経験は少ないはずなのに、その暴力に淀みはなくて。
「ボクシングを習っててさあ、部屋に杏里ちゃんの写真が貼ってあるサンドバックが置いてあるんだ。あれで何度も練習したんだよ?」
顔を殴りたかった。殴ったらバレるから我慢していたが、本当はずっと顔を殴りたかったのだ。
こうして殴ると、拳で杏里の顔のパーツをひとつひとつ確かに感じられる。
ちょっと団子気味の鼻も、奥二重の目も、出っ張りの少ない頬骨も、すべすべのお肌も、全てが全て。
(ああもう、可愛いなあ)
流石に疲れて殴るのをやめると、目を真っ赤にして顔のあちこちを腫らして鼻血を流した、それでもなお可愛い杏里の顔が現れて。
衣瑠は自分と杏里の血が混ざった拳を、ぺろりと舐めた。
「ねえ、杏里ちゃんはどう死にたい? 私の素手の暴力じゃ殺せないと思うんだけどさ――」
ずりずりと背後から音が聞こえて、仕方なしに振り返る。
「邪魔しないでよ、宮沢さん」
名残惜しそうに杏里の手を離すと、手足に穴を開けられながらも芋虫のように這って、必死に落ちた拳銃を目指していた宮沢秋羽の腹を、無感動に蹴り飛ばした。
裏返しにされた芋虫みたいになった彼女を尻目に、ついでに拳銃もそこいらの茂みに蹴り飛ばしておく。
「ずるいよね、宮沢さんは。私、ずっと思ってたんだよ? 杏里ちゃんの隣にいるべきは、あんたじゃなくて私だって」
「……意味、分かんない」
背後、虫の息で木にもたれかかった杏里がつぶやく。
「……キモいんだけど」
「はあ?」
「なんでいじめておいて、好きとか、隣には自分がいるべきだったとか、そんな身勝手なことが言える――」
「人殺しが、調子に乗るなよ」
言い終える前に、腹パンが決まった。
「逆恨みであれだけ殺してるキモいキモい人殺しがさあ、なんでそんな事言うの? ねえ?」
「……それだって、元はと言えばアンタが――」
「え? 何? 殴られたいの?」
さらに一発。今度は鳩尾に綺麗に決まる。
「ごほ、ごほ、ごほッ」
「杏里ちゃんさあ、調子に乗るのも大概にしたほうが良いんじゃない?」
そのまま髪を掴んで、耳元に囁きかける。
「それとも死にたいの? ねえ? まあ、死にたくなくても殺すんだけど。私、死にたくないし」
「……私だって、死にたくない」
涙をぽろぽろ零して、杏里が言う。
「ああもう、可愛いなあ」
我ながら渾身の一撃が、鳩尾に決まった。そのまま髪から手を離すと、杏里は崩れ落ちる。
「死にたくないなら、なんで宮沢さんを殺さなかったの? 時間切れギリギリまでいちゃついて、二人で死のうとか、そんなくだらないこと考えてたの?」
「……アンタと違って、わたしと杏里ちゃんは愛し合ってたからね」
「アンタには聞いてないんだけど、宮沢さん」
衣瑠が背後の秋羽を睨みつける。彼女は相変わらず虫の息で大の字に倒れていて、撃ち抜かれた手足からは血が止めどなく流れているが、それでも不敵な笑みを浮かべていた。
「でも良かったよ。杏里ちゃんと両思いじゃなくて、本当に良かった。そうじゃなかったら、こんなふうに出来なかったからね」
「なにそれ、負け惜しみ?」
「このゲームがなかったら私は杏里ちゃんへの気持ちに気づくこともなかったし、ただ無為に時間を潰して卒業して、記憶の彼方に消えてたと思う。だから、あの変な仮面には感謝しなきゃだね」
「……話をそらさないでよ。本当は両思いが良かったんでしょ? いじめなんかしないで、普通に仲良くしたかったんでしょ?」
「宮沢さんこそ話をそらしてるんじゃない? そんなに私に注意を引き付けてもさ、杏里ちゃんはもう立ち上がったりしないよ?」
視線を向けると、そこには木を背に倒れて微動だにしない杏里がいた。
「人を殴るのは初めてだから、手加減できてなかったみたい。もっとお話したかったんだけど、なあ!」
言いながら杏里の顔に横蹴りを放つと、彼女はずさりと地面に倒れた。そのまま何度も足蹴にするが、彼女は起きる様子を一切見せない。
そんな暴力に秋羽はさしたる反応も示さず、静かに続けた。
「……そうだね、わたしも話をそらしてるとは思う。こうやって話を続けれてば、それだけ杏里ちゃんの死期が伸びるんじゃないかって」
「本当にムカつく女。このゲームの主催者には感謝してるけど、先んじられたら爆発するっていうのは最悪だよ。早く撃ち殺したいのに」
「……真中さんは自分で気づいてなかったみたいだけど、わたしは気づいてたよ? 真中さんが杏里ちゃんのこと好きだったって」
「まだ話続けるんだ」
「いいじゃん。どうせもう勝ったも同然なわけだし」
「そうやって油断して逆転された例ってたくさんあると思うけど」
「手足撃ち抜かれて逆転もクソもないでしょ。そんなことよりほら、恋バナしようよ、恋バナ」
「……恋バナねえ」
他ならぬ本人を足蹴にしながらすることではない気がするが。
「真中さん、わたしがなんでいじめられてるのに誰にも相談しなかったか分かる?」
「二人きりを楽しみたかったから、でしょ?」
「せーかい。よくわかりました」
「私が同じ立場だったらそうしてるし」
「そうそう、だからわたしは感謝してるんだ。真中さん、わたしと杏里ちゃんの絆を育ててくれて、ありがとう」
「殺してえ~」
「殺せないくせに」
ああ、本当にムカつく。そのニヤケづらに鉛玉を2,3発撃ち込んで黙らせてやりたかった。
「杏里ちゃんって可愛いよね。一度味方だと思ったら距離感ぶっ壊れて一気に馴れ馴れしくなってさ。友達いないから、これくらい友達同士なら当たり前だよって言ったら何でもしてくれるんだ」
「……何でも?」
ピクリと、衣瑠のこめかみが反応する。
「キスくらいはしたかな」
「……そうやって私を煽り倒して血管破裂させて殺したいの?」
「いいね、それ」
にっこりと、ひどく場違いな笑顔を浮かべて秋羽が言う。
「まあ、最期に自慢したかっただけだよ。今のわたし、顔真っ青でしょ。たぶん失血死するよね。だから――」
それは、予想外の行動だった。
だって、あんなに必死こいて地べた這いずって拳銃を目指してたから。
だから、予備の拳銃なんかあるはずがないと。
そう思っていたのに。
「さようなら、真中さん」
宮沢秋羽は、懐から拳銃を取り出すと、衣瑠に向かって発砲した。
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