18.烏丸リリィ

『私たちは見つけた時点で隠れたから大丈夫だったんだけど、二人組が笑いながら一人を追いかけてたの』


 照井てるい加奈子かなこ浦和うらわみやこはリリィたちに嘘をついていた。


『二人は逃げて、両思いでしょ! 私は違うから!』


 乙倉おつくら陽毬ひまりが彼女たち二人を逃し、陽毬は無惨に西尾にしお杏里あんり宮沢みやざわ秋羽あきはの二人に殺害された――それが真実だった。


 友人が自分たちを守るために殺されたなんて言えるはずもないし、それはとても責められるようなことではないだろう。


 だが、あまりにも間が悪かった。


 烏丸からすまリリィは杏里たちが加奈子たちの友の仇だと知らずに、和平交渉をしてしまった。


 リリィに問題があるとすれば、それは殺された側、奪われた側の痛みを無視してしまったことで。


 仮に加奈子たちが正直に話をしていたところで、リリィは杏里たちに歩み寄っただろうし、そういう意味では決裂が遅いか早いの違いでしか無かったのだろうが。


 そうして杏里に向かって奇襲を仕掛けた加奈子の銃弾はしかし、彼女を庇った秋羽の肩を掠るだけで終わり。


 怒りとともに放たれた杏里の銃弾は、そのまま加奈子の胸を撃ち抜いた。


 かくして交渉は決裂し、現場は銃弾飛び交う戦場と化した。


 ※


 誰が死んで誰が生き残ったかなんて、舞々まいまいの知ったことではなかった。


 確実に生きていると言えるのは、こうして生きている自分と、舞々が今肩を貸しているリリィくらいのもので。


「……ごめん、やっちゃった」


 血まみれのリリィのか細い声が聞こえる。すでに空は白み始めていて、夜明けが近いことを告げていた。


「……烏丸さんは悪くないよ」


 じゃあ、誰が悪かったんだろうか――舞々には、何も分からなかった。


 多分、みんなにみんな、それなりの理由があるのだろう。それこそ、このデスゲームの開催者にさえ、やむにやまれぬ事情があるかもしれない。


(……だったら、それを確かめに行ってもいいかもしれない)


 そんなことを考えていると、リリィが勢いよく喀血した。


「烏丸さんっ」


 あの乱戦の中でリリィの体は穴だらけになってしまって。


「……だいじょぶ、だいじょぶだからさ」


 血色が良かったはずの顔は、青ざめるを通り越して土気色になっていた。


「だいじょぶじゃないじゃん、ぜんぜん」


「そういうはりはりは、どう?」


「……無傷だよ」


「本当に?」


「本当の本当に。だから、自分のことだけ心配してて」


 そうだ、舞々は本当に無傷だった。加奈子による一発目の射撃の時点で伏せていたから。


 リリィはこんなにもボロボロなのに、自分がどこまでも元気なのが嫌になる。


 こうしてリリィを連れ出せたのだって、杏里たちと他の誰かが銃撃戦をしていたからで。


(……いつも逃げてばかりだ)


 だからこうしてリリィを連れ出すことが出来た? それは戯言だ。


 それは自分が受けるべき傷を他人に押し付けただけに過ぎなくて。


(生きてるかな、鍵沢さんと、ええっと、誰だっけ)


 思い出せない。ていうか、今の状況でさっきの二人が襲いかかってきたらどうしよう。


 手元にあったはずの拳銃は逃げてるうちにどこかに捨ててきてしまったようで、今の舞々たちはあまりに無防備だった。


「……リリィ」


 そんな二人の前に現れたのは、幸いなことに鍵沢くるみだった。


 本当に、幸いだろうか。


 血まみれの彼女の目はどこか据わっていて。


「安心して、この血は返り血だから」


 その言葉で安心できるところに自分たちはいるのだろうか。


「あの二人はさぁ、逃しちゃった」


「……じゃあ、その血はどこの誰なの」


「照井さんの死体」


「照井さんじゃない方の子は?」


「あたしが照井さん撃ったらぎゃあぎゃあ言ってきてウザかったから撃ち殺した」


 なんだそりゃ。


「……じょーだんだよ、じょーだん。このゲームのルール忘れたの? 普通に首の爆弾爆発して死んだよ、あの子。両思いだったんだねえ。……全くさぁ、せっかく何もかも上手く行こうとしてたのに、なんなのこれ」


 そう言うと、彼女は地面にあぐらをかいた。


「リリィも死にかけてるし、もう駄目だね、駄目」


 そのまま仰向けに倒れて、


「ま、針井さんは好きなようにすれば? 知らんけど」


 自分の頭に拳銃を押し付けると、そのまま引き金を引いた。


「……は?」


 わけが分からなかった。


 そして今更に、目の前でこれだけのことが繰り広げられているにも関わらず沈黙を続けているリリィに気づく。


「烏丸さん、烏丸さんっ!」


 必死で肩を揺すると、リリィはようやくゆっくりと目を開いた。


「……ごめん、ちょっと寝てた」


 そう言って彼女の視線はくるみの死体に注がれて。


「ええっと、これはっ」


「……あははは、そういうことか。くるみは貧乏くじを引きたくなかったんだ」


 乾いた笑いが場違いに響く。


「もう頼める人が一人しかいなくなっちゃったし、頼むね、はりはり」


「……」


 訊ねるのも、嫌だった。


 舞々は心の片隅で、すでに気づいていたから。


 死にかけた烏丸リリィがこの状況で頼むことなんて、ひとつしかないことに。


「あーしを殺してよ、はりはり」


 予想通りの言葉が、舞々の胸を撃ち抜いた。


 ※


「……ごめんね、秋羽」


 秋羽に肩を貸しながら、杏里が言った。


「あんな連中の言うこと、真に受けなければよかった」


「……杏里ちゃんは悪くないよ。わたしだって騙されたし、軽傷で済んだし」


 これは軽傷だろうか。最初に右肩に銃弾が掠ったあと、もう一回右肩を銃弾が貫通していた。


「相手がろくすっぽ鉄砲撃ったことなさそうな連中で良かった。まあ右腕はしばらく使えないと思うけど、生きてるし」


「死ななかっただけでしょうが」


 そう言う杏里は無傷で、ふたりともあの距離でやりあったにしては奇跡的だった。


 黒ギャルをすぐに制圧できたこと、最初に撃ったやつの片割れの爆弾が爆発したこと、最後に残ったひとりは存外やれるやつだったがひとりだったこと。


 これらの要因が絡み合っての奇跡だ。


「ていうか、もうちょっと頑張ってたら最後のやつ殺せたよね。弾切れしてたし。なのに杏里ちゃんが引っ張るから」


「だって肩撃たれてたし」


「肩撃たれただけだし」


「……秋羽が死んだら、私も死ぬし」


「……ごめん」


 そうだ、杏里はこの戦いで、このゲームで両思いが一緒に行動することのリスクを身を以て思い知っていた。


 最初に追いかけていた深百合に銃を向けられたときの緊張、リリィの語った杏里たちの暗い展望、加奈子を撃ち殺したあとに爆死した都。


 どれをとっても、杏里に死を意識させるのに十分だった。


「これから、どうしようか」


「……どうしようね」


 一度死の恐怖が鎌首をもたげてしまえば、戦うことは出来なくて。


 自分が死んだら、秋羽が死ぬ。秋羽が死んだら、自分が死ぬ。


 今更意識した、このデスゲームのルール。


 そろそろ夜が明けそうだった。


 ※


「あーしを殺してよ、はりはり」


「……何を勘違いしてるか知らないけど、私のカードは白紙だよ」


 とりあえず言ってみる。多分無意味だろうけれど。


「はいダウト。はりはりが寝てるときに確認しました。あーしの名前書いてあったし」


「かかかかか、勝手に見ないでよっ!」


 こんな状況なのに、顔がくらくらするくらいに熱くなる。


「ごめん。でも、重要なことだったから」


(それは、好きな子が両思いかどうか知りたくて?)


 なんて聞けるはずもなくて。


「まあ、そういうわけでさ、はりはりの選択肢は二つに一つしかないわけよ」


 リリィは無理に笑ってウインクすると、舞々がずっと目を背け続けていたそれを提示した。


「あーしがこのまま死ぬのを見届けて、自分の首の爆弾が爆発するのを待つか、それともあーしを死ぬ前に殺して、はりはりだけでも生き残るか。……普通に考えたら、答えはひとつしかないっしょ?」


 ああ、普通に考えれば、答えはひとつしか無かった。


(鍵沢さんはこれが嫌で逃げたのか)


「烏丸さんと一緒に死ぬ! とか言わないでよ?」


「……言ったら?」


「そんときゃどうしようもないかな。無理強いはできないし」


「ていうか元気に見えるけど」


「元気に見える? どのへんが? ……さっきからめちゃくちゃ寒くてさ、なのに震える元気もないって、はりはりも分かるっしょ?」


「……」


 ああ、わかってるとも。肩を貸している彼女の体が、すごい勢いで冷たくなっていくのを感じている。


「……だから殺してよ。私は、自分の死に他人を巻き込みたくない」


「あーしじゃなかったの」


 舞々の言葉に、しかしリリィは言葉を返さなくて。


「ねえ、あーしじゃなかったの! 烏丸さんっ!」


 その場でいくら肩を揺すってもリリィは目を瞑って黙ったままで。


「……そうだったわ、あーしだったわ」


 ようやく目を開いた彼女の声は、ひどく弱々しかった。


「あーしは烏丸リリィ。黒ギャルで、友達思いで、……それで?」


「友達思いなら殺せとか言うなよ! ていうか自分で友達思いとか言うなよ!」


「……あは、そうかも。……ていうかさ、黒ギャルってよくわかってなくてさ、なんとなくキャラ立てるためにやってたんだけど、どうだった?」


「烏丸さんは黒ギャルだよ! 友達思いだしカッコいいしオタクに優しいし、最高だよ!」


「……それは、最高だわ。あーしはね、変な名前で、しかも昔転校ばっかりだったから、こういうふうにやってかないと駄目だったんだ。まあ、楽しかったんだけど。……でもさ、はりはりを、まいまいを見てたらそんなふうにやってくのも悪くなかったかも」


「良くねえよ! 友達いねえの辛いよ! 私も生まれ変わったらギャルがいいもん! ギャルになってみんなと好きなアニメの話したいもん!」


「……じゃあ、がんばれ」


「がんばる、がんばるからっ、だから、死なないでっ」


「……死ぬよ、あーしは超死――」


 ぬよ、と続けられるはずの言葉は、激しい喀血にかき消されて。


 まだ体にそこまで血が残っていたのか――そう思えるほどの量を吐き終えると、


「……さっさと殺せよ、オタク」


 リリィは鋭い視線で舞々を睨みつけた。


「あーしの胸ポケットにボールペンがあるから、それで殺せよ。甘えてんじゃねえぞ、逃げてんじゃねえぞ、死ぬんだぞ、命がかかってんだぞ」


「……ボールペン」


 そうだ、ボールペン。銃弾が一発だけ撃てる、お揃いの使えない武器。


「いつまでも優しくしてやったら調子乗りやがって、クソオタクがよ――」


 そう言うと、リリィは舞々の耳元で囁いた。


 その長い囁きで、舞々の表情は徐々に変化していって。


「……ああ、もう、わかったよ」


 そこまで言われたら、やらざるを得ないだろう――彼女はやっと、覚悟を決めた。


「そうだよね、私しか生き残らなかったんだもんね」


 リリィにとって最後の希望は、なし崩し的に自分しかいないわけで。


「だから、私が烏丸さんの仇を取るからさ」


 リリィの胸ポケットから、ボールペンを取り出す。


 先端のペン部分に偽装されたそれを取り外すと、銃口が露わになる。


 舞々はそのまま彼女の心臓にそれを突きつけると、クリップをカチャリと押して。


「烏丸さんは、安心して逝ってね」


 笑顔のまま、烏丸リリィは死んだ。


 死亡者名簿

 21.照井加奈子

 22.浦和都 

 23.鍵沢くるみ

 24.烏丸リリィ


 ……残り14名

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