17.黒ギャル同盟VSいじめられっ子同盟
それでも、生き残るには選択肢があれしかなかった。だから銃を構えた、それだけのことである。
「……深百合、馬鹿だよね」
あそこであのまま発砲していたら、十中八九撃ち損じてこちらがお陀仏になっていただろう。
あの黒ギャルたちがやってこなかったら、一体どうなっていたことやら。
「命の恩人を馬鹿扱いは流石にひどいと思うけど」
未だに肩を貸している
「わたしを殺せば良かったじゃん」
「良かねえよ馬鹿」
「馬鹿とか言うなよ馬鹿」
「……だいたい、そうやって琴子を撃ち殺して、それで素直に助けてもらえると思う?」
「まあ、十中八九殺されると思うけど」
「じゃああれが正解じゃん」
「いやいや、一番正しいのはわたしのことを最初から見捨て――」
「――あーはいはい、もう聞き飽きたから、それ。助けてやったのに何その態度、意味わかんない」
「助けてくれたのは感謝してるよ、そりゃ。でもそれで深百合が死んだら元も子もないし。いくらこんな状況で焚き火を放置したから見つかったって言っても、それだって元を辿ればわたしを助けるためにやったことだし」
「は? それ遠回しに人のこと責めてない?」
「責めてないから。いくらなんでも迂闊すぎると思ったけどさあ」
「思ってるじゃん、こいつ馬鹿だなって思ってるでしょ」
「思ってない、思ってない。どうせならあのスナイパーライフルも拾ってきてくればこんな目に遭わずに済んだのにとか思ってない」
「……は? スナイパーライフル? なにそれ?」
「え、落ちてなかった? 脳天にナイフ突き刺さった女が近くに倒れてたと思うんだけど」
言って後悔する。そういえば殺人したんだった。
だけど深百合はそれを完全にスルーして話を続ける。
「いや、それらしい死体は落ちてたけど、ナイフは刺さってなかったし、スナイパーライフルなんか持ってなかったよ?」
「……は? 嘘でしょ?」
「嘘でしょって、なんで嘘なんかつかなきゃいけないの」
そう言う深百合の目は、とても嘘をついてるように見えなくて。
(……待って、じゃあ誰か拾ったってことだよね?)
琴子は腹の傷を疼かせながら思った。
あれを拾ったどこかの誰かが、どうか自分たちの敵ではないようにと。
※
彼女は偶然拾ったスナイパーライフル――九七式狙撃銃(正しくは小銃だがハルが知ったことではない)を家宝のように抱きしめて、夜の闇に紛れて眠っていた。
日中はずっとこれを使えるようになるための訓練に費やしたが、弾数だって死体を漁ったときに手に入れた数に限りがあったから、ほとんどイメトレとボルト操作で終わってしまった。
それでも、ハルは夢を見ていた。
きれいな銀髪をたたえた、あの小さな頭を、遠くから一撃で撃ち抜く夢。
そうやって唯愛を殺せれば、自分の銀髪も本物になる――そんなことを考えながら、ハルは夢の中で唯愛を殺し続けた。
「……明日こそ、絶対殺してやるぞぉ」
物騒な寝言は、遠方で響く銃声にかき消された。
※
こちらの数は2人、相手は5人。連中は皆銃を構えて、こちらを過たず狙いすましている。完全に詰んだ――彼女たちに包囲されながら、
普通なら銃を捨てて降伏するのが一番正しいかもしれないが、しかし。
(……私がこいつらだったら、銃を捨てたところを蜂の巣にする)
今まで殺してきたやつの中には、この5人の友人も含まれてる可能性があるし、そうでなくとも連中にとって自分たちみたいな危険要素をわざわざ生かすメリットはないだろう。
落ち着いて考えてみれば、このゲームにおける無差別殺人者ほどはた迷惑な存在もないわけだ。
もし先を越されてしまえば、自分の首の爆弾が爆発する――しかも、そこに理屈はなく、ただ偶然目に入ったから。
あまりに迷惑だった。
いいや、迷惑だからこそ彼女たちはそうしてきた。
(……それに、もしここで降伏して命を永らえさせても)
そんなことに、意味は感じられなかった。
(そうだ、こんな連中に頭を下げるくらいなら、いっそ連中を巻き込んで死んでしまったほうが――)
杏里は
「……ごめんっ」
それは、黒ギャルの突拍子もない行動に遮られた。
リーダー格と思しき黒ギャル――
これには杏里達はもちろん、黒ギャルの取り巻きもあっけにとられた顔をしていて。
「……は?」
あまりに無防備なその姿に、しかし発砲どころか、銃を構える気すらも失せてきて。
「西尾杏里さんと、宮沢秋羽さんだよね?」
「……そう、だけど」
「本当にっ、ごめんっ」
「……いや、何に謝ってんの、烏丸さんさ」
流石に我慢できなくなったのか、取り巻きの一人――針井舞々がツッコミを入れる。
「……そだよね、いきなりこんな事言われても困るよね。……あのね、二人がこんなことをしてるのは、あーしのせいなんだ」
「……はい?」
全く身に覚えがなかった。
いや、見て見ぬふりをしていたのだから殺す因縁はあるのだけれど、そういう意味ではこうして困惑してる他の4人も同じなわけで。
「……二人はさ、自分がいじめられてるのに助けてくれなかったから、それでこんなことをしてるんだよね?」
「……そう、だけど」
こうも真っ直ぐ答えを言い当てられると、それはそれで困惑が先立つ。
もう少し余裕があれば、その理解者ぶった顔をやめろとか、そういう事も言えるのだろうけれど。
「あーしはさ、二人をいじめてた真中衣瑠と幼馴染なんだよね。……それで、二人がじめられてるのに気づいて、あの3人を止めに行ったんだ」
「……そんなの、知らない」
「だって、直接止められたら惨めな思いをするんじゃないかなと思って」
まあ、それはそうだけれど。
自分たちがいじめられてるときに、この黒ギャルが割り込んできて『弱い者いじめはやめろし!』みたいなことを言ってきたら、とても嫌な気分になるに違いない。
「……二人には悪いけど、いじめてるところを動画で撮って、先生にバラされたくなかったらやめろって言ったんだ」
「……でも、私は」
「わたし達は、いじめられたままだった。そうでしょう、杏里ちゃん?」
秋羽の言葉に頷き返す。
そうだ、たとえ止めようとした事実があっても、実際は止められてないわけで。
杏里は気を引き締め直して、銃を構えた。
「……うん、わかってる。見過ごしていたあーしたちも同罪だって。だから殺してやるって。それは、一度止めたと思ってて結局は何も出来てなかったあーしも同じ。……いいや、もっと悪いよね」
リリィは改めて頭を深々と下げて、続けた。
「……本当に、ごめん。つらかったよね、悲しかったよね、悔しかったよね。見ていただけの人まで殺すなんて、とか言えないよ、あーしには」
「……」
こんなこと言われて、自分は一体どうすればいいんだろう。
謝れとか、そんなふうに思ったことは一度もなくて。
だって、分かってくれるなんて一度も思ったことがなかったから。
「……許してくれなんて言わない。だけど、だけどさ、今だけは、今だけはあーしたちと協力してほしいんだ」
「……協力?」
「あーしたちは今、このゲームを止めるために人を集めてるんだ。二人だって、このままじゃ首の爆弾が爆発しちゃうと思うから。だから、協力して損はないと思う」
「……止めるって、なにか勝算でもあるの」
「ないよ、今のところは」
気持ちいいくらいの断言だった。
「でも、このまま何もしなかったら、良くても生き残れるのは杏里ちゃんか秋羽ちゃんだけだよ。……だから、お願い」
杏里は秋羽に目配せする。
リリィの言うことはもっともだった。
このままこんなことを続けていても、二人仲良く爆死するか、どちらか片方を犠牲にして死ぬかの二択しか無くて。
それに、たとえ不発に終わったとしても、彼女は自分たちを助けてくれようとしたわけで――
「……杏里ちゃん」
「うん」
二人は頷きあうと、拳銃をおろして――
「死ねッ」
そこで、それは割って入ってきた。
夜闇では見えなかった顔が、星空のもと露わになる。
鬼の形相を浮かべる彼女は、どこかで見覚えがあって。
『二人は逃げて、両思いでしょ! 私は違うから!』
ああ、あのとき逃されていた連中の片割れだ。
照井加奈子は、杏里に至近距離で拳銃を構えて。
「――杏里ちゃんっ」
秋羽が杏里に駆け寄って。
復讐の弾丸が、今放たれた。
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