16.いじめられっ子同盟の憂鬱
自分をいじめていたクラスメイトと、それを傍観していたクラスメイトへの復讐――それを目的に
最初、それはひどく痛快だったけれど。
「死ねっ、死ねッ!」
「……撃ち過ぎだよ、杏里ちゃん。弾が勿体ない。もう死んでるし」
今の杏里の中にある感情は、苛立ちだけだった。
怯える連中を追い回して撃ち殺すのが楽しかったはずなのに、こいつのせいで何もかも台無しだった。
今こうして文字通り死体撃ちされている
三人組を見かけて、殺そうとした。ここまでは良い。
しかし連中は我先にとお互いの足を引っ張りながら逃げるわけでもなく、
『二人は逃げて、両思いでしょ! 私は違うから!』
そんなことを言って一人で現場に残ったのだ。
……なんだ、それは。
これでは、こっちが悪役みたいではないか。
悪いのはお前らなのに。
私たちがいじめられているのを傍観していたお前らなのに。
なのに、自分が疎外されていたことすら気にせずに、こんな真似をするなんて。
「そんなのっ、おかしいだろうがっ!」
銃弾が勿体ない――そう言われた杏里は、陽毬の蜂の巣になった顔を、容赦なく踏みしめた。
なのに、溜飲はまるで下がらなくて。
どころか、苛々はなおも増すばかりで。
「……そうだ、こんなに苛々するのは主犯の連中を一人も殺せてないからだ」
主犯――杏里とそれを庇った秋羽を直接いじめていた三人組。
それもそのはずだ。少なくとも、取り巻き二人はすでに死亡しているのだから。
取り巻きの名前は、
誰もおぼえてないかもしれないが、ゲーム開始早々に、大好きな人を殺すくらいならば自分が死んだほうがマシだとルールもよく理解せずに拳銃自殺し、両思いゆえにそれに巻き込まれて死亡した二人組である。
きっとそれを知ったら、杏里はブチ切れるだろう。
身内に対してその優しさを持てるくせに、どうして自分にはあんなひどいことが出来たのだと。
「……はぁ、クソが」
「そろそろ行こう? 杏里ちゃん」
秋羽の言葉に渋々うなずいて、杏里はその場をあとにした。
(もっとみんな、気持ちよく殺せるクソ野郎になればいいのに)
そういう意味では、初期の醜く殺し合ってる連中を殺せたのは爽快だった。
今ではそんな爽快感は、真中衣瑠を殺しでもしないと味わえないのだろうか。
ゲーム開始からある程度時間がたった今、ここに残っているのはまともな連中しかいないのだろうか。
(……いいや、まともじゃないね。まともだったら、私がいじめられてるのを見て見ぬふりなんかするわけないし)
そうだ、連中はみんな、この期に及んで善人面してるだけのクズの集まりだ。
たとえまともに見えても、その実は他人なんかどうでもいい、保身のことばかり考えているクズなのだ。
そう考えると、気が楽になってきた。
(そうだよ、私はまだまだ殺せるよ。今島に残ってる連中、全員殺せるんだ)
「……どしたの、杏里ちゃん?」
もちろん、秋羽だけは別だ。
秋羽だけは、自分がいじめられてるのを助けようとしてくれたのだから。
そのせいでいじめられてもなお、杏里と関わるのをやめないでいてくれたのだから。
(この子だけだ、このクラスでまともなのは、本当の意味で優しいのは)
「なんか疲れてるみたいだし、ちょっと寝る? もう日も沈んできたしね」
秋羽が木の根本に腰掛けて、ぽんぽんと膝を叩く。
「だいじょぶだって、誰か来たらわたしが撃ち殺したげるから」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
膝枕なんて、母親以外はじめてだった。
柔らかい感触に頭を埋めると、秋羽の匂いが鼻をくすぐる。
「……私、出発する前は本当に嫌だったんだけど、修学旅行来てよかったと思う」
「そーだね、こうやって復讐できてるし」
秋羽は優しく杏里の頭をなでて、穏やかな表情とは真逆なことを言った。
「……それもあるんだけどさ、私が一番嬉しかったのは、こうやって秋羽と両思いだって分かったことかな」
「両思いじゃないほうが良かったけどね」
「……私はさ、秋羽」
この理不尽なゲームのことを思う。
一番好きな相手を殺さないと脱出できない、このデスゲームのことを。
「私は、絶対に秋羽のこと、殺したくない」
「わたしもだよ。わたしも、杏里ちゃんのことだけは殺したくないな」
秋羽の優しい声に、優しい手のひらに、意識が溶かされていく。
そうして彼女は、深い眠りに落ちていった。
※
「……秋羽」
目を覚ますと、見上げる先にうつらうつらとしている無防備な秋羽がいて。
(……寝顔も可愛いな、こいつ)
「あ、ごめん、寝てた」
「いや、別にいいけど。私ばっかりしてもらうのもあれだし、しようか膝枕?」
「ううん、いいよ。わたしも眠ったし。それにほら、今なら無防備に寝てる連中を狩れるかもだよ?」
「それもそうだわ」
ついさっきまで無防備に寝てたのはどこの誰だ――なんて思いながら、名残惜しさを振り払うように杏里は立ち上がった。
「見てよあれ、焚き火やってる」
「馬鹿だねえ、あれじゃ丸見えじゃん」
そうしてしばらく歩くと、森の中で焚き火をしているのを見つける。
殺し合いの中でこんな呑気な真似をする連中は殺されて当たり前――二人は笑顔で示しあって駆け出した。
そうして、すぐにあのモヤついた気持ちが、霧散したはずのそれが、帰ってくる。
視界の先、自分たちが追いかけている二人組。
「わたしのことはいいから、とっとと逃げろ!」
「絶対嫌!」
怪我でもしているのか動きのぎこちない
「なんでだよ、なんで見捨てないんだよ、このままじゃふたりとも死ぬぞっ、深百合はわたしのこと嫌いなんだろ、なあ!?」
「幼馴染なんだから、ほっておける訳、ないでしょ!」
また、あの茶番だった。
途方もなく苛々するし、胃がムカムカしてくる。
今すぐ撃ち殺してやりたかったが、しかし今の状況でこいつらを撃ち殺してどうなるのかという疑念もあって。
そうこうしているうちに、目の前を走るふたりの前に絶壁が現れた。
これで行き止まりだ。逃走経路も、ふたりの人生も。
行き止まりを前に顔を青くしている彼女たちを前に、秋羽が発砲しようとするのを杏里が手で制した。
「……いいこと思いついた」
杏里は手元の拳銃のカートリッジを取り出し、残弾を確認すると、そのまま地面に向かって数発発砲した。
そうして残るのは最後の一発のみで。
「これでどっちか片方を殺したら助けてあげるよ」
杏里は予備の拳銃を取り出すとともに、それを投げ渡した。
「どう? 死にたくないでしょ? だったら――」
言い終える前に、先ほど肩を貸していた少女――深百合がそれを拾って。
「西尾さん、もしかしてルールわかってない?」
杏里に向かって銃口を向けた。
「このゲーム、一人殺すだけで何人でも殺せるけど」
普通ならば、ごく普通の状況ならば、銃弾ひとつでは報復を恐れて何も出来ないだろう。
だが、このゲームならば、杏里を撃ち殺せば、両思いである彼女――秋羽も爆弾が爆発して死ぬ。
杏里はそんなごく単純なこのゲームのルールさえも、虐殺の中で忘却していて。
粘性を帯びた時間の中で、彼女ははじめて死を意識する。
あまりにも、愚かだった。
相手の暗黒面を見るためだけにこんな真似をして、挙げ句殺されかけている。
力に溺れたものの末路がこれだと言うならば、それはあまりに滑稽で。
(――嫌だ、死にたくない!)
なのに、引き金を引こうとする指はひどく重たくて。
(――秋羽を、殺したくないっ!)
未だに深百合の引き金は引かれていないが、それでも彼女は自らの死を、秋羽の死を幻視していて。
「何やってんの? あんたら」
そんな粘性は、背後からの声で断ち切られた。
そこにいたのは、銃を構えた黒ギャルたちで。
視線を戻せば、深百合たちはUターンして逃亡する最中だった。
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