15.オタクに優しいギャルは当然みんなに優しい
いくらなんでもチョロすぎるだろ、オタク――
自称二次元専門レズビアンで、最近は流行りのバンドアニメの酒クズだけど演奏するとめちゃくちゃカッコいいサブキャラに恋していたはずの舞々だったが、これはどういうことだろう。
白紙だったはずのカードに書かれている名前は――
「どしたの? はりはり?」
「ひ、ひいいいいっ」
後ろからこちらを覗き込んでくるオタクに優しいギャル――
「なななな、なんでもないよっ」
「あは、針井さんって思ったより面白い人だったんだね」
「は、はははははは」
慣れない愛想笑いを浮かべる顔は、馬鹿みたいに熱い。なんなんだ、これは。なんで自分は孤島でデスゲームに巻き込まれてるのにこんな目に遭ってるんだ。
「それで話は戻るんだけど――」
なんてさり気なく話を戻してくれるリリィに感謝しつつ、舞々は自分のカードを最後にもう一度盗み見た。
(……烏丸、リリィ)
そこには、たしかにそう書いてあった。
連中に渡されたスマホが突然震えて、『カードの内容が変更されました』なんて書いてあったから確かめたらこれだ。
「照井ちゃんたちはさ、さっきかなりヤバそうな連中を見かけたんだよね?」
「……うん」
重々しげに、
今の黒ギャル同盟はこの二人を合わせた五人で構成されているが、二人は先ほど合流したばかりで、表情はまだ硬かった。
「私たちは見つけた時点で隠れたから大丈夫だったんだけど、二人組が笑いながら一人を追いかけてたの」
「二人組?」
「怖くて良く顔は見えなかったんだけど、二人組。それで倒れた死体に何度も笑いながら撃ちまくってた」
それは舞々が最初に示した懸念だった。
追い詰められておかしくなって、無関係な相手も含めて襲いまくる、世紀末的な連中。
「……それは、ヤバいね」
リリィが珍しく真剣な顔をして、舞々はそんな顔も可愛いなと――
(……落ち着け、今はそんなの関係ないから)
心臓の高鳴りを無理矢理に抑えて、彼女も真剣な顔を浮かべ続けた。
「もし鉢合わせしたらどうする?」
「数はこっちのほうが勝ってるけど……」
「そういう連中は弱い者いじめしか出来ないから大丈夫なんじゃない?」
くるみが能天気に言う。
(……本当にそうか?)
こっちはリリィをのぞけばろくに戦う覚悟も決まってないような連中しかいないだろうに。連中が殺す気で襲いかかってきたら、普通に全滅すると思う。
とか何とかコミュ障の舞々が言えるわけもなく、ただ黙っていた。
そうこうしているあいだにも、リリィたちの話し合いは進んでいく。
「……そろそろ夜だけど、こんな連中がいるなら下手に眠ってられないね。例えば焚き火とかしてたら、かなり危ない」
くるみの言う通り、すでに日は沈みかけていて、連中が狩りを行うならばもってこいの時間になりつつあった。
「でも休まないとこっちも気力やら体力が持たないっしょ?」
「どこで休むの?」
くるみの疑問に、リリィは自慢げに答える。
「休む場所ならいくらでもあるっしょ」
なんかその台詞エロいな――そんな自分の邪念が嫌になった。
「あ、変な意味じゃないからね? テントだからね?」
それもなんか変な意味になりそうだけど。
そんな事を考えながらも、リリィ達は武器やスマホが収容されていたテントのひとつに寝泊まりすることになった。
この頃にはすっかり日が沈みきっていて、二人と三人の二組に分かれ、寝ていない方の組がテントの外を見張る――そういう取り決めになった。
「いい? グーかチョキだかんね?」
そういうわけで組分けが行われる。舞々はひたすらに願いながらチョキを出した。
(烏丸さんとあと誰か一人頼む!)
リリィ以外と二人きりは論外、リリィ以外の二人もまあ気まずい。
まあ、それはそうなのだけれど――
「……うあ」
くるみと新参二人がグー。リリィと舞々が、チョキだった。
すなわち、これはどういうことかというと。
「二人きりだね、はりはりっ」
まあ、そういうことだった。
吐きそうだった。
※
好きな子といっしょにテントで二人きり、一体どうなってしまうんだ!?
そう思ったのはみなさんも舞々も同じだったが、結論としてはテントの中では何も起きなかった。
最初にテントで休むことになった二人だったが、流石に疲れていたこともあってぐっすりと四時間眠ってしまった。
そして今は日付が変わって夜の0時――デスゲームが始まったのが午前10時なのでなんだかんだで半分以上が終わったことになる。
二人は体育座りでテントの外を見張っていたが、虫の音と草木が風に揺れる音くらいしか聞こえるものはなくて。
「……綺麗」
見上げると、満天の星が頭上を埋め尽くしていた。
「ほんと、こんなことがなかったらもっと最高だったのにね」
「……だね」
なんて、こんな状況じゃなかったら結構いい雰囲気になる二人。
「修学旅行で普段つるまない相手と友達になれて、こんなきれいな星空が見れる。……これでデスゲームじゃなかったら最高も最高なのに」
そんなリリィの言葉に思わず顔が赤くなる。耳まで熱いほどのそれに、ここが夜闇の中で本当に良かったと、そう思った。
「……烏丸さんはさ、私のことどう思ってた」
「え? はりはり? そーだね、こうしていっしょになる前までは、なんか暗いな? と思ってた」
「まあ、そんなもんだよね。……私は、馬鹿な黒ギャルだと思ってた」
「おい」
「もちろん今はそんなふうに思ってないから。……だから、謝っておこうと思って。烏丸さんのこと誤解してたよ、ごめんね」
こんなことを言えてしまうのは、非日常が自分を大胆にさせているからだろうか。
「あーしこそ、誤解してたよ。思ったより面白いよね、はりはり」
「何度も言われてるけど全然褒められてる気がしないよ、それ」
「あと、意外と勇気があると思う」
「なんで? 鍵沢さんのときも震えてただけなんだけど」
「でも逃げなかったし」
「逃げる勇気もなかっただけだよ」
「ま、ぶっちゃけ多分ただの吊り橋効果っしょ」
「いきなり梯子外してきたな」
きっと、自分のリリィへの思いもその程度のものなのだろう。
だけど、それでも。
(私は烏丸さんに死んでほしくないし、殺すなんて以ての外だ)
「それでもさ、あーしが一番最初に見つけたのは、はりはりだから。だからちょっと贔屓目に見ちゃうのも仕方ないっしょ? ね?」
なんて、リリィはいたずらっぽくウインクして。
もしかして、リリィの中の一番も自分になってたりしないだろうか――そこまで考えて頭をぶんぶん振った。
(烏丸さんが優しいのは私だからじゃなくて、みんなに優しいからだし! オタクに優しいギャルは他のみんなにだって優しいに決まってるから! 烏丸さんが本当に好きなのは真中なんとかさんだから!)
「……どしたの、はりはり?」
「ううん、なんでもないよっ!」
「声大きいから、しー、ね?」
挙げ句オタク特有の大声を窘められる始末。
今日はずっと顔が赤くなっている気がした。
「……そういえばさ、あーし、夕方に話に出た二人組にちょっとだけ心あたりがあるかもなんだよね」
「そうなの?」
急にしんみりとした声のトーンになるリリィに、舞々も同じように声音を低めて応じる。
「確定はしてないけどさ、その二人って西尾さんと宮沢さんかもしれない。……つっても知らないか」
「失礼な。……いや、知らないけど」
そうだ、そもそも舞々は現実において人の名前を覚える能力が極端に低く、今だって鍵沢くるみはともかくとして、新参二人の名前は名字さえ覚束なかった。
「この二人くらいしか、この状況で暴れまわりそうなのに心当たりがないっていうか」
「……いじめられてたり?」
「ビンゴ。やっぱ鋭いね、はりはりは。……でまあ、その一端にあーしも関わって――」
リリィの言葉を遮るように、それは鳴った。
虫の音も、草木の揺れる音も容赦なく切り裂く、発砲音。
それは大きさからしてここから遠くなくて。
「「「……何っ!?」」」
それこそ、テントの中の三人が起き出すくらいには大きい音だった。
「みんな、行こう!」
「え、なんでっ」
「こんな馬鹿馬鹿しいこと、さっさと止めなきゃ駄目っしょ!」
リリィは真っ直ぐな瞳でそう言って、未だ発砲音が断続的に鳴り響く中、銃を構えて走り出した。
「ああもう、わかったよ!」
次にそれを追うのは舞々で、残りの三人もそれに追随していった。
死亡者名簿
20.乙倉陽毬
……残り18名
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