角川つばさ文庫について・2

■表現のレギュレーション


 基本的に面白いことが大事。

 恋愛ものに関して、「抱き合わない」「せいぜい手を握るまで」などの基準設定はしていない。

 イチャイチャを書いてもかわない。

 ただし、小学生が読んだとき、親に見られても恥ずかしくないもの、親に驚かれないもの、学校や塾の休み時間で読んでいて「エロいもの読んでる~」と言われないような配慮はされている。

 つまり、十歳くらいの子供が読むことを意識した作品作りが必要である。

 

 

■一冊に盛り込む情報量の加減は必要


 ライトノベルは情報量が多く、展開も何回もひねられている。

 対して、十歳向けの児童文庫なら、一回転か一回転半くらいできれいに着地するほうがいい。

 ライトノベルの文量は、四百字詰め原稿用紙だと三百枚超えだが、つばさ文庫は二百枚。

 本のページにしても、だいたい百九十二ページ前後。

 一般文芸だと、かなり短めの長編か中編くらいの長さしかない。

 複雑なプロットで勝負するのではなく、本の裏表紙に書かれているあらすじだけで心がつかまれる内容を心がけられている。


 編集者は、一冊の作品から、どの要素を引き出せばいいかを見極めて表紙の方向性を決め、あらすじや帯文を書いている。

 映画宣伝の考えと同じで、短い言葉で端的に作品の魅力を伝えられるものが売りやすい。

 つまり、一般文芸やライトノベル以上に、あらすじだけで「おもしろそう」と思えるキャッチーさが必要である。



■流行を取り入れず、自分の内側から掘り起こす


 あらゆるジャンルに流行り廃りはある。

 後追いで作ると、本が完成したころには古びてしまう。

 だからむしろ、どの時代でも普遍的に受けるものを考える。

 普遍的なものを軸に、ちょっと珍しい要素を掛け合わせるといい。


 編集は「十歳、十五歳のとき、なにが好きだった?」と必ず聞くという。

 どういうところが好きだったか、をさらに掘り下げていく。

 単純に「ホラーが好きなんですね。じゃあホラーをやりましょう」ではない。その作品のどこが好きだったのかを突き詰めると、「親友を得るところがよかった」「弱かった主人公が勝ち続けて強くなっていくところがよかった」など、その人の好きなものの根っこの部分がみえてくる。

 そこを核にして、「自分だったらどういうものにする?」と膨らませていく。

「物語に熱狂していたあのころの自分に向けて」作れば、ブレずに書ける。いま現在ウケているものを採り入れようとすれば、ブレブレになってしまう。

 外から採り入れようとするのではなく、自分の内側を掘って「好き」を言語化したことを元に作品を作ることが大事である。

 

 コアな部分から考える作品作りをすると、書き手として長く続けられる。

 編集は、新人賞で出会った作家を使い捨てるつもりはない。

 書けるなら一生書いてほしいし、そのために長く走り続けられる体力をつくってほしいと思っている。

 売れているから、と自分からかけ離れたネタを持ってくるやり方では、一作二作は書けたとしても、自分の内側にないものに頼って書き続けていくのは苦しく、長続きしない。



■十歳の自分が良いと思うもので勝負する


 最終選考は審査員の先生方にお願いしているが、候補作を絞っていく過程は編集部員全員で行っている。

 編集者がいつも思うのは、「応募先を考えてほしい」こと。

 いい書き手でも「これがメディアワークス文庫宛だったら」「これは推理小説やホラーの新人賞に送ったほうがよかったのに」という作品が毎回あるという。

 応募側と審査側には意識のズレがある。

 審査側は、「減点評価しない」。

 良いところを加点していく読み方をする。

 応募側は、改行がヘンだとか漢字の閉じ開きがどうといった、細かいところで減点されて落とされると思いがち。

 そういう部分はあとからいくらでも加減できるため、まったく気にとめていない。


 大事なのは枝葉ではなくて幹の部分。

 だからこそ、作家にはまず、四百字のあらすじを書いてほしい。

 凝縮したあらすじだけを読んでも面白いかどうか。

「最後まで全部読めばおもしろい」では本にしたとき売りにくい。


 読む前から「面白そう」と思わせるツカミ部分。

 わかりやすいウリが大切なのだ。

 

 児童文庫新人賞の規定枚数は、一般文芸やライトノベルとくらべて短い。

 ゴテゴテのギミックや流行を入れ込んでも消化しきれないし、物語として辛すぎるものや油っぽい作品だと、子供は読みこなせない。

 作者が大人になる過程で身についた鎧や贅肉をそぎ落とし、十歳の自分が「良い」と思う部分を出して勝負してほしい。


 できあがった作品をみて、十歳の自分が理解できるかを思い出し、考えてほしい。

 十歳にはすでに、「良いものは良い」「嫌いなものは嫌い」と判断もできたはず。そこに立ち返り、「これは良い!」と思えるものを書いてほしい。


 小説投稿サイト「カクヨム」や「魔法のiらんど」からも応募できるが、サイトの読者は、つばさ文庫の読者である子供ではない。

 サイトでの評価よりも、小学生が楽しめる作品かどうかで選考される。

 作品を作るときは、読者である子供を意識すること。


 つばさ文庫新人賞には、中学三年生以下を対象にした「こども部門」がある。

 応募している子供は、みんなうまい。

 まさに「味付け」ではなく「骨格のおもしろさ」で勝負しているから。

 行き当たりばったりで書いた作品も、ドライブ感がすごい。

 選考している編集たちは楽しいという。


 編集者はモニター会を開催し、読者である子供たちに「どうやって買う本を決めてるの?」と聞いている。

「書店で立ち読みしたりして、全ページ読んでから決めます」と答えるという。

 書店で読み切れなかったらどうするかと聞けば、

「何日も通って読み切ってから買います」あるいは、「図書館で全巻読んでから買う」と答えている。

 つまり子供は、「読み返したいもの」を買う傾向がある。

 おもしろかったら、本当に百回でも二百回でも読む。

 執筆中にそこまで考えるのは難しいけれども、子供はそういう読み方、買い方をすることを意識しておきたい。


 子供には、見た目のインパクトだけでなく、全ページが大事だということ。



■「書き手が一番好きだったもの」×「いまレーベルにないもの」


 編集は、すでにある作品とは違うものを探している。

 たとえば冒険ものシリーズ。

 ホームズ派のミステリーも募集している。

 編集者は、いま出ているラインナップを見ては「ここらへんのジャンルの作品が少ない」と補強しようと考える。そんなタイミングにいい作家と絵描きに出会えれば、「ぜひ出版したい」と考えているという。


 ちなみに、『カドカワ読書タイム短編児童小説コンテスト』で求めているのは、

「長編児童向けノベルの種」になる短編小説だが、「長編児童向けノベルの『核』となるようなキャラクター・設定を持った、短編小説」と明記されている。

 しかも、カドカワ読書タイム編集部は「小学校高学年から中学生の読者が夢中になれる、長編ノベルを送り出したい、と考えています。この児童向け長編作品の『種』、『核』が込められた、五〇〇〇字から一二〇〇〇字の短編小説をお待ちしています」と発表。

 募集する部門は、「児童向け恋愛小説(溺愛)」と「児童向けファンタジー小説(異世界転移)」の二つとある。

 角川つばさ文庫の編集ではないものの、つばさ文庫には数の少ない、「恋愛小説の溺愛もの」「異世界転移もの」を補強しようと考えたから、短編のできを見ながら面白そうなプロットや設定を作った作者に長編児童小説を書いてもらおうと考えてのコンテストだと邪推する。


 ただし、安易に「求められているジャンルの作品を書けばいい」ではない。

 あくまで、書き手が一番好きだったお話で書きはじめればいい。

 いまのレーベルにはないジャンルの作品ならば、なおさら書いて応募してみよう。

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