編集済
snowdrop様、コメント失礼致します。
「感情形容詞を使わない」はまさにそのとおりですね。
今の若者はなんでも「やばい」ですからね。
良い意味でも悪い意味でも、好きでも嫌いでも。すべて「やばい」。
「嬉しそうに話している」のように相手の様子を推量で書くときは便利なんですよね。視点保有者が抱いた感情をそのまま書けるので。
視点保有者自身の感情を表すのに「俺は怒った。」だと「なんだそれ?」になりやすい。
そう考えると三人称視点で書かれている太宰治氏『走れメロス』の「メロスは激怒した。」という書き出しはいきなりアウトなんですよね。当時は感情表現が確立していなかったので、直接書くことでしか表現できなかったのだと思います。今書くとすれば「メロスは痛罵した。」は書けるかな。「痛罵」は外からわかる語ですので。でもなにか物足りないんですよね。『走れメロス』では続く文でなぜ激怒しているのかを書いていますよね。今ならその理由を書いて、そこから湧き出してくる感情の移ろいを丹念に書くのが正解かな?
少なくとも今「メロスは激怒した。」は悪手かな?
作者からの返信
読んでいただきましてありがとうございます。
なんでも、「やばい」「かわいい」「うまい」ですからね。
伝わってきません。
姪が幼いときに「やさしくやってね」といったら、癇癪おこされました。
「やさしいってわからない」って。
具体的に表現しないと、小さい子はわからない。
それと同じように、読者にも感情形容詞でいわれてもわからないのです。
姪に怒られてからは、言葉に対して気をつけるようになりましたね。
「メロスは激怒した」の書き出しは問題ないと思います。
問題は、二行目ですね。
どう激怒したのかが書かれてあればいいと思います。
「メロスやばい」「それな」と、仲間内で完結してしまう書き方をされると、読者としては困ってしまいますけれど。
読み進めれば進めるほど、心がぽきぽき折れて砕け、良い柔軟になりますね(笑)。勉強になります( ;∀;)
作者からの返信
恐縮です。お役に立ちましたら幸いです。