アルハンドリッラー! アライくん

gaction9969

Ally-33.3333…:倹約なる★ARAI(あるいは、SAY!瞬/ズンズクグズグズ/虎ヴィアータ)

「じ、ジローは、の、ほ、本当ほんくら浪費症すぺるこましすなやっちゃっちゃでぇ」「浪費症すぺるこましす


 六月の風はそれは高湿度孕みまくりで。何ならもう夏の蒸し暑さも既にその一端に備えているほどに、吹き付けられるたびに僕の燃費の良い身体から不快指数を数値化させたようなダメージポイントが中空にポップアップしていきそうなほどの生ぬるさで。


 三浦半島の南東、海沿いを走る国道134号は久里浜辺りから南下してくるとYRP野比を通過してここ長沢あたりで東京湾というか金田湾と言った方が通りの良い海へと急接近するけど正にそこ辺りで。


 海に張り出した素っ気ないコンクリ造りのT字型の沖堤防の地べたへと、まだ夏服に衣替えらない濃紺の学生服のごわごわの尻を降ろして「パピコ 期間限定:地中海レモン」を前歯でしごいていた僕に、右前方に鎮座していた、クルマのラジエータのような整然と流れを作りつつかちかちに固められたダックテール&ポンパドール型の古式ゆかしいリーゼントの辺りからそんな感じのいつものディスりみが標準搭載されている排ガス然とした言の葉が潮風よりも塩分濃度高いめに僕の鼓膜を爛れひからびさせるが如くに苛むのであるけれど。


 「1985年」にまつわるものを集めて秋の学園祭にて「1Q85祭」なる狂宴を催すという、傍からはちょっと何言ってるか分からないであろう、無理やり当事者に引き込まれた側の僕も未だにその全容の三厘ほども理解が及ぶところのない目的のために、我が友アライくんは普段はあまり見せない熱意と傍迷惑な精力旺盛さを以ってして突き進んでいるわけで。そして、


 入学から今までのふた月ほどの間に、カセットテープのウォークマン、ブラウン管テレビそしてファミコン、と当時最先端であっただろうガジェットは奇跡的に手中に収めることが出来ていた。となると後有名なのは「阪神優勝」だよね、そう言えば甲子園に行ってみるのもありとか言ってなかったっけ? とか隣で「パピコ ホワイトサワー」を何故か両手でやさしく搾り上げつつ先端からせり出し溢れてきた白濁液を舌を踊らせ舐め取るという無駄に淫靡な食べ方をしている相方に若干の胸焼けを感じながらもそう水を向けてみるけれど。


 ば、ばるとあいえるんか、ジローはッ!! との急に逆鱗を剝がされたかのような意味不明の激昂しゃがれ声が白い飛沫と共に僕の顔面に射出されてきたわけで。


なづの甲子園は八月やがからっと、学校ガッコすも休みのそん時に行かんでどげんかせんとやがッ!! そのために昼飯代さっぴひぎぃて旅費がば積み立てとぉとが、やぱちょす、そん先の見通しとぉばが、いち団員に過ぎん素人さんにはあまり分かってないんがひみがりぃなやぁ……」


 恫喝から一転、憐みで擬装した蔑みにて、動と静の揺さぶりを丁寧に使い分けつつ細かくマウントを取ろうとしてくる団長殿に空腹感をより強く意識させられてしまうものの。お弁当は実は二人ともクラスメイトの三ツ輪さんに毎日作ってもらっているというこれまた有り得ないほどの至福にあずかっているんだけれど、最近僕は早朝にジョギングとか筋トレとかを始めたせいでそれだけでは賄いきれなくなっているのも事実だ。でも今のたまわれた積立金というか日割りのカツアゲみたいな献上金が果たして本当に三ツ輪さんたちとのひと夏のアバンチュールへと支出されるかそして間に合うのかの方がまったくもって見通し立ってない気もするわけで。駅前の最安ファミレスの299円のパンケーキとセットドリンクバー99円セットも最近では手が出ず、駅前のスーパーで最安のアイスとかお菓子を探してはこうして潮風吹きすさぶ半島の際あたりでぼーっとしながら咀嚼とかしているのが常になっている。


 でもアライくんの方は他に二人いる準構成員たちへ何とかっていう格闘技の手ほどきをしていることによる「受講料」を電子マネーで送らせたりしてるみたいだから結構懐はあったかいと思うんだけど、僕にたかられることを警戒してか、最近では携帯そのものも見せなくなった。でも今肩から引っ掛けている新調したらしい80年代ニューヨーク風のパーソンズのクリーム色×白色スタジャンは、実は復刻した最新のものであり実勢価格二万くらいするのを僕は調べて知っている。


 そんな中、冒頭の「浪費」がどうとか被せられてきても、真顔を押し通すことしか出来なくなっている自分を感じているよ……と、僕のそんな空虚なリアクトを察したか、少しおもねるような猫なで声で御大は続けてくるのだけれど。


「まま、楽しみば後に取っておくぎゃ良かばいお。そしてがば、労せず手に入れるこつの出来る『1985阪神グッヅ』にゃ、何ぁんと我ぁがらのほんの身近にあったがんを、綿密なる調査にてついに発見へと至ったわけなのです……」


 嘘をつく時は標準語になることを鑑みて、この場合は「ついさっき思い出した」とでも訳しておけばいいかな。まあ、とにかくお金を使わずにやれることならどうせ暇だし付き合うよ。と、


「『トラッキー』、知っちょほるがち。阪神のマスコッツキャラクテャーが。そん畜生のデビューが1985年だったっつう僥倖。しかもこれが傑作ながばんち、その初期型のツラが今と違ぅてまた笑えるんがよ……」


 どうしても人に告げる前に自分がツボに入ってしまい、その内容がうまく共有できないまま空虚な間が空くことが多い虚無なやり取りが御大との間ではよくあるんだけど、そのいたたまれなし時空間がまたやって来たな……と慣れて来ていた僕は少し深呼吸なんかをしてそれをやり過ごそうとするものの、ほえ、と目の前に差し出された蜘蛛の巣状に割れ目の入った年季物のスマホの画面には、黄色と黒と白黒縞と思しき虎的なキャラの画像が表示されていたのだけれど、アライくんの指がどこかに触れたのか、一瞬で電子マネーの赤みがかった残額画面に切り替わるわけで。


「62,987円……?」


 網膜に刻まれた数字を、思わず声帯が読み上げたようなスカスカの言の葉が漏れ出るのを他人事のように鼓膜が捉えている……その供出された数値に気づいたか慌ててスマホを覆しつつ何かから庇うかのように懐にしまい込んだ御大が、と、とにかく春日井のババァのヤサがに行くたいと、と白々しい台詞を垂れながら立ち上がる。でも、


 またあの家なんだね……との既視感が僕を襲うわけで。徒歩で約五分。果たしてウォークマンの時と同様以上のデジャブ感を漂わせた玄関先でのやり取りを経て、だいぶ片付いて物寂しくなった春日井のおばあちゃん宅の茶の間の座卓に着く僕らだったけれど。


 今回は直球で目当てのブツをくださいと頼んで、ええじゃが、という流れになった。うん、じゃあ前もこの体で良かったんじゃないのかなぁとも思われるけどまあいいか、それよりも「トラッキー」……のグッズなんてあったかなあ……家中の不要物を搔き集めさせられたあの日の重労働の記憶を想起させてみるけど、黄色と黒と白……の「色」の記憶があんまり無かったな、とか思い至る。と、


 こいじゃがこいじゃがッ、と、興奮気味にどたどたと茶の間に戻って来た御大が突き出した右手に掴まれていたのは、確かに現行のものよりも間抜けな、口をひし形に大きく開いた虎のぬいぐるみだったのだけれどそれより何か重い物に挟まれてでもいたのか、胸元辺りがぺしゃんこになって肛門辺りから灰色になった中綿が臓物のようにはみ出しているよ怖ぁぁああッ!!


 あと集めたらもう一体つくれるんじゃくらいに凄い量と密度の埃が全身に包み積もっていて全体的にブルーグレーの佇まいだよだから記憶に無かったんだね……


 とは言え。


 これは流石に直して展示しないとだよね……アライくん出来るの? と無駄を承知で聞いてみるものの、阿保あっぽじょりかジローは、とのドヤ感のある蔑み声が。そしてここに至り僕も自分の記憶野に燦然と輝き刻み付けられている、あの薄暗いファミレスでのそこにそぐわない可憐なる自己紹介を思い出すのであった……


――改めまして、三ツ輪 梓杏しあんですっ、趣味は手芸……地味ってよく友達からは言われるけど――


 手芸……手芸……手芸……


 あアライくんっ、僕から三ツ輪さんに頼んでみるよっ、と鼻息荒く意気込みその手にぶら下げられた正にの虎の子を受け取ろうとするものの、


 副団長殿に、どん書記風情がの頼みが通ると思といが? ここは団長たる我ぁに任せんしゃいっ、と、こういう時だけ何故か労を厭わない態度でいなされるのだ↑が→。


 そんな流れで聖天使との単独での対面交渉のきっかけを封じられてしまったものの、依頼については二つ返事で快諾してくれて、土日挟んだ翌週には補修してくれたものを放課後わざわざアライくんと僕に手渡してくれた三ツ輪さんだったけど。


 完璧な仕上がりだ……ふっくらとした体型に戻り、毛並みも身に着けているユニフォームも洗いざらしたかのような質感……そして心なしか白い花のような香りを全身に帯びているような気がする……と、


 えへへー、ちょっと気合いいれちゃったぁ。一緒にお風呂にも入って一時間くらい丁寧にお湯だけで洗ってあげたりもしたんだよー、との天上の夕星ゆうつづの如き淡く輝くかのような言葉を浴びるわけで。何……だと?


「アライくんそれ久遠祭まで僕が預かっておこうか? いや預かっておくよ」「……いやアカンがろち、当日全身カピカピになっとったら流石に筋金入り虎党の客も引くわろがい」「いやそんなことにはならないよ、ただ毎晩枕元に置いて一緒に寝るだけだってば」「あかんあかん、せっかく綺麗がに縫い合わせてもろぅたこいつの××がまた裂けてまうがっちに」


 珍しく顔を青ざめさせつつ次第に早足になりついには駆け出す御大の後を、僕も必死で足を繰り出し追いすがるけど。


 待ってよぉぉぉ、アライくぅぅぅんッ……!!


(to be continued……)

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