第3話

「生息範囲は無限大!どこでだって根を張ってみせる、進撃する雑草魂!流打折羽ながれだ おれはでーす」

 最初は恥ずかしかったが、もう慣れた。

 ローテーブルの上に専用ライトとタブレットを立て掛けての動画撮影。手元の近いところにスマホも立て掛けておき、画面にはプレイヤー専用アプリの、昨日の試合の投げ銭ユーザー履歴の項目を開いておく。ユーザー名と投げ銭額の一覧を確認することができる。

 まずは昨日の試合の感想から、そして投げ銭をしてくれたユーザー名を額に係わらず一人一人読み上げ、一人一人カメラに目線を向け、手を振り感謝を伝える。

「昨日は惨敗だったけど、挫けずに、これからも戦い続けるので、引き続き応援をよろしくお願いします。雑草魂!!ありがとう!!」

 大きな声は上げられないので、タブレットに近づいて顔面にありったけの力を込めた。

 撮影した動画を確認し、必要に応じて編集し。ようやく配信できた頃には12時近くになっていた。

 たっぷりと寝た。朝昼兼用で、買っておいた総菜パンと菓子パンを頬張る。

 スマホをローテーブルに置いて、開いていたプレイヤー専用アプリからSymbolウォレットに飛ぶ。昨日の試合で俺宛に投じられたXYMの投げ銭の内、トータルからNFT発行枚数分の手数料を引いたところから、更にシステム使用料のパーセンテージを引かれ残った分がプレイヤーの取り分となる。まだ初戦を終えたばかりで、どの程度が妥当なのか感覚が掴めないが思ったよりも多かったので、ほくそ笑む。支払いは日本円でも受け取れたが、投げ銭分はXYMのままで受け取るようにしていて、手をつけずにそのままハーベストに活用していた。

 一戦ごとの収入は、この他にファイトマネーがあり、勝者、敗者で2:1の取り分となる。こちらは日本円での銀行振込。

 年間でいうと契約金があり、こちらはプレイヤーの実績が加味されるのだが、ファーストリーグ1年目の俺でも、とりあえずバイトせずに過ごせる程度の金額は貰った。ただ、すぐに都心に引っ越すほどの余裕はないので、この部屋での生活を続けている。

 その他の収入源としては個人の動画配信による広告収入があったが、俺の場合、これは本当に微々たるものだった。

 アプリを閉じ、プレイヤー流打折羽としてのSNSを開く。まず、コメントの多さに驚いた。これがファーストリーグの影響力か。ただ、励ましのコメントも多い一方で、膨大な嘲笑的であり、批判的なコメントが表示された。ここまで叩かれたことは今までになかった。怒りよりも、恥ずかしさに身をよじる。堪らなくなってスマホから目を離した。上を向けない。床のカーペットばかり見ている。逃げたくなる。逃げだすか?――それはありえなかった。ありえないなら、今は上を向くしかない。天井を見上げる。大きく息を吐く。体の無駄な力を抜く。――わかっているつもりだったけれど、これがファーストリーグで戦うってことなんだな。

 ペットボトルのお茶を飲もうとして――急に温かいものが飲みたいと思い耐熱コップに移してレンジで温める。そして飲む。少しだけホッとできた。

 残りのパンを食べる。

 今日は午後3時からトレーニングルームの予約をしていた。出かける準備をする。

 春の陽気に包まれた街並みを、いつもの道順で最寄りの駅に向かい、いつもの電車で、いつもの場所へ。

 着いたのはBCHを制作する株式会社Creative Passerが所有する、BCPHを運営する子会社のCreative Passer Entertainment(クリエイティブパサーエンターテイメント)が入居するビル。

 背負っていた鞄から入館証を取出し、入館ゲートにかざしてビル内へ。

 エレベーターでトレーニングルームがある階まで上がる。エレベーターの扉が開くと、数歩のスペースを残して目の前を白壁が塞ぎ、壁に設置された扉の中央には『関係者以外立入禁止』の文字が赤字で表記されていた。この階はフロア全体がBCPH運営に係わっているため、セキュリティが一段厳しくなっていて、入室には静脈認証が必要だった。専用機器に右手中指を差し込むと、扉のロックが解除された。

 扉の先は正面に受付カウンターがあり、カウンター背後の横長ビジョンにはBCPHの映像が流されていた。フロアは明るい照明に照らされ、壁面にはBCPHに係わるポスターが様々貼られており、中には俺のアバター単独の広告ポスターもあった。

 受付カウンターに座るスタッフに挨拶し、プレイヤー専用のロッカールームへと向かう。その途中、廊下の曲がり角でプレイヤーの統括マネージャーである鎌苅任史かまかり とうじさんと鉢合わせした。

「あっ、こんにちは」

 立ち止まり、軽く頭を下げて挨拶する。

「こんにちは、流打さん。どうですか、体調は?」

「もう、全然大丈夫です」

「なるほど、、大丈夫ですか……」

 と言って、鎌苅さんは俺を見ながら沈黙した。――嫌な予感がした。

 鎌苅さんは全身のフォルムが細長い、という印象の人で、年齢は確か40代半ば。頭髪には白いものが混ざり始めているが、黒ぶちの眼鏡の奥に見える目元はギョロギョロと活発に動く。

 鎌苅さんが手元に持っていたタブレットを突然タッチしだした。

「流打さん。サンキュー動画を本日のお昼前に上げていましたね?」

 サンキュー動画とは、試合後に投げ銭への感謝を表明する動画のことだ。

「はい」

「通常は試合日当日に上げることが望ましいことは認識されていますよね?」

「……はい」

「昨日は帰宅されてから何をされていましたか?その時はまだ、体調が優れませんでしたか?」

「体調は問題ありませんでしたので、試合を見返して反省を……」

「なるほど。ではあなたがそうしている間、あなたを応援したファンの方々は、あなたの状態を心配しながら過ごしていなければならなかった訳ですね。あなたはご自身のSNSを確認されましたか?」

「えっと、動画を上げた後に」

「どうでしたか?」

「試合の結果から仕方ないのですが、ずいぶん批判的なコメントが多かったなと」

「なるほど。しかし私は、気にするべきは、そこではないと思うのですが」

「はぁ……」

「あなたが気にしなければならないのは、応援コメントを下さっているファンの方々ではないでしょうか?なにも、批判的なコメントをないがしろにしろというわけではないのですよ。単純に優先度の問題です。応援してくださるファンあっての我々の立場というのはわかっていらっしゃいますよね?」

「はい」

「流打さん。あなたに対してどれだけの応援コメントが入っているか、ちゃんと確認しましたか?」

 正直、ポジティブなコメントよりも、視線は批判的なコメントばかりを追っていた。

「これもまた、優先度の問題です。あなたが試合を見返して反省することはとても素晴らしいことだ。ぜひとも、更にレベルアップして良い試合を見せて欲しいものです。しかし、それよりも昨日の時点で優先するべきは、あなたを心配し、応援して下さったファンの皆様へ、状況を説明し安心していただき、感謝を表明することが最優先だったのではないでしょうか」

 鎌苅さんが統括マネージャーという立場からプレイヤーに対して一貫して求めているのは、プロのエンターティナーとしての立場の自覚と、それに見合った意識と行動。だからといって、決して過剰なファンサービスを提供しろと求めているのではない。ただ自分たちはファンによって支えられているという意識を持ち、感謝を忘れることのないよう求めていた。感謝を忘れファンをないがしろにする時、自分たちの立場はいとも簡単に暗転し失われるものだと常にプレイヤーを戒めていた。

 BCPHの規律は、鎌苅さんのこの一貫した姿勢によって保たれている。プレイヤーを全員『さん』付けで呼び、言葉遣いも丁寧で敬意も忘れず、それでも通す筋は通す。鎌苅任史という統括マネージャーは決してプレイヤーにれない。

 ――そして俺は鎌苅任史という人にれない。そもそも鎌苅って名前からして俺の雑草魂というコンセプトの天敵だし――。ただ、この人の忠告は素直に受け入れられる。

「そうですね。わかりました。今後気をつけます」

 鎌苅さんの目を見て、軽く頭を下げた。

「そうしていただけるとリーグも盛り上がります。よろしくお願いします」

 鎌苅さんも頭を下げ、そしてすれ違って行った。

 言われれば、その通りだなと反省し、歩きだす。

 ロッカー前の休憩スペースに着いた。テーブルと椅子が数組置かれた他に、壁際には長椅子が設置され、その横に自動販売機が置かれていた。

 一組のテーブルに、女性が2人座って楽しげに会話していた。うち1人は黒髪を髪留めで後ろに纏めた――ファーストリーグプレイヤーの『みーうー』と、もう1人はマスク――といっても口を覆うマスクではなく、プロレスラーがするような桃色を基調とした柄マスクを付けた、同じくファーストリーグプレイヤーのまつりキスイだ。

 みーうーが俺に気づく。その視線を追ってキスイも俺に視線を向けた。

「出た!切腹侍!」

 キスイが俺を指差しくわっ、くわっ、くわっ、と独特な笑い声をあげた。

「駄目じゃない、そんな指差して――」

 言葉とは裏腹に、みーうーは口元を抑えて笑い声を堪えていた。

 なんだ、こいつら!

「ねぇ、ねぇ、なんでお腹刺したの?普通ああいう場合、不意を突くにしても自分の脇を通して背後を突くならわかるんだけど、いくら仮想空間だからって、なかなか自分のお腹に剣を突き立てるってできないよね?」

 キスイは黒の上下スウェット姿で、椅子の上に浮いた両足を前後にぶらつかせ、興味津々といった様子で訊いてくる。

「どうしてって……とっさだったから理由なんかないですよ」

「あははっ、とっさに腹切ったんだ!」

 と、こちらは白のスウェットの上下を着たみーうーが、今度は抑えられずに声を上げて笑っていた。清楚そうな顔立ちの美人さんなのに、態度はあからさまだった。

 本当になんだこいつら!

「まっ、でもあれだよ。その判断力は凄いよ。センスあるよ。新人君があの月照さんに一矢報いようとすれば、予想外なことをするしかないもんね」

 笑いを嚙み締めた表情で、みーうーは右手をヒラヒラさせて自分の発言のフォローに走った。

「ねっ、切腹願望とかあるの?」

 キスイは、まだ詰め寄ってくる。

「切腹願望てぇ!武士かよ!あははははっ!」

 みーうーのツボにハマったようだ。

 怒るな俺。怒るな俺。ここで怒ったら――たぶん、怒りん坊将軍とか言われそうな気がする。気がするだけだが――

「ないですよ。本当にああでもするしかなかったんです」

「いやわかるよ。わかるよ。でも、発想が武士だわぁ。雑草侍。きゃははははっ、それを言ったら失礼だわ!失礼よ!」

 みーうーは、もう、どうにも止まらない。

「ふーん。でも、私には必要ないからね、そんな不意打ちは」

 キスイが綺麗な白い歯を見せて、ニヤリと大きく笑った。マスクの奥の目が笑っていない。とてもサディスティックな笑み。

 いじり倒された憤りが途端に吹き飛んだ。そうだ、次の対戦相手はこの祭キスイだった。日本でトップクラスの人気を誇るバーチャルアイドル、祭キスイ。一時大手動画配信サービスでの、一回のライブ配信での投げ銭合計金額の日本記録を持っていたトップスターだ。当然、BCPHで集める投げ銭額も群を抜いている。その無尽蔵のエールポイントを使って、キスイは試合を大花火大会に変えてしまう。まさに、彼女の試合は祭りとなるのだ。しかも、次戦の対戦ステージはキスイのホームステージである『火』の属性ステージ。まさに俺は、祭りに饗される生贄といったところだ。

「わかってますよ」

 敵前で弱音を吐くことはできない。俺は、いじりに対する憤りをあえて表すように顎を上げて胸を張った。

「楽しみだね」

 キスイは俺に手を振り、みーうーに向き直った。

「がんばってねぇ」

 みーうーは改めて口元を抑えて、笑いを収めた。

「失礼します」

 俺は会釈をし、2人の元を離れた。男子専用のロッカールームに入る。扉を閉め、大きく息を吐く。怖ぇ……キスイって、たぶん容赦ない人だ。次の試合が不安になった――が、ファーストリーグに手心を加えてくれるプレイヤーなんかいないだろうと思いなおす。みんな本気で全力だ。ならば、俺も全力でぶつかるだけだ、と、すぐに気持ちを切り替えた。

 『流打折羽』とネームプレートが掲げられた縦長のロッカーを開け、荷物を納める。着替えはしない。スマホで時間を確認する。もう3時になろうとしていた。スマホもロッカーに入れてダイヤル錠を回して鍵を閉める。

 ロッカールームを出て再びみーうーとキスイの横を通ったが、もう俺への関心はないようで一瞥もなく笑い合っていた。

 トレーニングルームの扉の前に立つ。トレーニングルームはこのフロアでも特にセキュリティが厳しく、入退出ともに静脈認証と虹彩認証が必要とされ、同時にAIカメラによる共連れ入退出のチェックが行われていた。また、一連の入退出に伴う認証記録はSymbol基盤のブロックチェーンに刻まれ、改竄を防止する設計となっていた。

 トレーニングルームに入るとプレイヤーの待機スペースとなっていて、その左手奥にコントロールルームがあり、コントロールルームと向かい合うように2部屋のトレーニングルームが設置されていた。コントロールルームには数人の技術スタッフが待機し、トレーニングルームはファーストリーグ、セカンドリーグプレイヤー用に、それぞれ1部屋ずつが割り当てられていた。壁沿いに長椅子が設置された待機スペースにはセカンドリーグのプレイヤーと思われる男性が座っていて、入って来た俺に挨拶した。俺もそれに軽く頭を下げて返す。

 手前のトレーニングルームの扉が開いた。

「ぷはぁ~、良い汗かいたぜ」

 出てきたのは、全身黒のタイトなスポーツスーツに身を包んだごつい男性だった。坊主頭で額には噴き出す汗を輝かせていた。ファーストリーグプレイヤーで、元ミドル級日本チャンピオン。30歳を過ぎた今でも現役日本ランカーのボクサー、スプラッター久能くのうだった。プレイヤー名と同名のリングネームが示す通り、ノーガードの打ち合いを得意とし、試合はいつも殴り合い。相手が血に染まるか、自分が血に染まるか、まさに決着の時は鮮血を免れないスプラッター。おかげで怪我を負っていない今でも、久能の顔はどこかひん曲がっている。

 久能と俺の視線がかち合った。

「おお、新人。体の動きは大丈夫か?」

 ひん曲がった顔を笑顔に引きつらせた。意外と人懐っこい表情。

「大丈夫です。ありがとうございます」

「それは良かった。デュラハンの気持ちもわかっただろう。いい経験だ。お前も良い汗かけよ。じゃあな。」

 手にしていたタオルで顔を拭うと、そのまま首に掛けて部屋を出て行った。

 デュラハン?その時は意味がわからなかったが、あとで調べてみるとアイルランド地方に伝わる妖精とのことだそうだ。いわゆる首無し騎士のことで――要は俺の試合後を揶揄したのだろう。なんだ、ファーストリーグのプレイヤーはどいつもこいつも。そもそも、デュラハンは首無しでも体が動く妖精であって、俺は首があっても体が動かなかったのだから、デュラハンとの共通点ないし。言うならば、真逆だし。

 俺は久能と入れ替わりでトレーニングルームに入った。見た目に実験室といった雰囲気を持つ、とても狭い空間なのだが、入った瞬間――むわっと男の汗の臭いが鼻を突いた。嘘だろ、どんだけ汗かいてるんだよ。というよりも、体を動かさない筈なのに、なんで汗かいてるんだよ。嫌な予感がして設置されたゲーミングチェアやBMIを確認する。汗で濡れてるし……

木下きのしたさん、拭くものと消毒するものってありますか?」

 コントロールルームにいる顔馴染のベテランスタッフに声を掛けた。すると木下さんはすぐに理解したようで、ガラス越しに苦笑いしながら手を上げた。

 消毒してもらったゲーミングチェアとBMI。ゲーミングチェアは本番用と変わりないが、BMIに繋がる機器は大掛かりなもので、多くのコードが天井から垂れ下り、床を這っていた。

 ヘアバンドを付け、BMIを装着する。ゴーグルを下ろし、電源を入れる。視界をシンプルな白の空間が包む。

「どうしたい?」

 木下さんの声が耳元に届く。

「昨日の俺の試合観ました?」

「観たよ」

月照げっしょうさんの、あのボクルッケを躱した動きってなんですか?あの空中で体を捻るような感じの動き」

「ああ、あれね。だとしたら、これかな」

 視界に長方形のディスプレイが浮かび、映像が流れた。映し出されたのは、体操選手の姿。これって――

白北しらきた選手ですか?」

「よく知ってるね」

 知っているもなにも体操の床を得意とする元オリンピック選手で、その難易度の高い捻り技を得意とすることから『ひねりキング』と呼ばれている選手だ。まさか――

「もしかして白北選手の動きを模倣したんですか?」

「そうだよ」

 マジか。超難易度の体使い。これを月照は習得していたのか。

「どうする?やる?」

 やらないとは言えない。少しでも月照に近づくためには、やらないわけにはいかない。

「お願いします」

「了解。じゃあ、まずは3Dデータを出すね」

 視界が闇に包まれ、正面に人間の姿をした白い人形が現われた。

「H難度の大技だ。まずは通常のスピード」

 H難度。それがどれほどの難易度なのか体操を詳しく知らないが、とりあえず人形の動きを注視する。直立から体操選手独特の走りでスピードを上げる。勢いよく手を突いて側転からバク転を2回。着地と同時に勢いを殺さずに大きく跳躍。そして――ぐるんぐるんぐるん回って――着地。ん?今、なにをしたんだ?目が全く追いつかなかった。

「これが白北選手の後方抱え込み2回宙返り3回ひねり、だ」

 駄目だ。次元が違いすぎる。

「本当にこんなの月照さんは習得したんですか?」

「そうだね。珍しく2、3回見直してたかもね」

「2、3回……ですか」

 化け物め。

「とりあえず、ゆっくり行こうか」

「はい、お願いします」

 腹を決める。やれるだけやるしかない。

 BMIでのアバターコントロールに必要な脳活動データ収集は、およそ次の手順で行われる。

 映像で模倣したい動きがあったとする。まずはその映像から、映像解析AIを使って教材用の3Dデータ映像を作成する。

 次にその3Dデータ映像の動きをプレイヤーが見ながら、自身がそのように体を使っているイメージを行う。その際の脳活動データをBMIコントローラーで使用しているメインAIが検知・解析してデータ蓄積を行う。

 最後に、実際にプレイヤーが思念したイメージ通りに入力・命令が行われるか――アバターがイメージ通りに動くかどうかを○×試験を行って確認する。思った通りの動きにならなければ×判定をし、思った通りの動きになれば○判定をAIに与える。それを繰り返すことによって検知・解析から、入力・命令への精度を高めていく。

 最終的に思念したイメージ通りにアバターが高確率で反応するようになれば、その体の使い方を習得したことになる。

 歴代プレイヤーの集積された脳活動情報を基に簡易的な動作試験を行ったのみでAIが自動補正しアバター操作が可能になるソフトフェアの開発もされていたが、タイムラグや誤作動が多く、練習生の初期訓練に使うならまだしも、BCPHの舞台では使いものにならなかった。

 地道な作業だが、自身の脳活動データのみを蓄積し活用することで、BMIでの自在なコントロールが可能となる上、AIの自動予測補正の精度も上がり、事前に習得していない動きでもコントロール可能となる場合がある。あの切腹攻撃もその一つの例だ。

――くそっ、全然駄目だ。

 3D人形の動きをスローモーションで、あるいはストップしながらあらゆる角度から検証しイメージの質を高めていくが、さすがに世界最高峰の動きだ。やったことのない動きを頭の位置から体幹、手足の指の先までイメージすることは難しかった。

 けれど――練習生の頃を考えれば、我ながら凄い進歩だと思う。

 BCPHプレイヤーの組織は3段階に分かれている。トップがファーストリーグで、その下に、セカンドリーグがあり、最下層に練習生制度がある。

 入門部門の練習生は、年に一度のオーディションで選ばれる。書類選考に数度の面談を経て、練習生になれるのは40人。契約金等の支払いは行われないが、BMIコントローラーを習得するための施設を無料で使用することができるようになる。最初は手を動かすこと、足を動かすこともままならない。BMIコントローラーには、どうしても向き不向きがあり、多くの練習生が早い段階で行き詰まってしまう。そんな現状もあり、また限られた練習施設の効率的な運用のため、半年で20人が落第となる。残った20人は残り半年をひたすら修練に費やし、翌年のセカンドリーグ参戦に備える。

 セカンドリーグの所属も40人。およそ1年をかけて総当たりのリーグ戦を行い、ポイントを争う。セカンドリーグも契約金はないが、リーグ戦の様子は動画配信されるので、ファイトマネーの支給はある。投げ銭制度はトップリーグでは1試合に投げられる額に上限があるのに対し、セカンドリーグでは上限がない。分配はトップリーグよりも高いパーセンテージのシステム使用料が引かれるが、あとはプレイヤーの取り分となる。エールポイント制度はない。魔法を繰り出すポイントにはMP(マジックポイント)が採用され、ホームステージ制度もなく、セカンドリーグはシンプルな荒野ステージでの、ひたすら実力の争いとなる。そのため、ファーストステージよりもセカンドステージを好むマニアックなファンも存在する。1年の総当たりのリーグ戦の結果、ポイント獲得上位4名がファーストリーグに昇格し、下位20名は契約打ち切りとなる。

 そしてファーストリーグ。リーグ戦やカップ戦を含めた年間ポイントを競い合い、下位4名がセカンドリーグへ降格となる。なお、昨季は残留した14名の内2名がBCPHでの活動継続の辞退を申し出たため、下位2名のみが降格となり、セカンドリーグから4名が昇格し今季の陣容となっている。

 ――昨季、セカンドリーグ2年目の俺の最終成績は4位だった。ギリギリの昇格。つまり、現状ファーストリーグの最弱王とも言える。

 それでも、ここまで辿り着いた事実。

 俺は成長している。そして、これからも成長できる。そう思って――

「H難度ってなんだよ!」

 叫んでもわめいてでも、やるしかなかった。

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