第3話 蒼の魔術師

 「ほらァ、よけないと死ぬぞ!」


 ボールを投げるようにしてこちらに火球を投げつけてくる神崎と名乗った男。

 とっさに隠れ盾にした用具入れの小さめの物置が吹き飛んだ。熱せられたフライパンで殴られるような衝撃に、物置の中身と一緒にごろごろと転がった。


 「熱っ!!」

 「おやおや、意外といい反射神経をしているね。それに、至近弾とはいえ俺の魔法に耐えるとはねぇ。やはり、起きちまってるな」


 再び掲げるようにした手に青い火球を生み出す神崎。にやにやと笑う顔に反してその目は冷たい鋭さを持っている。

 こういう奴は外さない。必ず当ててくる。俺の感がそう言っている。


 背中に隠すように、自分の腰くらいまでの長さの脚立をつかんだ。持った感覚からおそらく軽いアルミ製。十分に振り回せる重さで、武器にしたって耐えられるだろう。少なくとも、左側に転がっているぼろいプラ製の箒よりはいい。


 「よくよけた。が、次は外さないよぉ?」

 「記憶処理、って言ってたよな。つまり、お前の弟子の女のことが知れ渡ったらまずいわけだ」

 「ま、そういうことになるね」

 「だったら、お前が俺に記憶処理をすればいいだろう。記憶処理ってことはもともとは殺さずにことを済ませたかったはずだ」

 「そうしたいのもやまやまだけどね、キミは一回記憶処理の魔法をはじいちまったわけだ。一度はじかれたということは二度目もあるということだ。なら、殺した方が確実だろう?」

 「俺が誰にも話さないってのは?」

 「それで済むなら俺はココに来ちゃいない」


 だろうな。

 つまり、会話での解決は不可能。しかし、不安定ながらも脚立をスイングして顔面に届かせることが出来るくらいの準備はできた。

 あとは、人気の多い場所に行けば、わざわざ人目につかないところで接触してきたこいつに少なくとも不都合な状態にはできる。


 「じゃぁ、頑張って抵抗しないとなっ!!」


 地面にしりもちをついたように見せかけた状態からのフルスイング。

 確実に顔面に叩き込んだはず。

 ならば背を向け走り出さなければいけないはずの俺の脚は、動かなかった。


 「危ないじゃないか、脚立を人に向かって振るうなんて」


 脚立の、手に持っていた足から消えた。手に持つ脚立の先は、まるでガスバーナーか何かで焼き切ったように、ドロドロになってしまっている。これではただのアルミ製の20センチくらいの棒だ。


 魔術師神崎の手の中には、先ほどの青い火球と同じ色をした、十字の物体が。

 いいや、あれは剣だ。剣の形をしている。あれで脚立を斬ったのだ。本物を実際に見たことなんてないが、とにかくあれは斬るための武器だ。

 あれは難なくアルミ製の脚立を焼き切った。つまり、700度近い融点を持つアルミを難なく焼き切れるだけの威力を持っている。人体にどんな影響があるかなんて、考えるまでもない。


 「くそっ。ふざけんな、物理法則とかいろんなリアルに喧嘩売ってんじゃねーよ」

 「見ての通り、炎剣の魔法だ。実体がないから使い勝手は悪いが、その前に炎で焼き切ってしまう。威力はただいまご覧に見せたとおり。なかなかいい魔法だろう?」


 くるくると、見せつけるように炎剣を回す神崎。ステゴロですら勝てそうにない人間に、武器を持たせるんじゃねぇ。しかも一撃必殺ときた。何たるクソゲーか。


 「ああもう畜生!!」


 やっと足が動いた。

 役に立たない脚立の残骸を神崎に投げつける。攻撃にならなくてもいい。とにかくコンマ数秒でも稼げれば逃げ出すことが出来る。


 ジュワッとおそらく投げつけた残骸を炎剣で切り捨てた音。

 先ほど奴に案内しようとした来客用玄関の方へ走り出す。あそこならば職員室から丸見えだ。誰か氏らの教師は必ずいるはず。


 「おいおい、そっちに行かれると俺困っちゃうなァ」

 「ガッ」


 目の前には半透明の壁。ゆらゆらと、光の反射の加減なのか表面が揺らめいて見えた。


 「結界魔術さ。ここからは俺がいいというまで、つまり殺すまでだね。出れないわけだ」

 「くそがッ! 誰か!? 誰かいないのか!?」

 「大声を上げても無駄だよ。人払いと認識阻害の魔術も込めている。つまるところ、ここに来ようとも思わないし、来たところで俺たちを認識できないのさ」

 

 遠目に見えるグラウンドの生徒も教師もこちらに目を向けようともしない。確実に、あそこまで届く大声でのどをつぶさんばかりに叫んでいるのに。

 結界の透明な壁を殴る。


 「無駄だぜ? 君みたいなパンピーのパンチで傷がつくわけがない」


 そんなものわかりきっている。

 それでも殴り続ける。

 いきなりこんな事態に巻き込まれた苛立ちと、もしかしたら結界が壊れるかもしれない、なんてわずかすらもない可能性にすがって。

 殴る。

 殴る。

 殴る。

 殴る殴る殴る。


 「つまんないね、キミ」


 お前の期待に応えたくてこんなことをしているわけじゃない。


 殴る。殴る。

 ミシリ、と音がした。


 「訂正。キミ、やっぱり面白いわ」


 意外そうな声と魔術師の心からの笑顔と、顔面に迫りくる拳を最後に。

 俺の意識は途絶えた。


 

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all need your death 九重つくも @kurogane939

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