【短編】回転寿司に於ける“ぬいぐるみ”超高速回転の有効性

鷹仁(たかひとし)

【議題】寿司屋のレーンで高速回転されるぬいぐるみは回転寿司で発生する諸問題を解決しうるか?

部長:最近、回転寿司屋で迷惑行為を働くけしからん輩がおる!


若手:SNSで投稿動画が炎上してますね。回っている寿司にアルコールスプレーを吹きかけたり、備え付けの醤油を直飲みしたり。死にますよ、人。


部長:うむ! まっこと、由々しき事態である! そこで、我が『廻転! ラッシャイ寿司』でも、何か対策を講じようと思う! 経営企画部期待のホープのキミにも意見を聞きたい! いいかね?


若手:わかりました。とりあえず、物があるから迷惑行為を働かれるので、レーンの上から寿司を撤去して、醤油も小分けのパックに統一しましょう。もちろん、テーブルにはアルコールスプレーも置かないで……。


部長:駄目だ! 回転寿司の意義を損なっちゃいかん! お客様は……お子さんたちは何故、我々回転寿司を選んでくださる? 期待の大型新人のキミなら分かるだろう!


若手:う~ん。


部長:考えるんじゃない、キミも、純朴な子どもの時期があっただろう? 高いところから低いところへ向かって水が流れ落ちるように。左端から指で順繰りに奏でるピアノの音階が徐々に高くなっていくように。さあ、もう一度、胎児の頃から今日に至るまでゆっくりと成長していってご覧?


若手:あ~、何となくお母さんのお腹の温かさを思い出した気がします。……産まれた……産まれました! そして、幼稚園、小学校に入学しました……。


部長:そうだ! その調子だ! ホラ、眼の前でお寿司が回ってると~?


若手:……楽しい?


部長:そうだ! ファンタスティック! 未来の社長はキミだ! 分かってるじゃないか! 寿司が目の前で回るのは、この上なく楽しいんだ! これ以上ないくらいな!


若手:別に……。僕はモンハンのほうが楽しいですけど。


部長:ン゛ン゛ッ゛! ともかく、回転寿司はレーンの上で回っているからこそ楽しい! ここを曲げないように!


若手:わかりました。


部長:それで、他に考えはあるか?


若手:そうですね。今、部長に教えていただいた回転寿司屋の本質というのは“回転”。もっと言い切ってしまえば、“回転を通して子どもを楽しませ、家族の絆を深める”ということでしょうか。そのうえで、最近の迷惑行為を防止する楽しいアトラクションを考えると。


部長:エクセレントッ! では、何かいい施策を思いついたかな?


若手:ええ、いい案が思いつきました。つきましては、試作のために一週間ほどお時間を頂きたいのですが、よろしいでしょうか。


部長:ウム! 期待しているよ。わが社のホープ!


One week later一週間後


若手:例のものをご用意いたしました。どうですか。


部長:寿司屋のレーンの上にぬいぐるみが回ってるね。


若手:はい。


部長:大丈夫? 衛生とか。


若手:抜かりありません。このぬいぐるみは、毎朝百度のお湯で煮沸消毒していますから。


部長:え、このくまちゃんとかうさちゃんを毎朝熱湯で? 可愛そうじゃない?


若手:部長、今年何歳ですか?


部長:え、五十六だけど……いやいや、私が好きなんじゃなくて、娘が好きなぬいぐるみに似てたからね? そういうの、良くないんじゃないかなぁ……。


若手:そこなんですよ。子どもはぬいぐるみが好きじゃないですか。


部長:そうだね。


若手:眼の前で、ぬいぐるみがレーンに乗って回って来たら、子ども、眼輝かせますよ。


部長:そうだね……。


若手:見たくないですか? 娘さんの笑顔。


部長:……え、寿司は?


若手:撤去しました。


部長:撤去したの!? 回転寿司なのに寿司が回っていないってどういうことだよ! 詐欺じゃん!


若手:はい。だから寿司の代わりにぬいぐるみを回しています。最近は他の回転寿司チェーンも、新幹線とか使って回ってないところも多いので大丈夫です。むしろ、新幹線に魂を売った奴らより、ぬいぐるみを回しているウチは回転寿司を守れています。ちなみに、寿司はタッチパネルで注文後、スタッフに運ばせます。


部長:何その自信。


若手:それでは、迷惑行為防止のテストをします。とりあえず、こちらにある醤油を直飲みしてみてください。


部長:え? 醤油飲むの? ヤダよ。死んじゃうって……。


若手:大丈夫です。飲むフリで結構ですから。


部長:え、こう? あ、丁度うさちゃん回ってきたね。


ぬいぐるみ(うさちゃん):ぐるぐる……。ウィーン。キュイン! 【迷惑行為を検知しました】ピキューン! ズダダダダダダダダダ‼


部長:あ゛た゛た゛た゛た゛ッ!?


ぬいぐるみ(うさちゃん):ズダン!


部長:ダメ押しでッ‼


ぬいぐるみ(うさちゃん):【クソガキを処分完了。見守りモードに移行します】


若手:どうですか。


部長:どうですかじゃないよ!


若手:ぬいぐるみに連射機能をつけてみたのですが。


部長:何でそんな機能つけたんだよ!


若手:ちなみに最新のAIを導入してますので、迷惑行為を検知次第、コンマ三秒で弾が自動射出されます。これで、人手不足の我が店も安心です。


部長:クレームが来るよ! え、じゃあ何? 回転寿司で違反行為があった場合は……。


若手:射殺します。


部長:サイコパスかよ! 誰がこんな回転寿司屋に来るんだよ!


若手:では、次の迎撃システムのテストです。


部長:“迎撃”って言っちゃった……。


若手:ほら、丁度くまちゃんが回ってきました。次はこのアルコールスプレーを吹きかけてみてください。


部長:え、怖いなあ。


若手:いいから。


部長:(最近の若者は凶暴だなぁ……)えいっ!


ぬいぐるみ(くまちゃん):ぐるぐる……。ウィーン。キュイン! 【迷惑行為を検知しました】ギュォォォォ! ブォォォォ!


部長:熱゛っ゛つ゛! 熱゛い゛! え、何? アルコールに引火して……! 熱゛っ゛つ゛!


火災警報器:【煙を感知しました】ショワァァァァ……。


部長:ハァ……ハァ……。


若手:どうですか。


部長:サイコパスかよ! 可愛いぬいぐるみが火を吹くな! ええい、くまちゃんめ、とっ捕まえてやる!


ぬいぐるみ(くまちゃん):【接触を検知。高速回転モードに移行します】


部長:危っぶ……速っや! 


若手:子どもが触れたら危ないので、触られそうになると高速でレーンを流れて影すら拝ませません。


部長:キミは何で、そんな危ないものを作ったんだろうね。


若手:部長。そういえば娘さんは、何歳になるんですか?


部長:……今年の四月で四歳になるな、え、何? 何で今その話したの?


若手:ぜひ、娘さんとお店にお越しください。きっと、喜びますよ。


部長:何だよ、その笑顔、怖! 嫌だよ! 娘を危険な目に合わせるわけないじゃないか! こんな店、誰も来ないよ!


若手:部長、入社の時、この店を実家のように何度でも来たくなる店にしたいと仰ってたじゃないですか……。


部長:うるさーい! こいつを採用した人事は誰だ、クビにしてやる! 私だった! 若手のホープだなんだと、期待して損した! お前みたいな男は辞めちまえ! バーカ! バーカ!


若手:部長、その言葉、録音させてもらいました。立派なパワハラですね。労働基準監督署に相談させていただきます。後これ、退職届です。


部長:ちょっと、今の嘘! キミ、待ちたまえ! あっ、こいつ! 学生時代陸上部のエースだった! 足が速い! 寿司だけに、足が速い!


……


部長:寿司だけに!

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【短編】回転寿司に於ける“ぬいぐるみ”超高速回転の有効性 鷹仁(たかひとし) @takahitoshi

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