ぬいぐるまず。

ひとえあきら

第1話 決戦は万聖節

 ファンデは厚めに念入りに。

 落ち着いてきたら先ず下色を薄く薄く、伸ばすように。

 缶スプレーでシューってやるのが早いんだけど、今夜は特別なのだ。

 そして後は表面色を重ね塗り。丁寧に、焦らずじっくりと。

 ここでしくじったらまた最初からやり直しだ。

 全体が馴染んで乾いてきたら、最後にデコる。

 つけま大事。カラコンOK。ウィッグよし。

 あとはコンプラ対策に衣装、っと。

 うん、完璧!! いーじゃんいーじゃん☆

 さて、今夜は決戦だ――!!


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「行ってきまーす!!」

「あら、今から?」

「もぉママ、今朝言ったじゃん! ハロウィンだよ!」

「あぁ、そうね――気を付けなさいよ?」

「はーい! あれ、パパ? 珍しいね」

「あぁ、今日は夜からだからな」

「そうなんだ。じゃ、パパも行ってらー☆」

「遅くなり過ぎんようにな」

「はーい、気を付けまーす!」


 パパの姿を見るのは一ヶ月ぶりくらいだろうか。

 何やら業界では有名なスーツアクター――要はヒーローや怪人の着ぐるみの中の人らしく、仕事が多忙かつ不規則なため滅多に家に居ることがない。私もこうして家で会話をすることが激レアなことなのだ!!

 そういや今日の格好はアレ――今やってるナントカレンジャーの怪人かな? パパは家に居ても着ぐるみのままが多く、最後に顔を見たのが何時なのかすら記憶が怪しいw


 それはともかく。

 両親の声を背に地元の繁華街へと繰り出した私は、胸の高鳴りを抑え切れないでいる。 

 何度も言うが、今夜は決戦なのだ。

 負けるわけにはいかない。

 何せ、アタシの未来が掛かっているのだから。

 この戦いに勝って、先輩の――。

 ――きゃー!! だ、駄目駄目っ!! 落ち着けアタシ!!

 汗かくとファンデが落ちる!! そしたら全部台無しじゃん!!

 歩くこと15分、漸く見えてきた。

 あぁ――何もかもが明るく、キラキラした――!!


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「――それでは第7回!!宿久地ハロウィン祭り!!コスプレ部門!!優勝は――!?」

 いちいち歯切れの良い司会者の声に併せて鳴り響くドラムロール。

 壇上に並ぶ七人のレイヤーたち。見慣れた顔もちらほらいる。

 アタシは両手にぎゅっとお守りのぬいぐるみを握りしめ、神様に祈る。神様知らんけど。

 そういやこのお守りってキモカワ系キャラっぽいけど、こいつも神様なんかな? むしろ怪獣?

 そんなアタシと他の六名の煩悶を余所に発表された結果は――。


「よ! 優勝おめー!」

「せ、先輩……」

「しっかしお前凄ぇなそれ、ボディペインティング?っていうの?」

「は、はい……まぁ案件にならない程度に衣装らしきモノは着けてますけど……」

「クォリティ高いよなー。っても元ネタ知らんけどw」

「もぉー、こないだ見かけた広告でこのキャラ好きって言ってたじゃないですかぁー!!」

「――あ、そういやそうかも(^^; てか、それでわざわざ――?」

「――っ! は、はいっ、そうですっ! アタシっ、先輩にっ! だからっ!!」

 なんかもう頭の中沸騰してて自分で何言ってんのか解らなくなってくる。

 ――ん? 先輩? なんで目を逸らすの?

「――いや、なんつーか、その、そうハッキリ言われるとさ、照れくさいってかお前エロ過ぎだろ――って、うわぁぁ俺何言ってんだー!! 待て待て、今の無し、ノーカン!!」

「せんぱぃ?」

「ちょ、タンマ、そんな眼で見るんじゃねぇ!! ちょっと今理性がヤバ――」

 おや? おやおや? よもやよもや!?

「――アタシ、ずっと好きでしたよ?」

「……(煩悶中)……」

「――だから、この大会でもし優勝出来たら告白しよう、って決めてて」

「……(萌死寸前)……」

「だから、先輩がちょっとでもそう思ってくれてたんなら……ぇへ、う、嬉しい、です……」

「……(理性決壊)!!」

 不意にと抱きしめられる。

 一瞬、認識が追い付かずにぽーっとしていたアタシは事態を受け止めた瞬間に体温が何度が上がったのを自覚した。特に首から上の上昇値が半端無い。

「――せ、先輩、化粧が……」

「構うもんか」

「だ、だって素のアタシなんてそんな見られたもんじゃ――」

「俺は! 素の! お前が! いーんだよっ!!」

 キタ━(゚∀゚)━!! 「そのままの君が良い」頂きましたー!! もう死んでもいい……。

 こうしてアタシは、無事に先輩と両想いになれたのだった。


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「ただいま~♪」

 もーこの世にこれ以上幸せな奴は居ないってな調子で私は帰宅した。

「お帰り。――あら、随分とご機嫌ねぇ?」

「――え!? そ、そぉ!?」

「まぁ、あんたもだからねぇ」

「な、ななな何言ってんのよママ!?」

「はいはい、いーから早くお風呂入っちゃいなさい。ソレ早く落とさないとお肌が荒れるわよ?」

「はーい♪」


 未だ火照りの冷めやらぬ肌に当たるシャワーが心地良い。

 ファンデまで丁寧に落としておかねば、肌荒れ必至だ。先輩だってそんなガサガサなお肌なんてイヤだろうし――キャッ☆

 いかんいかん、勝って兜の緒を締めよ、と昔の偉い人も言っていた。ここで油断してはならぬ。

 化粧を落とし、ファンデを落とし――。


 あれ?

 言った傍からこれだ。なんかお肌がカサついてるとこあるなー。あとでメンテしとかにゃ。


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「――えぇ、さっき帰ってきましたよ。今お風呂です」

「そうねぇ、多分あれ、カレシだと思うわよ? 何故かって? 母親の勘とオンナの勘です」

「――あぁ、もうそういうなのよね――うん、兆候が出ていないか気を付けておくわ」

「大丈夫よ、私と貴方の娘ですもの。最初は驚くかも知れないけど――」

「もし貴方に似たらそれこそコスプレし放題じゃない♪――え? そういう問題じゃない?」

「それに何かあってもお義父とう様――偉大なる無貌神の亡骸おまもりが護って下さいますよ」

「はいはい、貴方はあまり心配し過ぎないように――あんまりしつこいと『パパうざっ』とか言われちゃいますよ?」

「えぇ、それじゃ貴方も気を付けて」


 母親は通話を切ると小さく溜息を吐く。


「――本当に心配性なんだから。まぁ、そこが良いところなんだけど♪」

「お義父とう様――偉大なる無貌の神、暗黒のファラオよ。どうかあのをお護り下さい――」

 母親は今は亡き義父に祈る。

 その愛娘がルンルン気分でシャワーを浴びている浴室の脱衣所で、彼女が握りしめていたが微かに口角を上げた。

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ぬいぐるまず。 ひとえあきら @HitoeAkira

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