第56話 仇敵Ⅴ 辺境伯と勇者様の決闘
それから1時間後。あたしとベリーさんは木刀を構えて屋敷の中庭にいた。因みにここにいるのはあたし達2人きりでソラ達は席を外している。『2人きりで戦いたい』、そうベリーさんが主張したから。
戦いの前に感触を確かめるように木刀を軽く振ってみる。魔獣などとの戦いが義務付けられている貴族だけれども、実際に体術や武器の扱いをみっちり仕込まれるのは男子だけで女の子はよっぽど才能があるか跡取り候補筆頭でもない限り、武器に触れる機会はない。あたしも護身術程度に軽く習ったことがあったけれど早々に戦闘要員として期待されなくなったあたしは木刀を使っての訓練は並みの貴族令嬢よりも経験がない。まあうちは魔女様がいることもあって更に特殊だったのかもしれないけど。
「決闘に乗っておいて言うのもアレですけど、あたしって本当に魔法も使えないし、体力も運動神経も普通の貴族令嬢並み以下で……くはっ」
言い訳を言い終える前に下腹部に鈍い痛みが走る。木刀なのにお腹の部分が血で滲む。内臓が揺さぶられて吐きそう……。一撃でやられたあたしはお腹を抱えてその場に座り込んじゃう。そんなあたしに近づいてきたベリーさんは冷たい視線であたしを見下ろしたまま、木刀の切っ先をあたしの首筋に突き付けてくる。
「どうしたんですか、まだ始まったばかりですよ。さあ、さっさと立ち上がってください」
その声もぞっとするほど冷たかった。そんなベリーさんにあたしは早々に白旗を上げる。
「ま、あたしの、負けでいいです。こ、降参します……」
あたしのその言葉に、ようやくベリーさんは満足げに頬を緩める。
「負けを認めるなら誓ってください。もう二度とアリエルさんに自分みたいな毒虫が近づかないって」
その言葉を聞いて、ああ、あたしの長かった初恋がようやく終わるんだと思うとちょっとしみじみとした気持ちになる。本当は2ヶ月前にアリエルが『新しい自分』になるって決めた時にきっぱりと諦めちゃうべきだった。諦めて、心の底から新しいアリエルの門出を応援してあげるべきだったんだ。それから2ヶ月。遅刻なんてレベルじゃない遅刻だけれど、ようやく初恋を終わらせて、アリエルの幸せを喜んであげられるんだ。その隣にいるのはあたしじゃないし、何だったらあたしはもう二度とアリエルの顔を見れないかもしれないけれど。それが、誰にとっても一番幸せな結末なんだ……。
「って、そんなこと思えるわけないよ」
あたしの言葉にベリーさんの表情が険しくなる。
「今のアリエルのことが好きかどうかなんてまだわからないよ? でも、やっぱり、アリエルといられなくなるのはなんか嫌なんだよ。ましてや、アリエルのかつての仲間か何か知らないけど、今のアリエルを知りもしない人から無理に諦めさせられるとか、やっぱり納得がいかない! 」
まだ腹部に痛みは残りながらも、きつくベリーさんのことを睨みつけるあたし。そんなあたしを、ベリーさんは血走った目で睨み返し、地面に這いつくばったままのあたしの目を狙って木刀を地面に突き刺してくる。
「ほんっと、悪い虫がアリエルさんには付いちゃったみたいですね。まあアリエルさんがそれだけ魅力的なのは知ってるけど! 」
「最初っから思ってたんだけどさ、あんたアリエルにとっての何様のつもり? 確かに今のアリエルはあたしのこと好きじゃないかもしれないけど、それは今のあなただって同じでしょ。アリエルの恋人だったこともないくせに」
あたしの言葉にベリーさんは顔を真っ赤にする。どうやら図星だったみたい。
「うるさいうるさいうるさい! 」
軋む体を無理やり動かしながらあたしはベリーさんの剣撃を躱し続ける。その剣激のキレは感情が昂っているせいか手負いのあたしですら躱せるほどに鈍っていた。それでも気を抜いたら即ゲームオーバーなのは変わりがないけどっ!
「大体あんたこそなんなんだい? アリエルさんの正妻面しちゃってさ! 」
「あなたの目って節穴なんじゃないの? 最初っから勇者なんて存在、信じてもいなかったけれどこんな目が不自由な勇者様に守られてると思っている何も知らないクラリゼナ王国臣民が哀れね。――あたしは、大切な人に何度も好意を向けられていたのにそのチャンスを不意にしてきた愚か者よ。でも、今のあたしはもう違う」
あたしの言葉にベリーさんの木刀が止まる。その間にあたしは立ち上がって言う。
「そ、そんな君みたいなひ弱な女の子のことをアリエルさんが好きになるはずなんて……」
「人のタイプな相手を勝手に決めないでよ。アリエルは一度はあたしのことを好きって言ってくれた。そんなアリエルの『好き』と今のアリエルに対するあたしの『好き』は違うかもしれない。でも、アリエルのことを手放したくないって気持ちは本物。だからあたしは、そんな自分の気持ちをもう偽ったりはしない」
「……それは君がアリエルさんをかどわかしてるからだろう? アリエルさんのことを君自身が束縛してるんじゃないのかい? 」
「束縛、か」
確かにあたしに助けられて以来、アリエルはあたしが縛り付けちゃっていたところがあるのかもしれない。良かれと思って提示した『新しいアリエル』がアリエルのことを縛り付けていたのかもしれないね。それでも。
「だからってアリエルの本心を聞かずに逃げる理由にはならないよ。もしそうだとしても少なくとももう一度は、アリエルとちゃんと話したい。やっぱり、このまま終わるのは嫌だ」
気持ちの籠ったあたしの言葉にいつの間にかベリーさんは木刀を投げだして泣き出していた。
「わ、私だってアリエルさんのこと好きで、アリエルさんは私が弱くて不甲斐ないから勇者パーティーを抜け出したんだと思って、私なりに必死に考えて頑張ってきたのに……」
涙交じりのその言葉はうまく聞き取れなかった。でも好きな人に恋をした者同士、ベリーさんも本当にアリエルのことが大好きなんだな、ってことはよくわからないなりに分かった。
そんなベリーさんに何か言葉を掛けようとしてあたしはその言葉を飲み込む。恋仇であるあたしが掛けられる言葉なんて何もない。だって、アリエルの『一番』には誰か一人しかなれないんだから。だからとりあえず、今はあたしの気持ちを理解はできなくとも受け止めて、もし今度会う時があればその時は恋のライバルとして、もっと健全に戦ってくれればいい。そう思いながら注意深くベリーさんのことを観察していると、ベリーさんは暫く放心したような表情になった。それから。
「そっか、私以外のアリエルさんを好きな人は、みんな殺しちゃえばいいんだ」
そんな物騒なことを言った次の瞬間。
【
ベリーさんが拾った木刀は次の瞬間、真剣へと姿を変え、ベリーさんは躊躇なくそれをあたしに向かって振りかざしてきた。
「ちょ、えっ、何? 」
パニックになりながらもギリギリのところで躱すあたしに対して、ベリーさんはうっとりとした表情になって
「アリエルさんは誰に対しても優しい。それがアリエルさんの素敵なところでもあるんだけど……優しくされた人間は自分がアリエルさんにとって特別な存在にでもなれたと勘違いしてアリエルさんにへんな気を起こしちゃう。だったら、アリエルさんと私以外、みんなみんないなくなっちゃえばいいんだ。みんないなくなっちゃえばアリエルさんは私にだけ優しくしてくれる。私にだけ愛を注いでくれる。アリエルさん、私、頑張るよ。私はもっともっと強くなってアリエルさんのことを毒虫から守ってみせるからね」
とわけわからないことを言ってくる。その目は完全に狂気じみていた。
――あー、もう! 勇者がここまでイカレたヤツだと思わなかった。こんなの勇者でも何でもない、ただのヤンデレヒロインじゃん!
でも悲しいかな、その戦闘力は仮にも勇者なだけあってバカに高い。殆ど戦闘能力ゼロのあたしに叶うはずがなかった。この屋敷で唯一勝てるとしたら……。
――自分勝手なお願いなのはわかってる。でもソラあたりが気づいて来てくれないかなぁ。
そう願った時だった。中庭を囲う生け垣を突き抜けて、あたしとベリーさんが対峙しているところに誰かが吹き飛ばされてきた。
【連載版】「百合の間に挟まる女騎士は要らない」と言われて勇者パーティーを追い出されたぼくが辺境伯令嬢に拾われる話 畔柳小凪 @shirayuki2022
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