第55話 仇敵Ⅳ とある少女の初恋にエンドロールを

今回も全編ミレーヌ視点です。

第53話・仇敵Ⅱのミレーヌサイドのエピソードになります。

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「勇者パーティー、つまりアリエルを追い出した一団が今になってあたし達の所に尋ねてくるなんて、何の要件だと思う? 」


 メイドの報告を受けてから。人前に出る最低限の準備を整えつつ、あたしはソラに問いかける。


「さあ。今になって、と言っても案外、最近になってアリエルの居場所を見つけ出して、アリエルを連れ戻そうとしに来たのかもしれませんよ。アリエルの話を聞いた感じ、1人が勝手に暴走してアリエルのことを追い出しただけみたいですし」


 連れ戻しにきた、その言葉にあたしの心は少し陰るけれど、今のあたしはアリエルの処遇に対して口を出せるほどはまだ回復してなかった。


「まあアリエルが領内にいないこのタイミングで訪ねに来たのはある意味ベストタイミングだったのかもしれませんね。今のアリエルはまだ、元の仲間と向き合えるようなメンタルじゃないでしょうし。真面目に話に付き合ってあげる必要はありません。とりあえずさっさと話を付けて、追い返しましょう」


 ソラの言葉にあたしは迷いながらも、小さくうなずいた。



 それから。アリエルの話を聞かれるんじゃないか、と身構えていたあたしは勇者であるベリーさんが切り出してきた話がアリエルと無関係の話で、少し肩透かしを食らった気持ちになった。それから、ちょっとアリエルの話に飛び火してヒヤッとしたけれど、アリエルが生きていることを知ったベリーさんの流した涙は本心からのもので、ベリーさんは本当にアリエルのことを思ってくれていたんだな、とちょっぴり嬉しくなった。 


「それで、あの、今アリエルさんはどちらに……? 」


 アリエルの話になったら当然聞かれる質問。その質問に、あたしは少し口ごもっちゃう。あたしは結局、迷った末に


「それが、アリエルはもうランベンドルト領にいなくて。たぶん帰ってくることはないと思います」


と告げた。うん、確かにアリエル様からもらったものはあたしの中にあり続けている。でも、それとアリエル様に対する恋心、もっというと今のアリエルとの関係が続くかどうかは別問題。

 このタイミングでベリーさんが訪ねてきたのはある意味、あたしにきっぱりと初恋を諦めさせるための運命の因果だったのかもしれない。もうアリエルはあたしの所には戻ってこない。そうはっきりと口にせざるを得ない状況を作ることで、あたしの儚い初恋の物語に終止符を打ちに来たのだという気になってくる。


 涙で滲んで視界がぼやける。でも、これでいいんだと、数十分前より遥かに前向きに思えていた。たとえ初恋相手が傍に居なくたってあたしにはあたしの全てをすぐ近くで見ていてくれていた側近がいる。そんなソラがいれば、アリエル様あなたからもらったものを見失わずに、これからもきっと領主をがんばれる。そう決意を固めようとした時だった。


「もう、じゃないです。アリエルは絶対帰ってきます。だってアリエルは、ご主人様のことが大好きなんですから」


 いきなり割り込んできたソラの言葉にあたしは心臓が止まるかと思った。


「ちょっとソラ。勝手なこと言わないでよ」


 やっとのことで口から出せた反論。でも、ソラは止まらなかった。


「ごめんなさい、ご主人様。でも、ベリー様とアリエルの話を少しするのを見てるだけで思っちゃったんです。あー、ご主人様は未だにアリエルのことを思ってるんだな、って。それなら、その気持ちを無理に蓋をしちゃダメです。ご主人様とアリエルは両想いなんだから、ご主人様が帰ってくるって信じていてあげなくちゃ」


 ……そっか。ずっとあたしのことを見ていて、あたしよりもあたしのことを知っているソラだからこそ気付けたんだ。あたしは、まだアリエルに対して未練がある。でも、未練があったところでどうしたらいいていうの? 教えてよ、ソラ。そう問い詰めようとした時だった。 


「……ふざけないでください。あなたみたいなひ弱な女性は、アリエルさんに相応しくない」


 怒っているのか、身体を小さく震わせながらのベリーさんの言葉が、あたしの心にグサッと突き刺さる。


「相応しくないって……そんなこと、あなたに言われなくってもあたしが一番わかってるわよ。初対面のあなたに言われる筋合いはない」


 不貞腐れたように言うあたし。そう、いくらソラが『特別』と言ってくれても、それはアリエル様に釣り合うような『特別』じゃない。大体、今のアリエルを素直に受け入れてあげられないあたしが、アリエルに相応しいわけがないんだ。そうわかっていたけれども。


「だったら! 今この場で宣言してください。金輪際、アリエルさんに変な気を起こさないし、アリエルさんがあなたに変な気を今後起こしそうになったらきっぱりと拒絶するって」


 ベリーさんからそう直接言われると、あたしはすぐに返答できなかった。それが気に障ったのか、ベリーさんは宣言する。


「もし相応しいって言うなら、私と決闘してください。決闘して、あなたがアリエルさんに相応しいことを私に認めさせてください」


「け、決闘……? 」


 貴族として生まれた女の子としては聞きなじみがなさすぎる言葉に、あたしはつい、そう聞き返しちゃう。


「何言ってるんですか、勇者様。戦うことが運命づけられているあなたと違って、ご主人様はまだ十代の貴族の女の子なんですよ? 決闘なんてするまでもなく戦いにならないのは火を見るよりも明らかでしょう。それに、ご主人様は貴族だけど魔法が使えないんです。戦いになんてなる訳がない……」


 あたしに代わって反論してくれるソラ。でもベリーさんはソラの言葉で翻意してくれることなんてなかった。


「別に尻尾を巻いて逃げてくれてもいいんですよ。今後、一切アリエルさんとは絶交するって宣言してくれれば」


 なおも言い寄ろうと前に出るソラ。そんなソラをあたしは手で制する。


 初恋相手のことを諦める。そのことをはっきりと口にする勇気はまだない。今のアリエルのことを受け入れてあげられないくせに面倒くさい人間だな、と自分でも思う。そんなあたしにとって、ベリーさんの提案は丁度いいとさえ思う。ベリーさんが何に対して怒っているのか、あたしにはイマイチわからない。でもそんなことどうでもいい。真正面から叩き潰されて、あたしは初恋を諦めるしかないんだ、って思わせてほしい。ここでもやっぱり他力本願で情けなくなるけれど、そうしてくれないときっと初恋に囚われたままのあたしの報われない物語はいつまでも続いちゃう。だから。


「わかりました。その決闘、乗ります」


 きっぱりとあたしは宣言した。

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