ぬいぐるみリスト
雪川
ぬいぐるみリスト
一本の電話から、ロンドンの高級住宅街に、アトキンス夫人を訪ねることとなった。
彼女の夫は作家で、一頃はとても人気があった。多くのヒット作を生み、メディアにもよく出ていた。その
そして五年ほど前に他界した。
折からの雨続きに、冴えない気分でいたが、彼女からの連絡で、一気に神経が目覚め、金の臭いに興奮した血がドクドクと全身を巡った。
出版界からは見放され、彼の著作はもう刷られることはないが、熱心なファンは今でも健在で、古書市場で初版本がプレミアつきで取引されている。彼の死後、何度かテレビで特集が組まれもした。
著名人由来の品をオークションで捌くことが仕事の私にとっては、願ってもない儲けのチャンスだ。
約束の午後二時に、十分を残して夫人の家に着いた。
家政婦の案内で敷地に入ると、腕まくりした庭師が芝生を刈っていた。夫人の家は、すでに人手に渡ることが決定している。我々も仕事を急がなければならない。
通された客間で夫人に会う。表情には疲れの陰。だが感傷は禁物だ。挨拶もそこそこ仕事に入った。
三人がかりで商品になりそうな物のリストを作る。メインは創作に関するものだが、ぬいぐるみも対象だ。彼の愛蔵品として、市場価値を離れて値がつくはずだ。中には貴重な素材から作られたものもある。明治の頃、神仏分離令が出され、優れた仏像が単に金箔を剥がす目的で無残に壊された。そんな馬鹿げたことを防ぐのも、私の役目だ。
仕事が終わりに近づいた頃、背後に夫人がいた。彼女の視線に気づき、「この子はとっておきましょう」と夫人にキリンのぬいぐるみをそっと手渡した。
ふっと夫人の表情がゆるんだように思えた。
ぬいぐるみリスト 雪川 @earnestevans
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