人形たちの役割
「――ケホケホッ」
僕は急に
「ごめんね。なんか……ここ空気が悪いね」
と、謝った。
「空気のせいじゃないわ。私の厄のせいよ」
「やく?」
「元々、ミキちゃんの厄だったの。女の子の厄を引き受けるのが雛人形の役目。これが私の、幸せの叶え方なの」
しっかりとした口調で話すお姫様は、少し悲しげに見えた。
「幸せの叶え方……」
「厄を引き受けた私からミキちゃんに厄が戻らないように、私は流れて行かなきゃいけないの」
「流れて……えっ、どこに?」
「川下のほう。大丈夫よ。私の体は押入れにあるし、次の雛祭りまでには帰って来られるから」
「次の雛祭り――そんなにかかるの」
「そうよ。厄払いは、簡単な事じゃないってことね」
そう言ってお姫様はフフッと笑った。
僕は、足が止まってしまった。
――見えるのだ。
道の正面を、大きな川が横切っている。
「どうしても、行かなきゃいけないの?」
「うん」
「ひとりで? お内裏様は? 僕は一緒に行ける?」
「お内裏様は、私の体を守ってくれているわ。あなたは、また来年の雛祭りに私が帰って来ることを、待っていてくれるでしょ? お内裏様はご苦労様って言ってくれるけど、あなたには、おかえりって言って欲しい」
お姫様は、優しい笑顔で言う。
僕に、止められるはずがなかった。
「僕はいつも、棚の上にいるから。君の帰りを、ずっと待っているよ」
「ありがとう」
川幅が広い。
とても深くて、しぶきを上げる濁流だ。
この川が、厄を身代わったお雛様たちから厄を落としてくれる……。
「一緒に来てくれてありがとう。私の役目なのにね。ひとりでここまで来るの、毎年すごく淋しくて悲しかったから。うれしい」
「僕は、一緒に行けないんだね」
もう一度、聞いてみた。
お姫様は、ゆっくりと頷いた。
「これは雛人形の役目なの。可愛いだけのお人形じゃないこと、ちゃんと誇りを持ってるのよ」
「……待ってる」
「ありがとう。行って来ます」
「いってらっしゃい」
お姫様は僕の背中から降りると、濁流の中へ勢いよく飛び込んだ。
キレイな十二単は、すぐに絡まって沈んでしまった。
お姫様は毎年たったひとりで、こんなに恐ろしい川まで歩いて来て、役目のために飛び込んでいたんだ。
よく見ると、他にもたくさんの雛人形が流れている。
大きい人形、小さい人形。
僕のような、ぬいぐるみのお雛様もいる。
僕は元々、可愛い人形じゃない。
だけど、お姫様に『おかえり』を言う役目が出来た。
大役をこなして帰って来たお姫様がホッとしてくれるような、おかえりを伝えようと思う。
そしてまた、来年の雛祭りが終わったら、ミキちゃんの厄を身代わったお姫様を、川まで運ぶのだ。
目が覚めると、いつもの棚の上だった。
てるてるぼうず人形が、僕の目の前に座っている。
こいつは雨が降ると、窓際に吊るされる役目だ。
温泉土産の温泉まんじゅう人形が、僕の尻尾に乗っていた。
こいつは時々、ボール代わりに投げられている。
幸い、ゲームセンターでたまたま取れただけの僕も、思い出と言って飾り続けてくれるお母さんたちだ。
僕にも役目が出来た。
出来る限り、僕はお姫様を待ち続けたい。
それが僕の願いだ。
ぬいぐるみとお雛様 天西 照実 @amanishi
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