ぬいぐるみとお雛様

天西 照実

ひな祭りのあと


 僕は、ぬいぐるみだ。

 なんの動物かわからないけど、……たぶん爬虫類だ。

 ワニかトカゲだと思っている。

 色は薄緑。

 いつもは棚の上に飾られている。

 でも今は仲間のぬいぐるみ達と一緒に、棚の横の床に積まれている。

 現在、棚の上には雛人形が飾られているのだ。

 仲間達は、僕達を床へ追いやる雛人形が好きではないらしい。

 だけど雛人形は雛祭りの時期しか、外に出られない事を僕は知っている。

 それ以外は箱に詰められ、暗い押入れに片付けられるのだ。

 今年も、もうすぐ……。

 寂しい。

 僕は、あの雛人形が初めて飾られた時から、お姫様に恋をしている。



 僕達のご主人、ミキちゃんが『ちらしずし』というキレイなご馳走を食べている。

 この香りは好きだ。

 雛祭りは女の子の幸せを願うお祝いらしい。

 まだ小さなミキちゃんも嬉しそうだ。

 でも、この日が終われば、雛人形は片付けられてしまう。

 ……寂しい。

 お内裏様と並んでキレイな屏風びょうぶに囲まれた、お姫様をずっと見ていたいと思っていた。

 今夜、眠ったら、きっとお姫様は居なくなってしまう。

 でも部屋の電気を消されると、どうしても眠くなる。

 僕は眠気に抗えず、今日もみんなと一緒に眠ってしまった――。



 ――お姫様が、僕を呼んでいる。

 十二単じゅうにひとえの袖に片手を添えて、僕に手を振っている。

 ピンクや黄色の柔らかな花が咲く、見た事のない景色の中に居た。

「……お姫様?」

「こんにちは」

 いつも見上げていた、キレイなほほえみが僕に向けられている。

 いつも隣にいる、お内裏様が居ない。

「川へ行きたいの」

「川?」

「ひとりで行くのは寂しいの。あなたも寂しいと思ってくれたでしょ?」

 僕の気持ちは、お見通しだったようだ。

 お姫様は川へ行きたいらしい。僕は、ワニかも知れない。

 お姫様を背中に乗せて、川を渡れるかも知れないのだ。

「いいよ。僕の背中に乗って」

 お姫様は、僕と並んで歩くつもりだったようだ。

 キョトンとした顔を見せてから、すぐ楽しげに笑った。

 お姫様は、お淑やかな身のこなしで僕の背中に腰掛けた。

 さすが、お姫様だ。

 でも、爬虫類の背中に乗る十二単のお姫様。

 シュールだ。

「あなたもミキちゃんの人形?」

 僕の背中の上から、お姫様が聞く。

「僕はミキちゃんの両親が結婚する前のデートの時に、ゲームセンターで取ったぬいぐるみだよ」

 僕は正直に答えた。

「お父さんとお母さんの、素敵な思い出があるのね」

 そう言って、お姫様は僕の背中を撫でてくれた。

「雛人形も、ミキちゃん達が大切にしているでしょ?」

「うん。でも、みんな私の役割を知らないの」

 少し悲しそうに、お姫様は言った。

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