あの子は(綾視点)

 あの子の最初の印象は、物静かで口数の少ない子だった。

 話しかけたのは、ほんの気まぐれ。ただ興味があった。それだけ。

 この学校の入学は異能持ちの生徒が優先される。そんな、能力持ちが優位になる場所に一人だけ能力を持っていない生徒がいると聞いた。

 最初に思ったのは、単純な感情。すごいな、なんて簡単に思える事。


 最初はなにも意味を持っていなかったその感情にだんだんと意味という色がつき始めたのは、入学してしばらく経った頃だった。

 あの子の噂は絶え間なく更新されていく。何事にも堂々とした態度。何を言われても動じない、そんな面がよく目につく生徒。そんなあの子を生意気だと言う人もいた。良い噂もあれば悪い噂もある。

 まあ、あの子は気にしていない、というより気にしていないのだろう。良くも悪くも注目されているあの子には、いつの間にか通り名というものなのか、『人形』という言葉が一緒に広がるようになっていた。由来は人間味のない表情と、身体能力からだそうだ。


「なあ、また『人形』が…〜」

「そういえばさぁ、『人形』って…〜」


 そんな噂話はそこら中でされる。

 テストの順位や体育の成績という観点。私が普段興味がなく何がすごいのかと聞かれてもいまいちピンとこなかった事を初めてすごいと思えた。

 身体強化系の異能の持ち主に勝利した、とか。瞬間記憶の異能の持ち主に暗記勝負で勝った、とか。そんな偉業を彼女は積み立てていた。浮かれる事もなく、いつもの表情で。

 気がつけばあの子は誰よりも注目されていた。でも、その注目の的に話しかける人はいなかった。生徒達の心の中に劣等感といった感情が生まれたからだ。

 だからというわけではないが、私は話しかけた。

 皆んなが何かしらあの子について何かを思っている中、私はなにも感じていなかったから。話してみればそんな感情も湧くかもしれない、なんて思い。


 最初は普通に、


「おはようっ!」


という朝の挨拶を。

 あの子の驚きに満ちた表情は今でも忘れない。感情を宿す事のない無表情よりもその表情はずっと人間味を帯びていた。その後にぎこちなく返された挨拶も忘れない。


 私の興味は全てあの子、もとい秘杏に移った。


 名前の通り秘杏の秘密は多い。だけど話している内にそんな事どうでもよく思えてきた。噂とは違い、秘杏は人間みたいな子だった。『人形』なんて誰が言ったのだろう。こんなにも可愛い秘杏を私は人形だと思えなかった。

 殆ど変わらないけれど、少し変わる表情の機微を見つけるのは楽しかった。

 学校でしか会えない。それも登下校でしか。そんな関係だったけど、それが楽しかった。


 家に帰れば生意気な双子の弟がいる。つまんない社交界というものにも出席しなければならなかった。私はいわゆる社長令嬢と言われるものだから。弟も社長令息、つまりは御曹司と呼ばれる立場にある。

 同じ学校に通っていて、弟の噂を聞くのは嫌だった。その周りにいる男子生徒にも興味がなかった。

 だから秘杏の噂ばかり聞いていたのかもしれない。今思えばそれは良い選択だったと言えるが。


 ある時、私は弟に聞いてみた。


「ねえ、秘杏の秘密ってなんだと思う?」

「はあ?そんなもの本人に聞けよな」


 なんで僕に聞くんだか、と言って弟はまたゲームに視界を戻す。イラッとくる態度だが確かにその通りだ。本人に聞けばいい、ただそれだけだ。

 でも、


「なんだが聞きづらいんだよねぇ、秘杏には」

「へえ、お前がそんな事思うなんて成長したな」


 弟はそんな事を言いながら軽く笑う。そんな態度の弟に私はむかついてゲームを取り上げた。


「ああっ、なにすんだよ!」


 そんな言葉が弟の口から聞こえた気がしたが、私は考え事をしていて耳に入ってこない。

 確かにそうだった。私がそんな事を思うなんて思わなかった。


 あの子は気まぐれに私の気持ちを変えていく。相変わらず噂は絶え間なく流れているし、すごいと思う事もたくさんする秘杏。


 秘密を、いつか話してくれるといいな。


 そんな言葉は本人に届く事もなく消えていった。

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