去年の記憶
──それは、私が中学一年生の時。
まだ暖かく、桜の花が舞っていた春の日だった。この学校では最初の授業で、身体能力、及び異能の測定をする。異能は学生の内、五段階に分けられそれぞれ評価される。異能の階級は高ければ優秀というわけではなく、能力の成長の可能性で評価をされるのだ。それ以外の、異能の扱い方、制御等が成績となる。
階級として、一番伸びる可能性があるとされるのが『煌』。そこから順に『津』、『玲』、『澄』、『凛』となっている。
私は、最初から能力がないと判断されていた為、能力の実技試験は免除となっていた。全員が異能を持っているわけではないがこの学校は異能教育にも力を注いでいた。
元々異能重視のこの学校に私が入れたのは推薦で、運動神経と賢さをかわれての事だった。
お金の心配は別にしなくてもよかった。私には両親はいるが、本当の親ではない。元々私は親戚の子だったが本当の両親が亡くなり、今の両親に引き取られた。
だが、その家庭には既に子供がおり、私は後継ぎ等の点でも不必要だった。だから愛情を与える事もなく、ただ養っている、というのが今の親だ。
それでも、私のやる事には口出ししないし、お金を出し惜しみする事もない。そんな両親の事は好きでも嫌いでもなかった。そんな関係に安堵を覚えていた。
話が逸れてしまった。
異能重視の学校である為、私以外の生徒は異能を持っていた。身体能力のテストが終わり次は異能の…となった時私はその場をふらりと抜け出した。自分が出来ないものを見ていても仕方ないと思ったからだ。
運動着のまま、学校の庭へと出た私は桜の木を眺める。ひらりひらりと、とめどなく舞い降りてくる桜の花弁は、空から降っているように見えた。
太陽の光は夏よりも優しく辺りを照らす。全体を照らす光は、桜の木々に拒まれ細かく木漏れ日となる。ちらちらと視界に入る光は暖かく、眩しかった。
思わず光へと手を伸ばし、ひらりと動かしてみる。私はそんな様子を目を細め眺める。さらさらと風の音が流れ、その空間だけが世界にあるかのような感覚に包まれる。
そんな空間に、一人の男が現れる。
「…君は…」
思わず、というような声がふと私の耳へと入ってきた。私以外にこの場所にいるとは。それにしても、邪魔しないで欲しかった、そんな感情が過ぎる。一度瞼を閉じ、声のした方向を向くとゆっくりと上げる。
そこには茶色の髪の男子生徒が立っている。目は信じられないものを見たかのように見開かれていた。こちらに伸ばそうとしたであろう手は途中で止まっている。なんともいえない間が二人の間に流れると、彼は口を開いた。
「君は、この学園の生徒だろ?
なんでここにいるんだ、今はまだ異能の審査中のはずだ」
単純な疑問を彼は投げかけてきた。私は一瞬彼に視線を合わせるとまた桜に向け、言葉を紡ぐ。
「簡単な事です。私が異能を持っていないからですよ、天李 海里君」
私は彼の名前を知っていた。入学式から女子達が騒いでいたからだ。聞いていた容姿と特徴が一致しているので多分当たりだろう。
だがそんな事、彼もとい海里は知らなかった。顔を驚きの色に染めた彼は弾かれるように声を発する。
「なんで俺の名前を知って…というか本当に君は何者なんだ。
異能を持っていない生徒など──ああ、なるほど。君が“能力無しの推薦入学生”か。」
異能を持っていない生徒など、私一人だ。なので彼も知っていたのだろう。妙に納得した様子で彼は言った。一方、そんな海里君を前にして私は海里が言った言葉に顔を歪める。
よくも本人の前で言えたものだ。いや、海里に悪気は一切ないのだろう。噂で聞いた言葉を口に出したまでだ。それが軽蔑の意味で使われているとも知らず。
先程までふわふわとしていた意識が急に現実に戻される。私は流し目のように海里を見ていた目をしっかりとそちらに向けた。瞳にはなにも感情を映す事なく、ただハイライトがあるだけの瞳を向ける。
そして口を開き、目の前の人物に言いたい事を言おうとした時──いきなり誰かの声が聞こえた。
それにより、私が言おうとしていた言葉は何処かに消えてしまった。
「…ーい、おーい、海里。何してるんだ?」
次は明るめな声。その声の主は、地毛なのか染めているのかはわからないが、短い金色の髪が風に靡かせながらこちらに歩いてくる。それに海里は反応する。
「ただふらっと外に出ていただけだ。蓮、お前はなんでここにいるんだ」
「俺は海里を探してくるように言われてな。
って、誰だ?その珍しい目の色した子は」
蓮と呼ばれた男子生徒はこちらに気がついたようで海里に尋ねる。何か、興味があるというか、私からしたら理解出来ない感情を映した目を向けてきた。
だんだんと人が集まって来て、私はここから離れたい気持ちでいっぱいになっていた。一歩、後ろに足を動かす。貴方達と話す事はないので、さようならと言おうとした時また邪魔が入る。
「あの噂になっていた子だ。」
そう言って海里は自己紹介を、みたいな目で私を見てきた。
逃げられる気がしない。諦めたように、二人に気付かれないようにため息をつくと言葉を発する。
「こんにちは、孤那 秘杏と申します」
短くそれだけ言うと、私は制服のスカートの裾を少し摘みカテーシというように会釈をした。
蓮はふうん、みたいに頷くと私に近づいてくる。私はたじろくようにまた後ろに一歩下がると、急に蓮が腕を掴んできた。意外と痛く、思わずいた…っ、と声を出してしまった。
そんな様子を見て、蓮は笑みを深めた。加虐趣味でもあるのだろうか、私からしたら迷惑でしかないのだが。
「こんな細腕で異能も持ってないとか、君大丈夫?」
なんて、耳元で囁くように言われ一瞬思考が停止した。海里と違い、蓮は確実に私の事を認識して煽ってきた。
私は反射的に右足で相手を蹴り上げようとする。だが何故かそれは届かない。蓮の異能だろうか。私の足は空気を蹴っただけだった。いつの間にか蓮は海里の隣にいた。
迷惑な、と思いながら先程掴まれた腕をさする。腕は少し赤みを帯びていた。睨むような視線を向け、口を開く。
「急に何をするんですか、迷惑ですのでやめてください」
「いやー、そんな華奢な体で自分の身守れるのかな、ってね。
でも大丈夫そうだね。その運動神経が異能ではないのが末恐ろしい」
やれやれ、というように蓮は言った。海里はその様子を黙ってみている。それが当たり前かのように。やっぱり理解出来ない。
私は一刻も早くこの場から離れたかった。なので一言、嫌味ったらしく英語で最後に言ってやる事にした。
「I have no intention of getting involved with you. In fact, I don't want to get involved.
So please stay away from me. Or rather, stay away from me.」
(訳、私は貴方達に関わるつもりはありません。むしろ関わりたくなんてないです。
なので金輪際一切近づかないでください。というか近づくな)
流暢な英語で私ははっきりと言った。相手がなんとも表しづらい表情で呆気にとられている内に私はその場から逃げ出した。
向かった先は保健室。腕の赤みがなかなかとれずむしろ腫れてきていたからだ。
◇
これは私の記憶。もっと酷いこともあった気がするが覚えていない。海里が何をしたのか、蓮が何をしたのか、そんな細かいことは忘れた。だいたいの事は先程のものが全部だ。
とにかくその後も何かと付き纏ってくる二人も、他の出来事で付き纏ってくるようになった他の二人も嫌いだ。
何故人に嫌な思いをさせておいて許されると思っているのか。それすらも理解出来ない。
そんな事を思い出していたら急に眠たくなってきた。私はそのまま、こて、と顔を伏せると意識は遠のいていった。
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