ぬいぐるみに目はあるか。
ミウ天
視線は生命なきものにも宿る。
ふと気配がした。
椅子の軋む音を立てて振り返れば、棚の上のぬいぐるみがこちらを見ていた。
視線がこちらを向いている。なんというべきか、そういう雰囲気があるのだ。
一人きりの夜の時間。両親はまだ仕事で留守にしている。
ぬいぐるみは、熊をデフォルメしたキャラクターで、大きくゆったりとした印象である。
あれは母親が誕生日のプレゼントで買ってきてくれたものだ。仲良く一緒にベッドで眠ったのも覚えている。
最近はもっぱら棚の上での鑑賞用だったが、静かな夜の一人きりでぬいぐるみに見つめられていると思うと、少しばかり恐怖を感じる。
しかし、当然何もない。ぬいぐるみは生きていない。
気にし過ぎかと残りの宿題を終わらせるべく、改めて机の数式に立ち向かおうとしたその時。
とさっ。
後ろで何か軽い音がした。
シャーペンを持つ手がビタリと固まると、私は思考を巡らせた。
何の音?
先程の光景から、わずかばかりの不気味さを感じていた私は、そのまま振り返ることを躊躇っていた。
なにか見てはいけないものが存在する。そんなあり得ないイメージ。
人は得てして理解しがたいものを目前にすれば、悪い方向に考えるものだ。
例えば、人形が勝手に動いていたとか、突拍子のない展開が浮かんでしまう。
本当にそんなことが起きることなどありえないだろう。でも私は、その場の雰囲気に飲まれてしまっている。いや、酔っているとも言えるだろう。
いわばこれは、余興である。退屈な日常を少しばかり潤わせてくれる出来事なのだ。
対峙するのも嫌になってきた数学から、一瞬でも解放される瞬間。
いま私は、万が一にもありえないであろう恐怖体験に、好奇心が怖いという気持ちから塗り返していた。
これからどうなるのだろう。振り向いたらどうなるのだろう。
そんな期待が私の心をくすぐるのだ。
そうして私は振り返った。
ぬいぐるみは、ただ見ていた。
私を見ていた。
私を。
ぬいぐるみに目はあるか。 ミウ天 @miuten
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