双子のぬいぐるみ
牧瀬実那
いつでも一緒
「白ゆき紅ばら」あるいは「白ばらと紅ばら」と呼ばれるグリム童話をご存知でしょうか。
あるところにとても仲の良い姉妹が居ました。
庭にあるバラの二本のバラの木が咲かせる花の色になぞられて「紅ばら」と「白ばら」と名付けられた姉妹は、母親と一緒に貧しくも楽しい生活を送っていました。
とある冬の日、彼女たちの家に熊がやってきます。冬を越す為に屋根を貸してほしいと申し出た熊を母親が迎え入れ、姉妹と熊は楽しく冬を過ごしました。
春の訪れと共に熊は去り、代わりに姉妹は小人と遭遇します。小人はたいへん強欲で、動けなくなっていたところを助けた姉妹を、自分の財産を盗む泥棒だと逆恨みして襲いました。間一髪のところで、熊が猛然と走ってきて、小人を殴り殺しました。
息の荒い獰猛な様子に怯えている姉妹に、熊は自分が姉妹と共に冬を共にした者だと語りました。そして見る間に麗しい男性へと姿を変えたのです。
実は、彼はさる国の王子であり、小人の呪いによって熊にされていたのでした。再会と解呪を喜びあうと、王子は白ばらに結婚を申し込み、白ばらは喜んで受け入れました。また、紅ばらも城を訪れたときに王子の弟に求婚され、結婚することになりました。こうしてふたりの姉妹は王子達と末永く幸せに暮らしました。
というのがグリム童話でのお話。
これからするお話は、グリム童話と似てるけれど少し違う、ある双子の姉妹のお話……
西北西のとある国、とある都市の外れの家。
その中で、赤い髪と白い髪、ふたりの少女がドレスの着付けをしておりました。
「お姉ちゃん、苦しいよぉ……」
「我慢がまん! 折角の結婚式なんだから綺麗にしないと。それに、これからはこういうコルセットを着ける機会が増えるんだから少しずつ慣れていかないとね」
言いながら赤い髪の姉がぎゅうぎゅうとコルセットの紐を締めると、白い髪の妹は「はぁ」とため息をつきました。
「お城での服装って大変……」
「そこで暮らす王子様と結婚を決めたのはだぁれ?」
「わたしです……」
「わかればよろしい。……うん、出来た!」
すっと姉が身を起こすと、妹はしげしげと自分の体を見下ろしました。何度か見直した後、戸惑いながら上目遣いで姉を見ます。
「……アルテ、変じゃない?」
「ううん、シュシュ。すっごく綺麗」
そう言いながらアルテはうっとりとため息をつきました。
実際、シュシュが身に着けたドレスはとても美しいものでした。上等で滑らかな白銀のシルクは、真っ白なシュシュの髪を美しく輝かせ、薄青の瞳を引き立てています。また、ドレスに施された金色の刺繍は、煌びやかでも目立ちすぎず、彼女をとても上品な姿に仕立て上げていました。
まるで天の御使いのよう、とアルテはすっかり夢中になりました。
「まだ髪も結い上げていないし、お化粧もしていないのにこんなに綺麗なら、本番ではきっと誰もが目を奪われるに違いないわ」
彼女が嬉しそうにそう言うので、シュシュも思わずはにかみました。その様子があまりにも可愛らしくて、アルテはもう何度目かわからない文句を口にします。
「こんなに可愛い妹をあの王子に渡さなきゃいけないなんて、本当に悔しい……」
「もう、お姉ちゃん何度目? あの人は悪い人じゃないってお姉ちゃんも知ってるでしょ?」
「それはそうだけど……」
むくれながらアルテは王子の呪いが解けた日のことを思い出します。冬を共にしたと言う熊が立ち上がろうとした瞬間、背中から、まるで抜け出すように逞しくも美しい青年が一糸纏わぬ姿で現れたこと、そして呆然としている自分をよそに何の躊躇いもなく青年に駆け寄るシュシュのこと。
混乱するアルテが最初にしたことは「服を着なさい!」と叫ぶことでした。
「あの日の印象が強くて……あれに嫁ぐ……あのでかいのに……」
くらくらとする頭を押さえるアルテに、シュシュはよしよしと優しく彼女の頭を撫でました。
「確かにびっくりしたねぇ。でも呪われてたんだから仕方ないじゃない? その後だってちゃんとしてたし」
「ん……まあ、確かに。『世話になったお礼に』って、多すぎるくらい色々用意してもらったなぁ」
ちらりとアルテは家の中を見ました。田舎で貧しい暮らしをしていた頃とは比べ物にならない、上等な家具たち。家自体も母親とふたりで暮らすには十分すぎる大きさがあり、複数の部屋、使い心地の良いキッチンなど、快適に暮らせるよう工夫が凝らされています。
この家は、アルテと母親がシュシュの近くで暮らせるようにと王子と手配したものでした。
「過分に貰いすぎに思うけど、おかげでたまにシュシュに会うこともできるのは嬉しい、かな」
「うんうん! お姉ちゃんがあの人の弟君からのプロポーズを断ったときは、離れ離れになっちゃうどうしようって不安だったけど、こうして近くに居てくれてよかったぁ」
「弟君のプロポーズが無くてもなんとか来てたとは思うけど」
ぱあっと顔をほころばせるシュシュに、アルテはやれやれとため息をつきました。
「さて、髪結いの練習もしなくっちゃ。先方が送ってきた髪飾りがたくさんあるからどうやってつけるのか今のうちに試しておかないと! 『シュシュをとびきりかわいくしたい!』って気持ちは、熊王子と同じ……ううん、それ以上なんだから!」
「熊王子って……ふふ、こうやってお姉ちゃんが着付けに加われるのもあの人の計らいだよ?」
「うぐ……こんなに何から何まで許されるから不安になるの。一体何を企んでいるのやら」
「単純に善意だと思うけどなぁ。あの人、別にお姉ちゃんのこと嫌いってワケじゃないもの」
「どうだか。さ、やるから座って」
「はぁい」
そうしてシュシュが髪を梳かしてもらっていると、ふと鏡台の上に置いてある髪飾りが目に入りました。白いバラのコサージュがついたその髪飾りは、結婚式用にと贈られたものよりも遥かに古びており、生地も上等とは言えませんでした。
シュシュが視線を上げると、色違いの同じ髪飾りをアルテが身に着けているのが見えます。
――お姉ちゃんとお揃いの髪飾りを着けるのも、もうすぐ終わりなんだ……
お揃いの髪飾りは一番のお気に入りですが、お城で暮らすようになったらきっと身に着けることができなくなる。王子は許してくれても周りが許さないことは、貴族社会をよく知らないシュシュでもなんとなくわかりました。箱に入れて大切に仕舞っておくこともできるけれど、あまり見えなくなってしまいます。そうすると、アルテとどんどん離れてしまうような気がして、シュシュはとても寂しい気持ちになりました。
どうにかできないかな、と考えながら、シュシュはコルセットに慣れない体を休めるためにクッション代わりにしていたぬいぐるみを抱き直しました。
アルテに比べて体の弱かったシュシュは、家の中で縫い物をするのが好きでした。クッションやカバーなど、よく色々なものを作っていて、その腕前は熊だった頃の王子様が冬の間中ずっと手放さなかった程で、城の人も目を見張ります。
そんな縫い物をするきっかけになったのは、今抱いている、父親が姉妹のためにと用意してくれたぬいぐるみでした。
父親は姉妹が生まれる前に亡くなってしまったので、シュシュは顔も声も知りません。けれど、ぬいぐるみを抱いているときに父親の優しさや愛を感じました。忙しく働く母親やアルテが居ない日も、傍で縫い物をしているときも、父親が隣に居るような気がして寂しくありませんでした。
――お父さん、どうすればいい?
ぬいぐるみを撫でてながら心の中で尋ねると、誰かが耳元で囁いた気がしました。
それはとても素敵で素晴らしいアイデアでした。喜んだシュシュは勢いよくアルテに話しかけます。
「お姉ちゃん、あのね、わたしやりたいことがあるの……」
やがて、結婚式の日が訪れました。
お披露目は盛大に行われ、アルテと母親ももちろん参列しました。人前に出ても堂々としているシュシュの立派な姿に、彼女たちは思わず涙ぐみました。アルテは無意識に自分の手元にある熊のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめます。その姿を遠目に見て、シュシュも自分の傍に置かれたぬいぐるみをそっと抱き寄せました。
ふたつのぬいぐるみは同じ姿をしていました。違っているのはアルテのぬいぐるみには白いバラのついた髪飾りが、シュシュのぬいぐるみには赤いバラのついた髪飾りが、それぞれ着けられていることです。
あの日、シュシュがひらめいたアイデアこそ、このお揃いのぬいぐるみでした。
お互いの髪飾りをつけることで、お互いの存在をもっと近くに感じると考えたシュシュに、アルテは喜んで賛成しました。これで、離れていても姉妹の心はいつでも一緒です。
こうして双子の姉妹は、何があってもお互いのことを想いながら暮らしていくのでした。
めでたし、めでたし。
……彼女たちにこの後、どんなことがあったのか、ですって?
それはまた、別のお話。
双子のぬいぐるみ 牧瀬実那 @sorazono
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