熊のくーさん

ハルカ

くーさんと相棒

 僕の相棒は、小説家に向いていない。


 少し書いては「いい感じの言葉が出てこない!」と頭をかかえ、また少し書いては「このあとの展開が思いつかないよぉ!」と嘆く。

 しまいには「これ、面白いのかどうかわからなくなってきた……」と半泣きになる。


 そんな相棒が、あるとき突然「小説家になれる方法がわかった!」と言い出した。

 どうやらSNSで「物書きは素手で熊を倒せるくらいじゃないと書籍化できない」という噂が流れているらしく、相棒はそれに影響を受けてしまったみたい。


「熊かぁ」


 相棒の顔は青ざめていた。

 そりゃそうだ。本物の熊を倒そうなんて、命がいくつあっても足りやしない。

 未練がましく「くまぁ……」と呟き、相棒はこちらに視線を向けた。


「くーさんお願い! 修行に付き合って!」


 ちょっと待て。

 たしかに僕はだけどさ。

 僕をどうにかしたところで経験値なんて入るわけがない。


 だけど、期待たっぷりにキラキラと見つめられたら諦めるしかない。僕もつくづく相棒に甘い。

 相棒はいそいそと僕を部屋の中に吊るし、肩慣らしにシャドーボクシングをした。やる気はあるけどフォームが酷い。


 相棒の瞳が僕をとらえる。

 殴られることを覚悟して、僕は身構えた。

 だが次の瞬間。相棒は床の上に激しく崩れ落ちた。


「ああああぁ! できないよぉ! くーさんを殴るなんて無理!」


 なんというていたらく。

 でも、仕方ない。

 自慢じゃないけど、僕はふかふかボディにつぶらな瞳が可愛らしいぬいぐるみだ。殴れるほうがどうかしてる。


 それに僕らは、相棒がまだ小学校に入る前から一緒にいる。

 だからよく知っている。僕の相棒はとても優しいんだ。

 僕はそんな相棒が大好きだ。

 たとえ小説家に向いてなくても、素手で熊を倒せなくても。


「くーさんを殴るくらいなら本物の熊を殴るよ! よし、今から特訓しよ!」


 ……やっぱり、相棒が小説家になれるのはまだまだ先になりそうだ。

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熊のくーさん ハルカ @haruka_s

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