お守り

華ノ月

お守り

 パタパタパタ……。


 由紀ゆきは部屋を掃除しながら、綺麗に埃をはたきで絡めとっていく。


 パタパタパタ……。


 パタパタパタ……。


 掃除していくと、一つの飾ってあるケースに目がいく。

 中には恐竜のぬいぐるみ。


 由紀はケースからそのぬいぐるみを取り出すと、大事そうに見つめた。

 

 恐竜のぬいぐるみはかなり古いもので、長い歳月でだいぶ色褪いろあせてしまっている。でも、捨てずにずっと手元にとってある。


 このぬいぐるみは由紀にとって大切な思い出のぬいぐるみだからだ……。




(回想)

 

「やだよぉ~……。怖いよぉ~……」


 幼い由紀が病院のベンチで泣いている。理由は今日のお昼から行われる手術が怖くて泣いているのだ。


「手術やだ……。怖いよ……。えっく……。ふぇ~ん……」


 由紀は体を小さく丸めて泣いていた。

 無理もない。まだ、小学生になったばかりの幼い子供だから手術が怖いのは当然だ。

 

「だいじょうぶ?」


 突然声がした。

 由紀が声に驚いて顔を上げると、そこには由紀と同い年くらいの男の子が恐竜のぬいぐるみを抱えて立っていた。


「だいじょうぶ?」


 男の子が心配そうにもう一度言う。

 由紀は男の子のその言葉に泣きながら答える。


「だいじょうぶじゃないよ……。だって、手術、怖いもん……。」


 由紀の言葉に男の子が頭を撫でながら優しく言う。


「でも、手術したら良くなるんでしょう?」


 男の子の言葉に由紀は涙を流しながら言う。


「パパとママが話しているの、聞いちゃったの……。手術で治るかもしれないけど、成功するかどうかはわからないって……。だから、もし失敗したら、私、死んじゃうの……」


 そう言って由紀は更に涙を流し、「やだよぉ~」と呟いている。


「名前、なんていうの?!」


 男の子が声を張り上げるように由紀に名前を聞いてきた。突然のことに由紀は驚いたが小さな声で名前を告げる。


「由紀……」


「ぼく、浩太こうた!由紀ちゃん!きっと大丈夫!絶対良くなるよ!!だからね、頑張ろう!!ぼく、由紀ちゃんの手術が成功するように祈るから!!」


 浩太の言葉に由紀が戸惑う。それでも、簡単に不安は消えない。浩太が持っているぬいぐるみを由紀の膝に置く。


「これ!ぼくの一番のお気に入りのぬいぐるみなんだ!ティラノサウルスのティノくんだよ!これ、由紀ちゃんが手術頑張れるように貸してあげる!きっとティノくんが由紀ちゃんを守ってくれるよ!!」


「……ありがとう、浩太くん」


 由紀はティラノサウルスのぬいぐるみを受け取り、気持ちが少し落ち着いたのかお礼を言った。


「由紀ちゃん!頑張れ!!」


 その後、手術が行われた。長時間にも及ぶ手術だったが、由紀の手術は成功した。

 

 そして、手術が終わり、由紀が目覚ますと、手を握っている浩太の姿があった。


「こう……た……くん?」


「由紀ちゃん!目が覚めたの?!」


 浩太が嬉しそうな顔をして、更に言葉をつづる。


「頑張ったね!手術、成功したって!!」


「ホント……?」


「うん!頑張ったよ!えらいえらい!!」


 浩太はそう言って由紀の頭を優しく撫でる。由紀は安心感からかボロボロと涙を流す。


「ありがとう、浩太くんが貸してくれたぬいぐるみが勇気をくれたよ……。本当にありがとう……。あっ!これ、返すね……。」


 由紀はそう言ってティラノサウルスのぬいぐるみを浩太に渡そうとした。


「頑張った由紀ちゃんにティノくんはプレゼントするよ!」


 浩太が満開の笑顔でそう言葉を綴る……。


「……いいの?」


「うん!頑張ったご褒美だよ!!」


「ありがとう……。大事にするね……」


 


 思い出に耽りながら、由紀は微笑むとケースの中にぬいぐるみを戻す。


「……さて、夕飯を作らなきゃ」


 由紀はそう言って夕飯の支度にとりかかった。手際よく調理していく。



「……これでよし」


 夕飯を食卓に並べたところで、チャイムが鳴った。


「ただいま、由紀」


「おかえりなさい、浩太さん」



(完)                    

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お守り 華ノ月 @hananotuki

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