二度目の運命の出会い

祥之るう子

第1話

 高校一年の三月。

 今わたしは、入学前には想像もできなかった事態に身を置いている。

 

 読むのはマンガばかり。それもスマホで。

 紙の本にも、小説にも、全く興味がなかったわたしが、なんと、四月から「ミステリー研究同好会」を立ち上げるべく、知り合ったばかりの二年生の先輩と一緒に走り回っているのだ。


 一体どうしてこうなったのか。


 キッカケは、先週のこと。

 生まれて初めて、図書館に行ったあの日――


◇◇◆◆◇◇


 わたしはつい先月、本屋でとあるミステリー小説を出会い、すっかりハマッてしまった。

 けれど、本って結構高いから、ほいほい買えなくて……学校の図書室に行ってみようかと思ったけど、学校に着いた瞬間から、基本的にずっと友達と一緒だから……本に興味のない友達を付き合わせるのが申し訳なくて、なかなか行けなかった。


 なので、放課後。友達がバイトや塾で、一人になる今日を狙って、わたしは市立図書館にやってきたのだ。


 ネットで調べてみたら、新作やライトノベルも置いてあるみたいだった。正直、今まで興味ないから考えてもみなかったけど、新作の小説が無料で読めるってすごくない?


 三階建ての、市役所みたいな雰囲気の立派な建物の、大きく広い玄関の前に立つと、ワクワクと同時に不安のような気持ちもわいてきた。


 それとなく周囲を見渡す。年配の人、小さな子連れのお母さん……いろんな人たちがいたけど、わたしと同世代くらいの子は、みんな有名な進学校の制服を着ていたり、見るからに真面目そうで頭の良さそうな子ばかりだった。


 なんだか場違いなところに来てしまったような、恥ずかしいような、そんな感覚がして、足がすくみそうになったけど、勇気を振り絞って一歩を踏み出す。


「ん?」


 踏み出して――つま先に何かが触れた。


 足元をみると、白くて細長い楕円形の、何かが落ちていた。


「……?」


 拾ってみると、スマホと同じくらいの大きさの、小さなぬいぐるみだった。

 長丸いボディから、細ながい手足がだらりと伸びていて、上には丸くて小さい耳がついていて……つぶらな黒い目が点々と申し訳程度にあって、口は長方形の中にギザギザの歯が刺繍されてる。


「しろくまかな?」


 なんともゆる~い、しろくまのぬいぐるみだった。


 落とし物かな? 図書館の人に届けた方がいいかな?


「おや、あなた、なかなかいいものを拾いましたね」

「わあっ!」


 突然、女の子の声がして、わたしは悲鳴を上げて跳ね上がった。

 声がした方を見ると、図書館の外壁際に、折り畳み式のテーブルを広げて、折り畳み式の椅子に座った、黒いパーカーを着て、フードで顔の上半分を隠している人物がいた。


「あーっ! 占い師さん!」


 その人は、先月、わたしが本にハマッたきっかけをくれた、占い師さんだった。


「おや。覚えていてくださったのですか、ありがとうございます」


 特に嬉しそうでもない声で、でも口元はにっこりして、占い師さんはそう言った。


「あの! わたしあなたに会ったらお礼したいと思って! これ持ち歩いてたんです! どうぞ!」


 いつかまた会えるかもしれないと、毎週毎週チョコレートを持ち歩いて、出会えなかったら週末に自分で食べる……を繰り返していたかいがあったわ!


「なんと! これはこれはありがたい!」


 急に声色が、ぱあああっっって音がしそうなくらい嬉しそうなものに変わって、占い師さんは立ち上がって両手でチョコレートを受け取った。この前のバレンタインとちがって、普通に百円くらいでスーパーで売ってるチョコなんだけど、それでもこの前と同じくらい嬉しそうだ。


「いただいたからには、きちんと報酬にお応えしなくては。そのぬいぐるみ、ここの窓口に届けに行くといいですよ。今すぐ」


「へっ?」


「今すぐです。一分以内がおすすめですが、制限時間は二分までですね」


「えっ? ええっ?」


 そう言い終わるや否や、ガタガタとテーブルと椅子を片付け始めた。


「お急ぎなさいっ!」


 ビシッと占い師さんが、右手で図書館の入り口を指さした。左手で折りたたんだ机を持ったまま。


「はっはいっ!」


 わたしは勢いに押されて走り出した。

 自動ドアが開くのも待ち遠しいほどの勢いで中に駆け込むと、広いロビーがあって、その先に事務室の窓口が見えた。

 とりあえずその窓口を、おずおずと覗き込んでみる。


「あ、あの~……すみません、落とし物を拾ったんですけど……」

「はい」

 中から女の人の声がして、奥から声の主の事務員さんが駆け寄ってきてくれた。

 ぬいぐるみを差し出そうとしたところ、今度はすぐ左側から別の声がした。


「すみません! あの、落とし物をしてしまって……!」

「えっ?」


 あまりに必死な声で、わたしは驚いてそちらを振り向いてしまった。

 そこには、わたしと同じ制服を着た、めがねをかけた、ふわふわの三つ編みの女の子が立っていた。


「あっ! そ、それ……!」

「へっ?」


 彼女は、わたしの手の中のゆるしろくまのぬいぐるみを見つめていた。


「あ、あのこれ、外に落ちてて……」

「それ、わたしが落としたんです」

「あ、そうなんですか? どうぞ!」


 わたしがそう言って、差し出したゆるしろくまを、彼女は涙目で大事そうに受け取って、ぎゅっと抱きしめた。


「ありがとうございます! いつの間にか落としちゃって」


 感激する彼女と、無事にゆるくまが持ち主のところに帰れて安心しているわたしを見て、事務員さんは「解決しましたね?」と微笑んで奥に戻っていった。なんかお騒がせして申し訳なかったので「すみません」と頭を下げておいた。


 そして、頭を上げるとき、ゆるくまを抱きしめている彼女の脇に、見覚えのある本が見えたのだ。


「あ、その本――」

「え?」

 

 それは、わたしが先月出会ったミステリ―小説だった。


「それ、おもしろいですよね?!」

「えっ、あなたも好きなんですかっ?」


◇◇◆◆◇◇


 これが、わたしの二度目の運命の出会いだったのだ。


「一緒に頑張ろうね!」

  

 ふわふわの三つ編みが揺れる、優しそうに見えて、芯の強い彼女は双葉ふたばちゃん。

 図書館で出会って、すっかり仲良くなって、その後先輩だって知って「双葉先輩」って呼んだら、「やだやだ、先輩なんて呼ばないで! 友達じゃん!」って言われたので、双葉ちゃんと呼んでいる。

 双葉ちゃんは、ずっとミステリー研究会というものに憧れていたそうなのだが、現実にそんなものがある高校はこの辺になくて、自分と同じくミステリー小説好きの友人にも今まで出会えなかったのだそうだ。

 そこに、わたしという運命の相手が現れたってワケ!


 ちなみに、あのゆるしろくまのぬいぐるみは、双子のお兄ちゃんから誕生日にもらったばかりのプレゼントだそうで。

 双葉ちゃん曰く「双子っていっても二卵性だから自分とは似てなくて、顔と頭はいいかもしれないけど、ちょっとヤンデレ気味」とかいうお兄ちゃんなのだとか……プレゼントを落としたなんてなったら、なんだかなんだと面倒なことになりそうだったので、何とか見つけなくては……! と必死だったのだそう。


「ミス研の夢が叶ったら、アイツの相手してる場合じゃないな~……イイ感じの彼女でもできないかな~」


 これが双葉ちゃんの口癖になりつつある。

 顔と頭がいいならすぐ出来るのでは? と思ったけど、男子校だから出会いがないんだって言ってるらしい。


 さて、それよりもミス研だ! 

 学校で堂々とミステリー小説を、たくさん読むために頑張るぞ!

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二度目の運命の出会い 祥之るう子 @sho-no-roo

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