人形たちは踊る~やって来たぬいぐるみに宿りしモノは~

夕闇 夜桜

人形たちは踊る~やって来たぬいぐるみに宿りしモノは~


千沙子ちさこ。これ持ち込まれたから、お願いしていいかしら?」


 高校から帰宅した桐嶋きりしま千沙子ちさこは、居間にいた母親からそう言われた。


 ――桐嶋家。

 昔、その土地ではそれなりに名が知れ、地元の名主とも言われていたが、現在は数多くの人形を所有・保管することから『人形屋敷』と呼ばれている家である。

 千沙子はその家の娘であり、怪異や妖魔といったたぐいのモノたちと戦うことの出来る能力者でもあった。


「分かった」


 千沙子は了承の意を示しつつ、ぬいぐるみを手にする。

 桐嶋家は基本的に雛人形や五月人形のようなタイプの人形を所有・保管しているが、ぬいぐるみも引き受けていないわけではないので、おそらくこの『ぬいぐるみ』も、他の人形たちと似たような経緯でこの家に来たのだろう。


『――で、この部屋に連れてきたってことは、何か引っ掛かってるってことでしょ?』


 自室に移動した千沙子は、くす、という笑い声と共に、そう告げられる。

 金髪に白い肌。多くのフリルが付いたドレスのような服。

 俗に『フランス人形』と呼ばれる人形が、千沙子を見つめる。


「まあね」


 否定はしない。

 このぬいぐるみを手にしたとき、うっすらと感じた『何か』。

 故に、保管場所ではなく、すぐに対処できるよう自室へと持ってきた。


「さて、貴方は何者?」


 千沙子は問いかける。

 だが、そう問われ、答えるわけがない。相手がぬいぐるみであるのなら、尚更。


『さっきから私たちが話してるのを見ているはずなのに、だんまりが通じるとでも思ってるの?』

「マリア」


 さすがにどれだけ待っても反応が無いからか、マリアと呼ばれたフランス人形は千沙子に注意されたことで、不機嫌さをあらわにする。


『これでも十分じゅっぷんは待ったけど?』

「そうだね」


 部屋に戻ってきてから、どれぐらい経ったのだろうか。

 千沙子が学校からの宿題や準備等を終えるほどには、時間が経っているはずだ。

 何もない――何も宿ってない・・・・・のなら、それでいい。

 けれど、何かを感じたからこそ連れてきたのだし、もしこれが何らかの兆候だったのなら、千沙子としては対処しなくてはならない。


 結局その日は、何も起きず。

 千沙子は眠ることにした。

 だってもし、ぬいぐるみが何らかの動き――敵対行動を見せたとしても、この部屋にいるマリアを筆頭とした人形たちが、新参者相手に好き勝手させるわけないのだから。


   ☆★☆   


 ――ここはどこだ。


 そう問い掛けても、誰かが返してくれるわけでもなく。

 捨てられるかと思えば、そんなことはなく。


『……』


 新たな場所へは来たらしく、怪しまれないように、ひたすらぬいぐるみの振りをしていた。

 何故、『ぬいぐるみ』なのかを問われれば、都合が良かったからだ。

 幼き人間の元であれば、雑に扱われることはあるだろうが、少なくとも大きな『害』を受けることはないはずだ。


 けれど、大きな人間はそうは思わなかったらしい。


 また別の家に行ったとき、ミスをしてしまった。

 人間の前で、うっかり動いてしまったのだ。その事に対して、持ち主の少女は不思議そうにしていたが、その親は気味悪がり、少女も親と喧嘩してはどこか不服そうにはしながらも、「私が隠しても、すぐに見つかっちゃうだろうし……ごめんね」と謝罪してきた。うっかり動いてしまったこちらが悪いのであって、少女が悪いわけではないのに。


「だから、貴方が一人じゃないように。寂しくないように、いろいろ考えたよ」


 そう言って、少女は自らの手で、別の場所へと連れてきた。


「ここなら、いろんなぬいぐるみや人形がいるみたいだから……」


 そこは大きな屋敷のような場所。

 母親とともに、少女は我を目の前の人間へと差し出した。

 何を話しているのか、詳細は分からない。分かっているのは、これから我はこの家に居ることとなり、少女はずっと暗い顔のままであるということだ。


 ――今動いたら、どうなるだろうか。


 大きな大人たちは悲鳴を上げ、慌てるだろうか。

 少女の顔は少しでも明るい方へと傾くのだろうか。


 でも、しなかった。

 最後まで守ろうとしてくれた少女に、迷惑を掛けたくなかったから。


 そして、今に至る――


「さて、貴方は何者?」


 ――のだが。そう話しかけられたとき、内心驚いた。

 ぬいぐるみの振りを解いた覚えはない。だというのに、何故気づかれたのか。


 どこか混乱しながらも、とにかく情報を集めるべく、ぬいぐるみの振りを続ける。

 ただ、こちらが返事をしないためか、人間は近くの着飾った人形と話し始めた。

 人間は幼い子供以外は人形に話しかけないと思っていたのだが……まあ、それを横に置いておくとしても、どうやら人間と人形は意思疏通できているらしく、あーでもないこーでもないと話していた。

 その後、人間が何かをやったりしながらも意識の一部がこちらに向けられていることは分かっていたので、これは長丁場になると理解した。


『ぐ――』


 人間が眠ったため、一時的にぬいぐるみの振りを解除する。

 この部屋には多くの人形がいるが、こちらが本気になれば、対処できなくはないだろう。

 だから、さっさと部屋を出るべく行動し――


『――どこに行く気?』


 そんな背後からの言葉とともに、動きを止めざるを得なかった。

 視線を少しだけ動かせば、人間と話していた着飾った人形が、一体どこから取り出したのか、こちらの首元に向けて刃を向けていた。


『もう一度聞くわ。貴方、何をする気?』


 着飾った人形から、答えなければ命を絶つとばかりに殺気が放たれる。

 綺麗なはずの碧い目が、今はこちらを射ぬかんとばかりに厳しく向けられている。

 けれど、こちらとて馬鹿正直に答えるつもりはない。


『……』

『まあ、別に答えなくてもいいわよ』


 けど、と着飾った人形は続ける。


『貴方、ここから逃げ出せると思わないことね』


 自分がここにいる面々よりも強いと思っているのなら大間違い――着飾った人形がそう言い終わるのと同時に、周囲から威圧だの殺気だの、様々な気が向けられる。


『もし、何としても、この部屋から出ていきたいのであれば、まずは私たちを倒してからじゃないとねぇ』

『……』


 くすくすと笑いながら、着飾った人形は告げる。

 どうやら、一筋縄では行きそうにないらしい。


   ☆★☆   


「あー、また派手にやったねぇ」


 目覚めた千沙子は、机の上にあったぬいぐるみが移動していることに気付いた。

 そして、それが何故なのかも、何となく察していた。


「みんな、お疲れ様」


 とりあえず、頑張ったであろう仲間たちにそう労いつつ、着替え終わった千沙子は朝食を摂るべく、部屋を後にする。

 ただ、千沙子は気付かなかったが、返事ではなく、軽く手を上げるなりして反応した面々はいた。


「それじゃ、行ってきます」


 そして、千沙子は荷物を手にしたあと、面々に向けてそう告げ、学校へと向かうのだった。

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