二重密室の殺人事件 ――5――

 部屋の中で亡くなっていた被害者は、夢占い師、夢目沢 志士郎と御石 志摩、両名。

 死因は、夢目沢が胸を弾丸に撃ち抜かれたことによる銃殺。座ったままの姿勢で、的確に一発の弾丸が左胸を貫いていたとのこと。

 御石さんのほうが、心臓を的確に刺された刺殺。傷口の形状も見た目による判断だが、凍が手にしていた飾りナイフと一致しているとのこと。

 ふたりともほぼ即死。凶器となった銃もナイフも部屋にあったもの。イミテーションかと思われたが、部屋にある趣味の悪い調度品はどれも本物だったらしい。


 部屋は見た通りに荒らされていて、御石さんにも争った痕跡が残っていた。そして、そばには夢目沢が手にしていたものと同じ銃が落ちていた。入り口側の壁に銃弾が残っていたことを見るに、夢目沢も死の間際に発砲しているだろうとの見立て。夢占いをするときは閉められるはずの、部屋を仕切っていたカーテンは開いていたと見られる。カーテンに荒れた様子は見えなかったとのことだ。


 そういった状況から整理するに、事件は夢占いの途中に起こった。カーテンは開いていて、銃を手にした双方にナイフを手にした凍。まず、御石さんと夢目沢がなんらかの理由で争い、部屋にある銃を手にした。互いに発砲したところで、御石さんの撃った弾丸が命中。それを止めるために凍がナイフを刺した、と考えられるとのことだ。


 正架さんが現場を見て推測を交えて語った話を聞いて、率直に思った。


「……仕組まれた結果だろう」


 それはまあ、ぼく視点での感想ではあったのだけれど。


「まあ、そうだよね……凍ちゃんが犯人じゃないとするならば。現状から無理矢理考えた結果だよ」


 そう語った正架さんにも、引っかかっているところはあるらしい。


「だって、凍は目が見えない。どうやってあの部屋にあったナイフを手にしたんだ?」

「具体的な説明はできない。だけど状況はそうなったって語っている」


 やはり凍に犯行は不可能だ。たまたま手にすることができたのだとしても、ナイフを突き立てられたことには結びつかない。それも的確に一撃で心臓を――ということになる。そこにある違和感こそが真犯人がいる証拠だ。だから解かなければならない、密室の謎を。

 瀬月 ルリサは言っていた。ぼくの話を聞いた時点で『それらの密室トリックが解けた』と。ぼくが知っていることの中に既にあるのだろう、密室を解くための鍵が。

 そうだ、と思い出したのは、笹良と電話をしたときのことを思い返したからだった。こうして凍と顔を合わせていて、確認しておかなければいけないことに気がついた。


「凍。確認したいんだけれど」


 そう口にしたところで、正架さんは様子をうかがうように首を傾げた。凍は「なに?」と小声でこたえる。


「夢占いのとき、部屋に入ったときのことを教えてくれないか」


 目が見えなかったとしてもわかることはあるはずだ。なにせ彼女には超感覚もある。もしこの密室トリックを解くとするのならば、そこになにかがあるはずだ。


「わかった」

「そうだね、そこはわたしも聞いておきたい」


 正架さんも同意のようだった。頷いた凍が口を開く。


「わたしと志摩ちゃんが部屋に入ると、まず感じたのはアロマの甘い香りだった。鼻が利かなかった」


 視界に頼ることができない凍にしたら、それだけで不都合が発生するのだろう。凍が人の気配を探ることができるのも、他の感覚に頼っているからに過ぎない。


「少し、肌寒かったかな?」


 まあ、これほどに雨が降っていれば当然か。だけれど、館内は暖房が効いていたはず。


「わたしと志摩ちゃんはそれぞれ猫魔さんにベッドまで案内されて、手を離して……そのとき、夢占い師の人が近くまで寄ってきた。感覚では、多分」


 凍がそう言うってことは真実なのだろう。猫魔さんの他に夢占い師は部屋にいた。


「それは、たしかに夢占い師だったのか?」

「ローブは着ていたと思う。衣擦れ音はあった。志摩ちゃんも特別なにか言っていたわけでもないし……」


 そこに違和感があればどちらかが気づいただろう。それこそ見えている御石さんが黙っていたとも思えない。


「声は聞いた?」

「ううん、喋らなかった」


 夢占い師は集中すると喋らない。そういうルールもあったか。


「それで?」

「猫魔さんに説明を受けて、軽くブランケットをかけてもらって……そこからの記憶はない。気づいたら眠っていたの。不思議なことに」


 ぼくと正架さんは首を傾げた。そんなすぐに眠ることができるものなのだろうか。


「薬とか……?」


 呟いた正架さんに、凍は首を横に振る。


「ううん、そういう気配なかった。わたしの目が見えたらよかったけど」


 見えないものは仕方がない。ただ、そこに夢占いの秘密はある。猫魔さんは夕方、夢占いに関して説明していたとき、眠りにつくことに関しては自信がありそうだった。


「……『魔眼』か」

「多分、そうだね」


 思いつくことはそれくらいしかない。正架さんも同意してくれた。

 そして、女性にしか開眼しないはずの魔眼。ならば、部屋にいた夢占い師の正体も気にかかる。御石さんが殺された理由についても笹良と電話で話をしたとき、彼が口にした言葉が妙に引っかかった。『見てはいけないものを見た』。そうだ、凍も言った、『見えたらよかったけど』と。それに加えて、夢占い師の正体の謎だ。


 夢占い師はいつ死んでいた……? あの部屋はカーテンで区切られていた。肌寒い部屋に、においを消すアロマの香り。隠すスペースなんてものはそれこそたくさんある。否、わざわざ隠す必要もない。カーテンを引いてさえしまえば、夢占い師の座っていた椅子と机は隠れてしまうのだから。

 確証はない。だけれどひとつの可能性として浮かび上がる。だとすると、は知っていたはずだ。夢占い師の死を。


 ぼくがその可能性を考えはじめたところで、顔を上げ、「うーん」と首を捻って時計を見たのは正架さんだった。


「なにも確証はない。それに……もう時間も遅い」


 時計の針は二十三時五十分を指す。タイムオーバーということか。もう少しでなにか辿りつけそうな兆しは見えている。だけれど、なにか一歩が足りない。そうだったのだとしても、それを証明するための証拠はない、手立てもない。


「凍ちゃんには悪いけど、今晩はずっとこの形だね」


 手錠のはまった左手を上げる正架さんにつられて、凍の右手も上がった。それもまた仕方ないと受け入れているのだろう、凍も頷いていた。


「このままここで話し込んでいても、他の人に不審がられるかも」


 そう言った正架さんが気にしていたのは時計だけではなく、ロビーに集まっていた他の四人を指してのことだったようだ。タブレットに目を落として欠伸をする喜木先。眠そうに目を擦りながら腕を組んだ剣野義さん。不機嫌そうな敵意を込めた視線をぼくへと向けている琴鳴さん。猫魔さんにしてもボーッとしていて、客の前に出続けていて疲れもあるだろう。


「一回自室に戻ってもらったほうがいいかな……」


 ここでこうしていてもなにかわかるわけでもないという判断だったのかもしれない。


「わたしと凍ちゃん、猫魔さんで現場の維持はするとして、四人には部屋に戻ってもらうかな」


 ゆっくりと立ち上がった正架さんにつられて、凍も立ち上がった。そう言った彼女を見上げてぼくも頷いてこたえた。

 なにやらスマートフォンを取り出した正架さんが続けて話してくれた。警察の到着はまだ遅れるらしい。電波と電気が届いていることが幸いだね、と苦笑いを浮かべて。


 正架さんはそのまま他の四人にも事情を話して、指示を出した。


『自室から出ないで待機すること。なにかあったらロビーの内線を鳴らすこと』


 ロビーには正架さんと凍、猫魔さんが待機するとのことだ。


 それぞれがそれぞれに頷いて、自室へと戻った。

 ぼくもまた例外ではなく、ひとりになってしまった広い部屋へと帰ったわけだけれど――当然落ち着けるはずもなく、眠れる気もしない。


 部屋へ入るなり、ただただ外を眺めた。嵐に荒れる暗い雨模様ではなにも見えなくて、ただ窓ガラスに反射した自分自身の姿が見えた。酷い顔をしているかとも思ったけれど、思いの外、いつも病室の鏡で見る顔よりはしっかりしているように見える。それがただ暗くて見えづらいせいなのか。ちょっとわからなかったけれど。


 自分を見つめなおすには、ひとりの静かさは最適だった。

 彼女にとって、ぼくはなにで在ったのか――試されているような気がする。笹良と瀬月に押された背中。そんなぼくに突っかかってきた琴鳴さんがいて、おかげで覚悟は決まった。ぼくはぼくで在るらしい。


 考えなければならないことはたくさんあった。警察が到着するまでに――と、そう思っていたのだけれど、どうも事態はそう落ち着いてもいられないらしい。

 降り続ける雨と風はごぉごぉと館を揺さぶり続けている。逸るような焦燥感もより一層強くなった気がしていた。

 それはやはり気のせいなんかではなくて、酷く歪んでしまったこの館には、祓わなければならない闇があったということに他ならなかったのだろう。

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