第9話
片方だけで発注した
翳すように卓から持ち上げると、大粒の
「こんな美しいものを、再び身に着けられる日が来るとは思いませんでした」
「好きそうだな」
うっとりと眺める私に、隊長はまるで興味なさそうな口ぶりで返す。
「ええ、大好きです。何せ私は、産まれた時から宝物庫に行くと一番喜ぶ娘だったのですよ。何百何千もの最高の石や宝飾品を、まるで我が物のように愛でながら育ったのです。必要に迫られてではあっても、自分のためにこんな美しいものをまた手にできるなんて」
「科された責任の重さは分かっていても、身に着けられる日が楽しみで仕方ありません」
「金持ちと結婚すればいいじゃねえか」
「向こうにはもう、新しい婚約者がいるはずです」
メナムの宝物庫はリシェマなんて目ではない素晴らしいものだろうが、さすがにそんなことを望むつもりはない。
「ちょっと待て、会うの第二王子かよ」
「今気づいたのですか? 不勉強ですよ。第一王子ならメネシェク王子でしょう」
ほかにも第三、第四王子もいるが、せめて第二王子までは知っておくべきだ。メネシェクはメナムでアテナン王の補佐として既に力を発揮している。そしてハシェンは外交役として、各国を回り見聞を広めているのだ。
「てことはあれか。つまりお前は、昔婚約者だった男のとこへ素っ裸で行くのか」
「素っ裸ではありません。『ほぼ』素っ裸です」
「同じことだろ」
どことなく不機嫌に響いた声に、ピンと来る。これはあれか、夫婦喧嘩の仲裁をする度に目にしてきた、あの。
「もしかして、『やきもち』ですか」
耳飾りを置きつつ窺う私を、隊長はじっと見据えてから溜め息をついた。
「少し違うな。あと、そういう気づきは口にしない方がいい」
やがて返された言葉から察するに、失敗してしまったらしい。
「ごめんなさい。私は恋を知らないので、こういった機微には本当に疎くて」
「気にすんな、そんな込み入ったもんじゃねえよ。ただお前が傷つくことにならなければいいと思っただけだ」
当たりの柔らかい願いに、いつも隣で守ってくれた兄達を思い出す。隊長よりももっと年上で、親子ほど年は離れていたが、私の全てを愛してくれる人達だった。
「ありがとう、優しいのですね。兄達を思い出しました」
「まあ、妥当なとこだな」
納得した様子で息を吐き、隊長は踵を返して店を出て行く。
店を閉めてから皆は気を使ってあまり顔を出さないが、隊長だけは毎日のように顔を出す。義父が元気でも元気だと、ちゃんと伝えに来てくれる。
――生き延びたいのなら、これ以上名を上げるな。
そういえば、あの頃からずっと守ろうとしてくれていた。
ふと覚えた息苦しさに、なんとなく胸を押さえる。今はあまり、深入りしない方がいいだろう。震える息を長く吐いて、耳飾りの箱をそっと手にした。
ハシェンとの会談はそれから二日後、夜になるのを待って用意した一式を身に着ける。
風通しの良すぎる覚束ない全身を整えたあと、耳飾りを片方にのみ着ける。胸元の
「大丈夫でしょうか、おかしくはありませんか?」
「それを俺に聞くのか」
私を見ないように隣を行く隊長を、亜麻の向こうに透かして見上げた。
「本当は、後ろの布はない予定だったのです。でもそれだとあまりに素っ裸すぎるかと思い増やしたのですが、これだと着ているように見えませんか」
「見えねえから安心しろ」
ろくに見ていないのに分かるのか不安だったが、仕方ない。
角を曲がると、屋敷の戸口で待っているヨバが目に入る。どことなく緊張して見えるのは、出自を明かしたせいだろう。まるで気づいていなかったヨバは驚いたが、もちろん受け入れてくれた。その上で、これまでどおり付き合ってくれるように頼んだ。失われた王女である自分に、
「ヨバさん、どうかな。おかしくない?」
「私の目にはとても美しく見えるよ。ハシェン王子も、きっとそうお思いになる」
サエルの口調で尋ねた私に、ヨバは頷いて答える。
「そうだといいんだけど。じゃあ、行ってくるね」
「ああ。表にらくだを用意しているから乗っていきなさい。気をつけてな」
ありがとう、と礼を返して亜麻をたくし上げ、隊長が開けた戸をくぐった。
「まあ、立派ならくだ」
用意されていたらくだは、私に劣らずきらびやかに飾られていた。しかしらくだに触れるより早く、ひょいと小脇に抱えられる。
「何をするのです!」
「一人で乗ったらとんでもねえことになるだろ」
ああ、と気づいた私を連れて隊長は危なげなくらくだにまたがり、私を横向きに乗せてらくだを起こした。
「さすが、砂漠の民は鮮やかですね」
「お前が宝飾品と育ったように、俺はらくだや山羊と育ったからな。こいつらの良し悪しは一目で分かる」
支えるように私の肩を抱きつつ、危なげのない手綱捌きでらくだを門外へと向かわせる。夜になれば人気も少ないが、ないわけではない。まあ私の素性を知っている者は誰もいないから、尋ねられるのは隊長だろう。凭れた胸はいつかのように堅牢で、驚くほどに落ち着いた。
「ずっと、こうしていられたらいいのに」
息を深くして呟いた声に、肩を抱く手に少し力が籠もった気がした。
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