第6話

 食堂へ現れた祭司達が席に着いたのを確かめて、隊長は席から腰を上げる。

 隊長を含めて八人が着いた食卓には果物やパン、普段の食卓には並ばない羊肉をたっぷりと準備した。隊長が。

「この度は、このような席を持たせていただけたことを神に感謝いたします」

 隊長が和やかに切り出すのを待って、給仕達も動き始める。私も給仕を装い、祭司達の間に入ってはぶどう酒の瓶を盃へ傾けていく。

「また、いつも我らの活動にご理解とご協力を賜り、皆様には深く感謝しております。本日はその御礼として、ささやかながら食事を準備いたしました。これからも神の御言葉と教えをこの地にお与えくださいますよう、お願い申し上げます」

 卒なく流れる挨拶を耳に流しながら、小さく聞こえるリシェマ語の会話を探る。

――だったらお前も参加しろ。リシェマ語の会話が分かる奴がいる。

 方法を提案した私に出された条件が、身を隠しての参加だった。確かに祭司達は全員リシェマ人だから、非公式な会話を探るなら言葉が分かる者がいた方がいい。

 顔が分からないように頭巾を深めに被って布を巻いているから大丈夫だろうが、不安がないわけではない。

 「どんな風の吹き回しだ?」「いいじゃないか、神はお喜びになる」

 早速聞こえた小声の会話を探るに、訝しみながらも受け入れられてはいるらしい。

「では、今宵は楽しみましょう」

 隊長の声に祭司達がさざなみだつように頷いて、皆が盛られた食事を口に運び、盃を傾け始める。一見しては、和やかな会食だ。

「ああ、言い忘れておりました」

 隊長は気づいた様子で盃を片手に、再び腰を上げた。

「事件の席で使用されていた銀食器を、捜査のためにお借りしていました。貴重なものを快くお貸しくださり、ありがとうございます。お手元にありますように、全て無事お返しいたしましたので」

 言葉を結ぶより早く、ごとりと何かが落ちる音がした。視線をやると、一人の祭司が顔を青くして、慌てて盃を起こすのが見えた。

「どうかされましたか」

 隊長は変わらない声で祭司に尋ねながら、私を一瞥する。

「……いや、なんでも……すまない」

 私は明らかに動揺するその祭司に目をつけ、するりとその隣へ滑り込んだ。既に冷や汗が肌を濡らしているのが見える。ぶどう酒の瓶を卓に置き、慌てた様子を装って祭司の腕を掴んだ。

「大変です! 顔色が青ざめて、息がお苦しいのでは? 手がこんなにも震えていらっしゃいます! これは」

 わざとらしく悲痛な声を出すと、祭司は情けない声で悲鳴を上げる。

「毒だ! 頼む、医者を呼んでくれ、盃に毒が入っているんだ!」

 祭司は椅子から転げ落ちながら、悲痛な表情と声で私に縋りつく。

「そんな、まさかぶどう酒に?」

「違う、盃だ、盃が毒なんだ! 助けてくれ、息が苦しい!」

 言葉は全てリシェマ語だったが、分からないのはほかの給仕達と食堂の隅に立つ兵士達だけだろう。六人の祭司と私、そして隊長は、はっきりと今の言葉を聞いていた。

 隊長は盃を手にして私を後ろに下げ、祭司の目の前にしゃがみ込む。

「助けてもいいが、先に教えろ。この盃はあの商人を殺すために、お前が黒星鉱こくせいこうで作ったんだな?」

「違う、私じゃない、私はただ置けと言われただけだ。頼む、助けてくれ!」

 衣の胸元を握り締めながら、祭司は苦しげに荒い息を繰り返す。もう完全に、自分が毒を呷ったと信じているのだろう。

「安心しろ、この盃もここにある食器も、全て銀だ」

 種明かしをした隊長を、祭司は荒い息を吐きつつ呆然と見つめた。

「お前は死なないが、聞きたい話がある」

 腰を上げ、食堂の隅に立っていた兵士達に顎で指示を出す。颯爽と近づいた兵士達は、まだ視線の定まらない祭司の両脇を抱えて食堂を出て行った。

「彼は、神のお怒りに触れたのでしょう。神は、必ず正義を示される」

 隊長は、こちらも呆然と事の成り行きを眺めていた祭司達にリシェマ語で告げたあと、慈しむような笑みを浮かべた。


 祭司は結局、誰に頼まれたかだけは話さなかった。

 取り調べ後に祭司達に引き渡されるのを最後までいやがり、詰め所での留置を望んだらしい。でもリシェマとの規約に例外は認められない。

 祭司は規約どおり宿舎へと戻され、その晩、首を吊った。

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