クリスマス番外編

※本編終了後の数年後の日本でのお話。クリスマスif。


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「飾り付けよし。信乃先生、出来たよ!」


 東城邸のエントランスホールに据えられた巨大なクリスマスツリーには、硝子細工で出来たトナカイや星、カラフルにアイシングされた人形のクッキーが所狭しと飾りつけられている。


「これはまた立派なツリーですね。寿太郎、この飾りはどうしたんですか」

 日本の色合せにはない色合いのオーナメントは眺めているだけで十分に楽しい。


「母さんに頼んでネーデルランドから送ってもらったんだよ。めちゃくちゃ怒られたけど」

「どうして怒られるんですか」


「船便で送ってもらうと一ヶ月かかるだろ。そうすると十一月中頃に発送しなきゃならないだろ」

「年の瀬で忙しかったから怒られたのですか」


「いや、シンタクラースが帰る前にサンタクロースが来たら困るだろ。だから十一月中にクリスマスの飾りを用意したらだめなんだよ」

「なんですって?」

 信乃は寿太郎の言っていることを何一つ理解できず、頭の中が疑問符だらけになった。


「シンタクラースのお祭りは十一月の中頃にやるんだよ。でも、今は十二月二十五日も祝うからな」


 信乃は頭を抱えた。寿太郎に細かなことを聞いても無駄なことは分かっている。それに準備で忙しい最中に細かなことは聞いていられない。

 努力を放棄した信乃は、とりあえず「本格的ですね」と訳の分からない返事で一旦棚上げすることにした。


「だろ。さて信乃先生は今年はいい子にしてたかな?」

 ご機嫌な寿太郎の唐突な質問に信乃は身構えた。


 ――まだ話を続けるつもりだったとは。


「どういう意味ですか」

「え? だって悪い子にはお仕置きが待ってるんだぞ」

「それは『なまはげ』では?」

「いやいや、シンタクラースはハゲてないよ?」


 どうにも話が噛み合わず、信乃は仕方なく根本的解決を図ることにした。


「そういう意味じゃなくて。そもそもシンタクラースってなんです?」

「白い馬に乗った偉い髭のお爺さんだぞ。お供に煤汚れのピートを連れてる」


「橇ではなく馬に直接乗るんですか……お供もよく分りませんが、要するにサンタクロースですよね?」

 和蘭陀では趣向が違うのだろうと信乃は勝手に理解して言ったが、寿太郎はぶんぶんと首を振った。


「いやいや、シンタクラースはシンタクラースだぞ」

 寿太郎が側に置いてあった大きな絵本を開いて信乃に見せる。


「こういう自分だけの本に一年間の行いを書き出して、よい子かどうかシンタクラースが判断するんだ。悪いことしてたら麻袋に詰め込まれて、スペインに連れて行かれるんだよ」


「ちょっと待ってください! 私の知ってるクリスマスと全く違うんですが。あなた伯爵家のパーティで一体何をするつもりなんですか!?」


 信乃の剣幕に寿太郎が首を傾げた。


「そもそもクリスマスはネーデルランドが発祥だから俺の方が正解だぞ?」

「わ、わかりました。発祥の事は理解しました。なら良い行いをしていたらプレゼントをもらえるんですよね」


 寿太郎は大いに頷いた。

「おう、いい子にはその子のプレゼントとか詩がもらえるんだ」

「良いことをしたのにどうしてダメな所にちなむんですか……」


 クリスマスも元は異国の宗教だが、さらにそれの起源ともなると完全に理解の範疇を超えている。信乃は近くの椅子に腰を掛けて額を押さえ妙に浮かれている寿太郎を半目で眺めた。


「先生は今年一年よい子……とは言えなかったけど、俺がプレゼントを用意してきたから大丈夫だよ」


「私の欠点を詩にして詠んだんですか!?」

「バイロンじゃないし詩は苦手だからプレゼントを持ってきた。楽しみにしててくれよな」


 招待者の前で黒歴史を朗読されずには済んだものの、がなんなのか、考えるだに恐ろしい。


「ええ、はい。覚悟しておきます。でも悪い子を麻袋に詰め込むのはなしですよ。伯爵家の親戚の子も来るのですから。全員分のプレゼントは用意してあるんでしょうね」


「ん? 悪い子はもらえないに決まってるだろ」

 寿太郎は飾り付けで余ったジンジャークッキーを囓りながら言った。


「駄目ですよ! もれなく全員に配らないと。数はあるんですよね」

「なんだよー。まあ、余っても困るしな。多めには用意してあるから大丈夫だ」


「それで、サンタ……シンタクラアス? は誰がやるんですか」

「もちろん俺、先生はお供のピートな。顔を炭で真っ黒に塗って、夜警の市民隊みたいな格好でお菓子も配るんだ。シンタクラースより人気なんだぜ!」


 ――レンブラントの夜警って、白い波打った襟とぴったりしたフリル半ズボン……!


「そんな格好やりませんよ! お供はなし。今日は和風でいきます!」

「そんなあ!」


***


 ――クリスマス当日。


「先生、これは……サンタなのか……?」


 寿太郎が着せられたのはサンタクロースの赤い服でも、シンタクラースの赤いマントでもなく、火消しの長い兜頭巾と陣羽織だった。


「衣装を持ってきた人が忠臣蔵と間違えたらしくて……私がちゃんと確認していれば良かったのですが」

 陣羽織を広げてみるとかなり大きく、これなら寿太郎でも着られそうだ。


「俺、その大石内蔵助とかいう人、知らないんだけど。まあ見たこと無い服で子供に泣かれなくていいかもだけどよ」

「君、子供に泣かれたことがあるのですか」

「……うん」



 討ち入りサンタで子供たちにプレゼントを配り終えた寿太郎は戻ってくるなり信乃の顔を覗き込んで言った。

「これは先生には悪い子のお仕置きが必要だよなあ」


 じりじりと迫ってくる寿太郎を避けながら信乃は後じさった。背中が壁に当たる。

「あ、悪意があってやったわけじゃないんですから。暴力はだめですって!」


 寿太郎の手が信乃の顔にびたんと張り付いて、何かが顔に塗りたくられた。手が離れて目を開けると寿太郎が真っ黒な右手を顔の横でひらひらさせている。恐る恐る顔を指で触ってみると、指先にべったりと煤が付いている。


「ははは、煤汚れのピートだ。先生今日は一日俺のお供だぞ!」

「真っ黒じゃないですか! どうするんですかこれ!」


 その時、最初の招待客がホールに入ってきた。


「お招きに預か……信乃哥哥(にいさん)どうしてそんなことに!?」

 いつになく華やかに着飾った若溪が驚く。信乃は片頬が引き攣るのを感じながらも丁寧な挨拶を返した。

「遠い所をお越し頂きありがとうございます。文化の違いを実地で体験している所です」


「違いにもほどがあるだろ。その犯人、俺がぶっ飛ばしてやるぞ」

 姉の付き添いで来たらしい皓宇ハオユーが寿太郎を見て言う。

「おお、やるか? 今日こそ決着つけようぜ皓宇」

「やめなさい、会場が吹き飛びます!」


 その後も、信乃と寿太郎が招待者全員にプレゼントを配っていると、最後に東城の翁と執事の飯塚、内務省の鴨井が入ってきた。


「おお、寿太郎君、信乃君悪いね。手伝ってもらって……!」


 翁は信乃の顔を目を凝らしてよく見た後、小さく吹き出した。鴨井が気の毒そうな顔で信乃に濡れたおしぼりを信乃に差し出した。


「翁には俺からすごいプレゼントがあるんだ! 翁には一年いろいろお世話になったんでね。特別だぜ」


 信乃が顔を拭いていると、寿太郎が翁に何かを渡そうとしていた。咄嗟に止めなければと振り返ったが既に手遅れだった。


「おお、寿太郎君。プレゼントかね、ありがとう」

 長細い箱の中には木彫りの人形が入っていた。少し良くなったとは言えまだ見えにくい翁に飯塚が説明をする。

「これは独逸の胡桃割人形の兵隊ですかね」


 翁が人形をカチャカチャと動かすとユーモラスに口を開けては閉じてを繰り返す。翁が意味ありげに笑うと、寿太郎もニヤリと笑った。


「いやはや、寿太郎君は手厳しいな」

「あんまり庶民をいじめてると痛い目に遭うぞっていう……痛い痛い、先生耳を引っ張らないで!」

 信乃は寿太郎にそれ以上言わさず、そのまま腕を取ってテラスに出た。


「ちょっと目を離すとこれです。翁に睨まれたら困るのは君なんですよ」

「でもちょっとは痛快だったろ」

 反省する様子もない寿太郎に信乃はため息を吐く。


「そうだ、お待ちかねの先生へのプレゼント」

 寿太郎の言う欠点プレゼントは手の平に収まるほどの小さな箱だった。


「中身はなんですか」

「自分で確かめてみなよ」

 信乃は艶やかなサテンのリボンを解くと箱を開ける。中に入っていたのはアンティークな真鍮製の指輪だった。


「え、指輪!?」

 慌てる信乃に寿太郎が吹き出した。


「ははは、やっぱり勘違いした。それ俺ん家の倉庫の鍵だよ」

「鍵、ですか?」

「親父が買った辺境の城の倉庫。そこに代々バーグ家が買いつけた美術品が収められてる。いつか先生に見せてあげようと思ってな。その約束」


「これのどこが欠点……なんですか?」

「鍵の掛かった部屋に籠もって、なんでも一人で解決しようとするのが欠点だ。俺はそんなの許さねえからな。あと、それしとくから」


「また借金じゃないですか!」

 寿太郎は笑いながらまたプレゼントを配りにホールへと戻っていった。


***


 信乃が雪明りに鈍く光る指輪を眺めながらテラスでぼんやりしていると、後ろから誰かが声を掛けてきた。

「深山先生」

 振り向くと横濱税関の元職員だった。


「お久しぶりです。職員さんも招待されてたんですね」

「今度、伯爵と新しい展覧会を主催することになったんですよ。その相談も兼ねて」

「そうだったんですね。楽しみにしています」

「是非来て下さい。先ほどから気になっていたのですが、それは紋章印じゃないですか。珍しいものを手に入れましたね」


「紋章印とはなんです?」

 信乃は指輪をじっくり眺めてみた。装飾は華やかだが女性の指に嵌めるには重く無骨で味気ない。


「中世欧州の城の宝物庫の鍵です。財宝は大切な物ですから、城主が婚姻の際に契約の代りに妻に贈るものなんです。今で言う結婚指輪の役目を果たし……ちょっと、まだ説明し終わってないですよ!?」


 二重三重の手の込んだいたずらに信乃はホールへと走り出していた。寿太郎の姿を見つけるなり息を吸い込んだ。


「寿太郎!」


 ホールにいた全員が一斉に振り返った。

 ものすごい剣幕でホールに入ってきた信乃は手に持った指輪をぶん投げた。すると寿太郎も負けじと指輪を投げ返した。


「気付くの早すぎるだろ、先生」

「ふざけすぎです!」


 寿太郎は笑って手近にあったシャンパングラスを掲げるとホールに響くほどの大声で言った。


「幸せを運んでくるピート君に、メリークリスマス!」


 おわり


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オランダでは11月に行う伝統的なシンタクラースのお祭りと、一般的なクリスマスの2回あるそうです。知りませんでした。

シンタクラースさんの衣装はザ・僧侶っていう感じでとても格好いいです。

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