茅野美知のぬいぐるみには悪魔が宿る

八百十三

悪魔の言葉

 俺様は大悪魔ガルナウス。強大な力を持つ恐ろしい悪魔だ。

 いや、待て。言わんとすることは分かる。大変に分かる。

 そんなに強大な悪魔が、なんだってこんな巨大なクマのぬいぐるみ・・・・・・・・・・・の姿をしているのかと。

 もちろんこれは本来の姿ではない。この姿は仮初めのもの、というか、こう……この巨大なぬいぐるみの中に入っているような感じなのだ。

 このぬいぐるみの持ち主は茅野かやの美知みち。都内の病院とやらに入院している9歳の女子だ。もちろん人間である。

 美知は生まれた時から身体が弱い。生まれた時から大病を患っていて、病院の外に出たことがあまりない。

 だから俺が入っているこの巨大なクマのぬいぐるみが、言ってしまえば美知の数少ない友達だ。となるとこのぬいぐるみに入っている俺様も、美知の友達になるのだろうか。嫌だが。

 今日は美知は朝からそわそわしている。美知の両親も随分心配そうだ。美知が俺様の入っているクマのぬいぐるみに話しかけている。


「マルちゃんー、きょうはしゅじゅつのひなんだってー。こわいねー」


 美知が俺様の頭を――違う。マルちゃんと名付けたクマのぬいぐるみを撫でながら話しかけてくる。俺様はマルちゃんではなくガルちゃんだろう、と言いたいが、言えやしないので仕方がない。

 ともあれ、どうやらこれから手術を受けるらしい。両親の顔を見るに、普段受けている手術よりも大掛かりなようだ。

 なるほど、これは不安がるのも無理はない。しかし、両親がいる前でいつものように美知の頭をポンポンとしてやるわけにはいかない。

 と、病室の扉が開いた。白衣を着た病院の医師と、看護師が入ってくる。


「茅野さん、手術のお時間になりました」

「手術室に行きましょうね」


 医師と看護師の言葉に、両親がきゅっとすくみ上がる。それでも美知は全く動じた様子はなく、元気に片手を上げて答えた。


「はーい!」


 元気よく返事をする美知に、両親がその手をギュッと握った。感極まった様子で目に涙を浮かべて母親が美知に声をかける。


「美知……頑張ってくるのよ」

「お前には皆がついているぞ、心配するな」


 父親もこくりとうなずきながら美知に声をかけた。その通りだ。俺様だってついている。

 美知に死んでもらいたくはないが、美知がその生命を終える時に俺様の目的は果たされる。美知の魂を頂戴する・・・・のが、俺様の目的だからだ。

 しかしそれは今ではない。今ではないのだ。

 看護師が美知の手から、クマのぬいぐるみを受け取って母親に手渡す。


「じゃあ、マルちゃんはお母さんに預かってもらおうねー」

「はーい。マルちゃん、いってきます」


 そのままベッドを運ばれていく美知が、母親の手に抱かれた俺様に手を振ってくる。母親が俺様の手を持って美知に手を振る、のに合わせて俺様も美知に手を振った。

 そして美知が運ばれていって、病室の扉が閉じられる。両親が俺様をぎゅっと抱きしめながら心配そうに言った。


「美知……」

「大丈夫だ、美知は強い子だ」


 母親が心配そうに言うのを、父親が安心させるように声をかけた。

 大丈夫だ、美知がここで死ぬことはない。元気に帰ってくることだろう。

 なにせ、この大悪魔ガルナウスがついているのだから。


 そして美知が元気になって、人生を満喫して、その生命を終えるときまで、俺様は美知の傍にいてやるのだ。

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茅野美知のぬいぐるみには悪魔が宿る 八百十三 @HarutoK

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