ハードボイルドテディベア

タヌキング

孤高の男

俺がマフィアの金を持ち逃げして、3日が経った。なぁに、大金を目の前に少し魔が差したのさ。

自分の入ってる組織の取り引きで使う筈だった金の入ったアタッシュケースを持って、ひたすらに3日間逃げに逃げた。

へっへ、追手も撒けたみたいだし、この金さえあれば一生遊んで暮らせるぜ。

念には念を入れて、もう少し逃げておいて、あとはダメ押しで海外に高跳びすれば悠々自適な日々を送れる。素晴らしい人生設計だ。

「待ちな。」

不意に後ろから声を掛けられ、俺はぶるりと体が震えた。

しまった‥油断した。ここは人気の無い路地裏の道であり、荒事をするには持って来いじゃないか。

とにかく俺は急いで後ろを振り返りながら拳銃を両手で構えた。

相手はヒットマンか?それとも俺のアタッシュケースを狙ったコソドロか?相手は何であれ撃ち殺してやる。


だが、振り向いた先に居たのは、小さな小さな毛だらけの熊のぬいぐるみだった。小さな黒いハットを被り、右手には小さな小さな拳銃が握られている。

い、意味がわからない。

俺の頭がパニックを起こしている間に、熊の持っている銃の先が俺に向けられた。

「油断したなボーイ。」

熊の方から中年男の渋い声が聞こえたと思えば、ズドン!!と音が聞こえ、俺の眉間に銃弾が撃ち込まれた。

力なく仰向けに倒れる俺。最後の最後まで状況は掴めなかったが、意識はそこで途絶えた。



「ご苦労だったなジョー。これがお前の分前だ。」

バーのカウンターに置かれる札束。大金だが人一人殺した値段がこの額だとすれば、命の価値なんて大したことはない。

クラシックな昔ながらのバー【ノワール】は殺し屋への依頼の集まる斡旋所であり、ここのマスターから依頼を受けた俺は、ついさっき一人殺してきたところだ。

「それにしてもジョー。その魔女に呪われた体でよくやるな。テディベアの殺し屋が居るって噂になりつつあるぞ。」

マスターの言う通り俺は、とある依頼で魔女の殺しを頼まれたんだが、返り討ちにあってこんな可愛らしい毛だらけの姿に変えられてしまった。

それでも殺ししか生きる術のない俺は、未練がましくこんなナリでも殺しを続けているわけだ。笑いたければ笑ってくれ。

「アタッシュケースを運ぶのも一苦労だよ。まぁ、引き金を引くのは相変わらず簡単だがな。」

引き金が軽いのは命の価値が、俺の中で値崩れを起こして大暴落しているからだ。自分でも思うが、俺は相当に人間として‥いやテディベアとして破綻している。

「ジョー、娘に会いたいと思わないのか?」

「こんな体で会いに行けるかよ。」

俺には親戚に預けっぱなしの娘がいる。名前はアメリア、死んだ女房の忘れ形見である。3歳の頃からもう5年は会ってないから、今年で8歳か。

人間の頃は定期的に会いに行ったが、今は仕送りをするだけである。もう娘の笑顔も思い出せやしない。

だがこの間、俺は名案を思いついた。

「マスター、俺が依頼にしくじって殺されて、それでも体がこのままだったなら、俺の財産と共に俺を娘に届けてくれ。それが最後の俺の贈り物だ。」

死んでしまえば俺はただのぬいぐるみだ。テディベアとして娘の側に居れるなら、それも本望である。

「ふっ、趣味が悪いな。分かったよ、そんですぐに捨てられたらゴミ箱まで笑いに行ってやるよ。」

「そいつは良い。盛大に笑ってくれよ。」

そう言って俺はマスターと笑い合いながら、ウイスキーを口にした。

体の綿にアルコールが染み込んで、今夜はよく酔えそうである。



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ハードボイルドテディベア タヌキング @kibamusi

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