景品
東雲そわ
第1話
欲しくもないのに。
「ありがとう」
クレーンゲームに興じる男のどこに魅力を感じればいいのかわからない私でも、喜ぶ姿を見せれば愛されることだけは知っていた。
サークルの付き合いで参加した合コンの帰り道。時間通りに席を立った私を追いかけ店を出てきた年下の男に、酔い覚ましを口実に誘われるがまま足を踏み入れた場末のゲームセンター。不毛な会話を搔き消してくれてる罵声と騒音が、そのときばかりはちょうどよかった。
彼が誇らしげに差し出してきたクソデカなぬいぐるみを受け取り、抱えて歩く姿はどれだけ滑稽に見えるのだろうか。筐体のガラスに写り込む自分の姿を横目で確認すると、胃の中に残っていたアルコールが沸騰するような悪寒に襲われた。
「ごめんね、ちょっとお手洗い行ってきてもいい?」
断りを入れ、ゲームセンター内にあるトイレへ向かう。
そこは既にアルコールの匂いが充満していて、個室に駆け込んだ私は、便器に屈み込んだ勢いのまま、溜まっていたモノを吐き出していた。
喉の奥が焼けるように熱かった。
滲んだ涙が、下手な化粧を歪ませるのが悔しかった。
ぬいぐるみを抱えたまま、洗浄レバーを足で踏みつけるような女を、誰が愛してくれるのだろうか。こびり付く不快感から、自暴自棄になり始めていた私を、ぬいぐるみの柔らかさが中和していく。
便座に腰を下ろしたらもう立ち上がれないような気がしたので、トイレのドアにもたれかかったまま、呼吸を整える。
胸に抱えていたぬいぐるみに吐瀉物が付いていないか、曲芸のようにぐるぐると回転させて確認する。体裁を気にするのは外で待っているはずの男性への気遣いだけで、ぬいぐるみへの愛情は欠片もない。世界へ招かれてすぐに見せられた光景が女がゲロを吐くところだなんて、なんて可哀そうなぬいぐるみだろう。そんな同情だけは少し湧いた。
そのときになってようやく気が付いた、すぐ傍に居た同類の存在。
個室の正面。替えのトイレットペーパーが積まれたその横に、いくつもの視線が存在した。
大小様々なぬいぐるみ達。ディスプレイにしては種類も大きさも煩雑過ぎるし、そもそも汚物に塗れた場所を飾り立てる理由がなかった。
家まで持ち帰るには面倒だからと、そこに置き去りにされたぬいぐるみ達。
手に入れることだけが目的の、愛されることのない惨めな存在。
胸の奥から滲み出てくる不快感を押し付けるように、強く抱き締めたぬいぐるみから、男が付けていた香水が微かに漂う。
甘ったるくて、反吐が出る匂い。
私はまた便座の前で屈み込むと、嗚咽にも似た声を上げ始めた。
景品 東雲そわ @sowa3sisu
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