優等生たち

きと

優等生たち

芦田あしだくんって、無理して優等生してるでしょ」

 深夜2時。炬燵こたつの反対側に座る彼女、朝倉あさくらさんはそう言った。

「そんな……つもりはないけど」

 噓だ。朝倉さんの言う通り、僕は無理をしている。

 自分の意見はあっても、みんなの意見に流されて。

 自分の意志があっても、おおよそ世間的に正しそうな方向へと向かっていく。

「そう? なんかそう答えるのも無理してる優等生って感じだけど」

 朝倉さんは、炬燵の上にある飲みかけのお酒をのどへ流し込む。

 僕は、周りを見る。そこには、先程まで一緒に騒いでいた友達が寝ている。

 彼らも気づいているのだろうか?

 僕が、無理をしていることに。

「心配しなくても、みんな起きないよ。こうなったら朝まで起きないの、芦田くんもよく知ってるでしょ」

「それは、まぁ」

「だから、本当のことを言っても大丈夫だと思うよ」

「………………」

 本当のこと。

 本当のこと?

 僕は。

 僕は……。

「何が、本当なんだろう……?」

 僕は、噓をつきすぎた。

 それが、みんなに嫌われることを恐れてだったのか、どうなのかも分からない。

 嘘にまみれて、何が自分自身なのかも分からない。

 いや、最初から僕は、何もなかったのかもしれない。

 からっぽで、誰かの、世間の意志の操り人形。

 それが、僕なのかもしれない。

 沈んでいく僕に、彼女は言った。

「なんとなく、分かるよ。私もそうだから」

「え?」

「なんかさ。何もないんだよね。意志とか、意見とか。親や周りの言ったことが、私の意見になるって感じで」

 同じだ。

 ついさっき、僕が思ったことだ。

「ねぇ、この流れで聞いてもいい?」

「何?」

「芦田くんの生きる理由って何?」

「……難しいこと聞くね」

 生きる理由。

 からっぽで、何もないのに死なない理由。

 何もないから生きていても何かを感じることはないし、これから先の何かもない。

 それなのに、わざわざ無理をしてまで生きている理由。

 しばしの沈黙の後、僕は答えた。

「死んだら、周りが悲しむからかな。僕自身の中に、生きたい理由はないかも」

「なるほどね。うん、それが芦田くんの本音って感じする」

 言ってる意味がよくわからないけど、朝倉さんは神妙にうなずいていた。

 そんな彼女を見て、僕は聞いてみることにした。

「じゃあ、朝倉さんの生きる理由って何なの? 僕と似たような感じ?」

 僕に質問された朝倉さんは、腕を組んで考えている。

 ……いや、考えるふりかもしれない。僕は、なんとなくそう思った。

「うーん、惰性だせいかなぁ?」

「惰性?」

「なって言ったらいいのかな? 好きなアーティストの新曲をとりあえず確認したり。やることないから、とりあえずSNSを見ておく。そんな感じで、ただ変な義務感というか、だらっとした気分のまま生きてるかな」

 つまるところ、朝倉さんにも生きる理由に大層なものはないといったところか。

 ここまで行くと、僕らが正常のように思えてきてしまう。

 でも、それが勘違いなのは、僕らは言わずとも分かっていた。

 例えば、周りで酒に酔って寝ているみんな。

 彼らは、将来の夢がちゃんとある。僕と朝倉さんのように、からっぽで操られた夢じゃない。ゲームクリエイターとか、デザイナーとか、つい先ほどまでの飲み会で言っていた。

 彼らは、きちんと生きている。

 彼らからしたら、僕と朝倉さんはきちんとしているように映るかもしれないが、そんなことはない。

 僕らは、噓ばっかりだ。

「……芦田くん。みんな、すごいよね。これから先、きちんと希望を持って生きてる」

「そうだね。僕には、何もない。希望に……絶望も」

「私もだよ。これからも、今までも何もない。生まれ変わったら、変われるのかな……」

「僕は、……」

 僕は、ここで初めて自分の本当を言えたのかもしれない。

「僕は、生まれ変わりたくない。早く死にたいよ」

「そうだね」

 朝倉さんは、嘘なんてついたことがないような、綺麗きれいな少女の笑顔で答えた。

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優等生たち きと @kito72

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