トウキチ
久路市恵
ぬいぐるみ
「離婚して欲しいんだ」
いきなり夫はテーブルの上に署名捺印した離婚届と茶封筒を私に差し出した。
「いきなりなに!」
「だって、お前、
「ちょっと、待ってよ」
「止めても無駄だよ。もう決めたから」
「そんな……。このお金はどうしたの」
「うん?母さんに借りたんだ」
そう言って夫が出て行った後、なんだか、なんにもやる気が起きなくて、
カラスの鳴き声が聞こえてきて、空を見上げた。
「もう、夕焼け空……もうそんな時間になってるの……カラス達も帰って行く時間……か」
「ママ〜これ見て」
「どうしたの?それ」
「砂の中から出て来たの」
「砂の中にあったの?誰かの忘れ物かな。砂場に置いときなさい。お友達が取りに戻ってくるかもしれないでしょ」
それはあまりにもグロテスクで決して可愛いとはいえない蛙のぬいぐるみだった。
可愛い目をして脚を曲げて座っているような蛙じゃなくて、目つきも鋭くて両手足びろんと伸びている灰色をした蛙。
気味が悪い感じ、
「
「ママがすなばにおいときなさいっていっててるの。どうする……ここにいる……わかった……。ママ、このこ、みのりといっしょにかえるっていってるから、みのりのおうちに、いっしょにかえる」
「ちょっ!ちょっと待ってお
砂場の上の飯事セットを集めて
アパートに帰ってからも、
「ねぇ
「うん、このこのなまえ、ママしってる?」
「……知らない」
「かえる」
「それは見たまんまでしょ」
「ふふ……トウキチがいったとおりだね」
「とうきち……」
子供にはそういう物が見えるってこと信じてる方だから、でも……。
「ねぇ
「トウキチ、きこえた?ママがどこからきたのってきいてるよ。……うん。わかった。トウキチは、ママはおぼえてないの?っていってるよ」
「うん、うん、うん」
「トウキチがね。おじいちゃんとおばあちゃんちにかえるようにいってる」
こうして私と
実家に戻ると両親が快く向かい入れてくれたのはいいのだけれど、
「ねえ、兄さんと
「それがね……」
母は言葉を詰まらせて首を傾げている。
「母さんが要らん事言うたもんでな。二人で出て行ってしまったんだ」
父さんは眉間に皺を寄せため息をついた。
「出て行った?この家から出て行ったって事」
「そうなのよ。母さん意地悪で言ったつもりないんだけどね」
結婚して五年経っても子供のできない兄夫婦に対して、母は病院で調べてもらったらどうかと言ったらしい、
それで、二人は怒こってしまって、先週、荷物を纏めてこの家から出て行ったとの事、
それを訊いた私は夫に離婚届を付きかけられて悩んでいることを両親に相談した。
そして、翌週、私と
引越しの荷物を片付けてから、私が子供の頃よく遊びに行ってた公園に
砂場で
「もしかして、森川さんですか?森川果歩さん」
「はい……あっ……」
それは懐かしい男の子というより素敵に成長した幼馴染の藤沢君だった。
藤沢聡太、私の初恋の人、彼は手に一輪の秋桜の花を持っていた。
「覚えてる?この木下に死んでたカエルのお墓を作ってあげた事」
私はそれを言われるまで、すっかりその事を忘れていた。
「カエルのお墓……」
「名前付けただろ。お墓には名前がいるって果歩が言った」
私は思わず
「もしかして、そのカエルにつけた名前って」
「トウキチ、俺ね、辛い時とか悩んだ時、よくここに来て、トウキチと話してたんだ」
背中に悪寒が走った。
トウキチ……。
確か
砂の中から出て来た……と。
それから私は
蛙のぬいぐるみのトウキチは、
ずっと、ずっと、私を見守ってくれてたのかもしれない。
そして、本当の幸せを運んできてくれた。
あれから十年、
私の前には聡太さんがいる。
トウキチは、ただのぬいぐるみではなかったようで、
十年経った今でも
終わり
トウキチ 久路市恵 @hisa051
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