第6話

 お尋ねものはかまどを築いている。石ころと粘土だけを使い、慣れた手つきで組みあげてる。行く先々のどこの地面でも石ころと粘土は転がってるから何度も繰り返し手慣れた作業を反復しているだけだと、つい先ほどまでいたぶることしか使っていなかった同じ掌とは思えない掌が伝えている。

 手慣れたものだ。

 片方の目玉はとっくに外され、もう右目でしかものは見えないが、作業工程の進み具合は、逐一まっすぐ頭に上がってくる。

 こんな状況でも、いままでの同じ日常を辿るように頭が働くのは、かえって不思議だ。 


 傍らのアヤの息は、とうに途切れている。


 若くて業の少ない分、早く楽になれたのだ。

 良かったと思った。この期に及んで、そんなあきたりの感情がまだ残っていたことに驚く。

 アヤに比べて打擲ちょうちゃくの数も重さも何倍も大きいのに、まだこと切れていない。こうしたことに手慣れたお尋ねものがそれに呆れて、作業の効率も考えてか、始末の方に取り掛かったのだ。

 誰に向かってというでなく気の毒な憐れみが浮かんだ。

 そんなものが浮かんだら今度こそ最期の何かをもらえそうな気がする。淡々とお婆様ばばさまの奉公をこなすお尋ねものに、の憤怒を逆立たせて、最期の一撃をもらいたい。そして、アヤのように楽になりたい。楽になるためなら、すがりついて泣いたっていい。

 もういざってさえ身動きできぬ身体だというのに、心根はどんどん快活な方に向かっている。

 しかし、竃を築いて火を起こし熾火おきびになるのを待ってるお尋ねものは、ひと仕事が終わろうとしている7合目なのに、そこから降りて、こちらに関心を向けようとはいっこうにしてくれない。

 

 「どうしたね、お前さん・・・・目玉のうなった眼窩がんかの奥から気色のわるいニヤニヤなんか出してきて・・・まだまだやうんかい。こんなもんやない云うんかい。そないなわがまま云うても、これ以上構ってもらえる身体なんてもう何処どこも持ちあわせてせんやないか」


 まだ気づこうとしないのか

 まだ飲み込もうとせんのか


 これだから男ってやつは面倒くさい。生きてたときのかたちであったもんは、肉のひとひら、髪のきれぎれ、すべて粉になって四方八方にとんでったのに、まだ、そんな傍らでくすぶっとる。納まる箱が無うなっとるのに、ぐにゃりもへたりもせんと、少しで目ぇ合わせたら、すぐに肩でも組んで「もう、ええかげん水に流そうや」って、明後日あさって向いた顔で一昨日おとといみたいなこと、平気で口にするやろう。


「ほんま、おめでたい」

 消し忘れの灯明を吹いて消すみたいに、ようけつばのまじった息が顔にかかる。

 お尋ねもんの口車にのって、「そうなんか、うち死んでもうたんか。終わってもうたのやから、構ってやることなんぞ、もう鼻くそひとつ残っておらんのか」と飲み込みそうななるのを必死にこらえる。こらえんと、本当にお終いになるのが確かな気がして、必死にこらえる。

 死人を無視するのが、お尋ねもののする最期の仕置なのだと、必死にこらえる。

「ほぉー・・・・えろう踏ん張っとるやないか。這いつくばろうとえがっても、掌の爪も足の爪も一本残らず残ってやせんのやから、血肉や骨はおろかゴマ塩ふいとった五分刈りのおぐしかて地面に1本も落ちてやせんのや。お前様がいままでったかたちは、お上も世間さまもどこを探したって見つかりはせんのや・・・・お前様ら男だけや、未練たらしく、そないに無うなった身体に執着しとるのは。・・・・・風も海からに変わったで、それにのって、西の方におるアヤのところへ行ったらエエ・・・・ほらほら、いつもどおり待っとるやないか。大きなお座敷の隅っこでいつもどおりの体育座たいくずわりして待っとるやないか」 

 

 夜の黒々が覆ってくると、竃の中だけに閉じた炎のあかあかチラチラが隙間から漏れているのが見えてきた。

 煙はまっすぐに昇って、空や天と言われる辺りで踵をかえるように西へと引きずられている。

  ー もう、いい按配あんばい白炭しろずみにかわったころや

 アヤの魂がそれに運ばれて西に渡っていくのを見てみろとかがんで背中しか見せずに竃の日の番に専念する炭焼き爺に徹したお尋ねものは、それより固まり何も発しない。

 お喋りを止めたおしゃべりは、糸を伸ばすようにぽつねんと本当の声でお喋りを始めてくる。

 やれやれ・・・・・こんな身体がうなった身になってまで・・あれが続くんのや。


 ・・・・・あんな小娘の口車にのって、ひとつしかない身体ほかしてもうて。えろう、もったいなかったなぁ。まぁ、お前様のようなダンナさんが年に一度は出てくるから、うちのご奉公も他のダンナさんと勘定がおうとるわけやから、無下むげにはできんけど。でも、ついこないだ、二人ほかしたばっかりやのに、こうも立て続けやと、やっぱり先の大戦おおいくさで天地ひっくり返ったんやもの、お婆ば様も「そろそろ、やろぅ」と商い換え考えてるかもしれんなぁ・・・・・・くわばら。くわばら。こんなこと欠片かけらでもお婆ば様の耳に入ってみぃ、うちなんかの何倍おっかないお尋ねものしとるダンナさんが、お婆ば様とおんなじじ顔かたちしとるダンナさんがうちをほかしにやってくる。もう二度とあそこに戻れんお前様でも、この話はここまでや。

 それよりなぁ・・・・・

 どないねんごろにほだされても、一晩過ぎたらお天道さん登ってくるやないか。ノビノビなんぞの高望みせんと手足ダルマの辛抱して、ほかのダンナさんと同んなじように奉公いっとったらよかったんや。

 あたま五分刈の前掛け半纏はんてん辛抱ダルマをちんちくりんなった身体に納めて、言いつけあったらすぐに地べた這いつくばって、へとへとンなって、玄米1合麦飯1合を菜っ葉汁と沢庵の古漬け3枚かっこんで、あとはせんべい布団にくるまって眠るだけや。

 眠ったと思ったらすぐに朝が待ち構えてる。

 夜なんてない。

 いい夢もわるい夢もない。


 満月をひとつも欠かさん海原うなばら・・・そこで眠っとる己れを想い浮かべてみぃ。そこに勝る穏やかな居場所なんぞ・・・ありゃぁせん。極楽浄土いうもんが、ほんまにあるんなら、そこやろ。

 ダンナさんになるいうのは、毎日毎晩の辛い奉公を辛抱して、1年に二度もらう藪入りのときの結城ゆうき大島おおしまった豪勢なつむぎきせてもろて飯茶碗いっぱいに銀シャリを頬張って真綿のいっぱい詰まった絹地のしとねで「ダンナさんダンナさん」言ってくれる女子にねんごろしてもらうことや、ない。

 むつみごとしながらも女子の爪は正確や。

 お婆様ばばさまの言いつけどおり薄くなった背中のモグラに「細ぅなったから、せんたしましょ」「薄ぅなったから、いろたしましょ」云うて、二晩の三度三度の銀シャリの溜まった腹の肉をごっそり背中に廻して盛り付けしとる。真っ黒な土中どちゅうでいつもせっせと穴ばかり掘っとるモグラをふたたび背負わせて二晩後には送り出さんといかんから、己れのもっとる穴という穴で押さえ込んだら両手両足の指という指みんな使こうて、きれひとつ巻かん汗みどろの四肢で朝を迎えるんや。いつもいつも奉公のあとの藪入りで久しぶりのダンナさんしとるのが男で、男がダンナさんしとる藪入りだけ奉公してあとの毎日ダンナさんしとるのがここの女子や。藪入りの間のそない土留色どどめいろしたモグラの爪の垢を煎じて飲ませてもろうたら再びのご奉公や。日が昇り、日がな一日地べた這いつくばって、日が沈んで夜なべ仕事で這いつくばって、誰もおらん真夜中に己れのせんべい布団にくるまって、一気に泥の眠りにくるまれる。

 

 それが男の極楽浄土や

 男の先にある穏やかさは、そないなところにしか置かれとりゃぁ・・・せん


 かまどに火が入れられた。

 勢いがついたところで、見覚えのある四肢がべられる。お尋ねものにこうしてかしてもらう前から先っぽは苔のついた朽ちかけた子葉のたぐいやから、肘膝ひじひざのグリグリんとこ使おうてエイッと筋に沿うて断ち切ってサワサワ湿っぽぉーしとるもんこそげ落としたら、日の落ちる前の少ぉーし弱ぉーなったお天道さんでもこむら返りさせりゃあ・・・・・火の勢いを落とすことない焚き付けの代わりくらいの用は足せる。

 それもまた、男のあがきいうもんかのぉ・・・・

 さっきまで己れであった腕や脚を眺めとったら、それが一番に出てくる。わざときたなよごしたいんは、離れてまでもまだ未練があるんか、それとも、すでに未練のうあきらめてしもうたから、はじめてを見るみたいな何か新しみもんを感じとるんか。

 この世に生を受けたんやから、生まれたのンと死ぬるときだけははっきりしとる・・・はずや。せやけど、生まれたいうのンも怪しいもんや。親が話すよるべしか頼るもんがない。はなす口は真実まことでも、それが事実まことなのかどうかはどこを探しても転がっとりゃせん。どないな親かて縁が切れんのは、そこらあたりと繋がっとんやろぅ・・・でも、死ぬるのは今の己れひとりのことやから、その時は多少のことがあってもしっかりと、そのことと対峙せんと。先の大戦たいせんの塹壕の中で、何度も念じてきたことや、訓練は出来とる・・・はずや。塹壕で5人おった仲間の五体ふっとんだあとの顔を見ると、それが出来たもんとそうでなかったもんの区別はあきらかや。


 ひとは、最期に己れの本性が現れるいうのんは、本当ほんまのことやな。 


 オレは、ちゃんとそのときを嚙みしめた顔して死ぬんや。そんときのための守り札しっかりと握って今日までのを永らえてきた・・・・はずや。

 そんなら、いまのオレはどうなってる。

 アヤに尋ねるわけにはいかぬし、お尋ねものにいたってはなおさらだ。結局、そろそろか、こんなものかと己れが見定めた処に始末するだけのことか。

 おのれのことやから、おのれしかよう決められん。そんな刹那ばっかしが続くんはやむを得んのやろぅ。他人に身体をかしてもらうようなスパッとしたわけにはいかんのや。

 それで、やっと・・・・もう、すでに、そうした処に差し掛かっている時分なのをしる。

 あとは、焚き付けするものののうなった竃にアヤをかすだけ。中の水を出して、カチカチの白炭に化粧するだけ。  


 「まぁーだ、グチグチしとるんか。もうええかげん、かんにんしてほしいわ」

 お尋ねものの声やない。女子の声や。アヤの声や。お前、死んどるんやないのんか。

 「しんどる?・・・・ふふふふ、ふふふっ、フン。なにほうけたことを、ダンナさん、お前様こそ、うちなんかより先にお陀仏されたやないか。氷水みたいな海からひねり出されたアンコウみたく唇に留め金放り込まれ、後ろ手に縛られた両手両脚まるたん棒につるされて、うちを白炭にする焚き付けの邪魔になる体液血液みんな抜かんといかんから、ごっつい畳針でぶすぶすゴスゴスされて、血だまりの水溜まりつくって、血だまりの水溜まりの鏡に映る片いっぽう抜かれた眼窩みつめて、火のついた赤子みたいな高っかい喉笛はらして泣いて、おっんだやないか」

 そんな出まかせ、うそやウソ。お尋ねものの腹話術ふくわじゅつに相違ない。あのアヤの髪の毛一本、くその詰まった大腸のすみの隅っここそいだかてそんな汚いもん一片いっぺんかて出てくりゃあせん・・・・死なせてしもうたから、放かしてしもうたから、あいつら、アヤを好き勝手にいじくりしとる。

「おめでたいなぁ、あいかわらず。つごうようできとるな、あいかわらず。・・・・おば様のダンナさんがうちをかしたあとうちの身体つこうて云わせとる云うんかぁ、そんならそないなふうにしておいたらエエ、それやったら我慢して前向いて聞いてくれるんやったら、それでエエ。

 先の大戦おおいくさでお前様がお上も世間さまにも背中を向けたように、うちはおっかんとお婆ば様に背中を向けたんや。そんなうちを連れ出して、こない遠いところまで一緒に来てくれたのは、ほんま、感謝しとる。ありがとう。せやけど、あんまりにもうちを別のもんに拵えるとるから、こそばゆい、気色悪い、そこだけははっきりさせてもらうわ」


 海にせり出すばっかりで、米はとれん芋はとれんこの瘦せた土地で獲れんのは、女子おなごばっかりやから・・・・・うちら女子おなごがしとるのは、カンカン照りにさらさされる岩肌と砂地しか知らん草がそばを通るカナヘビ見つけて、あんまりひもじいもんやから己れが草やったのもかしてしもうて、その細っこい前足後ろ足をツルでぐるぐる巻きしたら、裏っ返しして、白くて柔らかなはらを、そのカナヘビさえ一度も拝んだことない柔らかなモンを、柳葉の鋭い切っ先でエイッと一発や。

 そしたら、動かんなって、生餌いきえんなって、いつでもひもじい時に、指しゃぶるみたいにちゅっちゅ吸っておったらエエ。

 肥やしなんやから。うちら女子のために献身けんしんしてくれはるとうとたっといダンナさんなんやから。

 

 ここに生まれ落ちた女は、生まれてこのかた絹地と真綿で包まれとる己れの臥所ふしどん中で実の母様かぁさまとお婆様ばばさまにそないなたぐいを子守唄に混ぜて言い含められ飲み込んで茎を伸ばし葉っぱを茂らせて、女子おなごになる。すぐに臥所ふしどを女子になった血糊で染めて、それが村中に触れ回され、女子おなごのすべてがよってたかって家の中に入いり、折に包んだ赤飯だけやのうて土足のまんま打金ういかね鳴らしてどんちゃんどんちゃん這いずり廻るわけをしる。

 伸びるばかりやのうて膨らみを覚えたばかりの葉っぱの茂りが、いままでお前を拵えた腹いっぱいの銀シャリなのを、ぬくぬくの臥所なのをしる。


 ベンガラ染めの一輪挿しに生けられた牡丹やもの

 舐めた竹ひごで編まれた籠ん中のカナリヤやもの

 女の腹から堕ちてこのかたそないぬくぬくでうつつを過ごした女子やもの


 緞子どんすのべべよりも身体を絞る千手せんじゅの腕が、この村で現を過ぎた女子の腕が、縛ってくる。

 

 フジコさんが白炭しろずみになって帰ってくるまで、うちはそれに気づかんかった。縛られとるのに気づかんかった。おとなりさんの炭団たどんみたいに真っ黒クロスケのフジコさんは、あないな女子ひとやのに、ダンナさんようけ持って、身代しんだいようけもって、「女子おなごの膨らみいうもんは、お日様おひさんの高いうちは分からんもんやなぁ」って、うちのお母はんが唇の両端にかにみたいな白い小さなあぶくたてながら話しとるそないな女子やと、それ以上の関心はなんもないおひとやった。


    ー そない継子みたいなツルんとしたはなし、どの口がいいよるん。


 一緒に逃げたダンナさんのときの睦事むつみごとするフジコさんの肌が、一気に毛羽立ち、髪の毛一本はいり込まんピッチリの刷毛はけで塗りこめられてく感じが、伝わる。感じる。同んなじ甘露の水が喉に満ちてくる。

 

   ー お前さんが、うちのそれ、感じてんの、うちは、ずっと前から、知っとたんよ。


 白炭になったフジコさんはお喋りだ。きっと、ずっとお喋りやったのを、うちはずっと気づかんようにしとっただけ。


 お前さんはそういう娘や。そういう女子や。ここの女子のだれよりも悟いくせに、分からんふりしとる、気づかんふりしとる。己れにもそう言い聞かせて、賢い己れに幾重のおくるみ着せてだまし取る。

 ー 己れを騙すんが、いちばん賢いおひとのすることや

 

 月番の「おつとめ」で、白炭についた夜露を白布はくふで拭き取るとき、フジコさんの声はそこから始まる。はじめは責められてるように聞こえてその声が、いまではうちを分かった一番の声に聞こえている。

 「フジコさん」と声に出して呼んでみる。

 

 お前さんは、月番の白々しい格好で、白炭になったうちのすべすべしたとこ拭きながら、その中で濡れとった。ヤマモトさんがうちの中でこさえてくれた穴ん中、水から挙がったばかりのカワウソみたいにピタピタ光る千手の掌した観音さんのぎょうさんの腺毛がみっしりぎっちり固まって、その一本一本の先から穴の中のエエもんのおこぼれ拾うて、己れん中をぬぐうとった。うちがヤマモトさんとしとるの己れんなかに移して、ひとりなのも気にせんと、拭うとった。

 ダンナさんのときは違う、女子がひそひそ廻しあって見つけるツボを、お前さんは、ようやっと見つけた。女子やったら、どんな女子でもひとつもっとる穴や。すぐに見つける女子もおるし、今生こんじょうの間中みつけられん女子もある。見つけるのはその女子のやけど、拵えるのは女子ひとりでは手に入らんもんや。


 拵えてくれるおひとは、たったひとり。

 今生こんじょうにおいて、たったひとつ。


 それにめぐる合うかどうかを決めるのは、そのおひとやない。こさえてもらう女子の覚悟や。

 気づいたからゆうて、この村の女子おなごに生まれ堕ちた今生の中でそれを全うするんは、この身体をこの今生から切り離す覚悟が必要や。気づいておきながら、銀シャリで肥えた胃袋と絹地しかよう知らん肌合いのヌクヌク切り離して、白炭で戻ってくる先まで描いて尋常でおられる女子なんぞ数えるほどしかおらん。

 何もここに限ったことやあらへん、生まれ落ちたんが女子やったらどこにも転がっとるはなしや。ただし、この村に生まれた女子がそれを全うする己れに傾いたら、生き死にが、身体を剝がされる生半可やない熾烈しれつが、すぐ目の前に待っとる。

 せやけど、どれほど熾烈でもそれは特別なことやない。一度でも己れの身体に逢うてしまえば、次は代わってほかの女子の身体に真似の出来る、容易たやすいことや。

 バラして、かして、白ぅ固める。

 工程のどこかで、この身体が今生から剝がされる。そんときは目ん玉ひんむいた己れしか見えんでも、己れだけがこの世のすべての一番に可哀想に見えても、すぐに昔からぎょうさんあって、これからもそのぎょうさんが続いていって、「そないなもんか」と、天上から眺める冷めた己れがうそぶきよる。

 

 赤いすそひけらかして股の付け根のくろぐろ恥じらいながら飛び込えんとあかん高いもんなんて、何もないんや。


 ダンナさんよりほかのおひとに膝から上のもん見せたらアカンえって、炊き立ての銀シャリみたく口ん中の唾がこんもりする白いキラキラ見せたらアカンえっておっ母さんに口すっぽう言われても、ダンナさんかてほかと同じ顔の見えんおひとやもの。見せてエエおひとと見せたらアカンおひとに違うもんなんてあらへん。

 一度もお互い逢うたことないのに、ダンナさんらは仲良うしとる。

 藪入りで帰った夜のとの褥の中、ギラギラやガサガサの毛羽立ちもんみせんと、皆んな前の残り香いやがらんと己れの穴こしらえなおして、藪入りだけが今生の顔して、交合まぐあう。

 そんときの顔は、同んなじ顔や。

 夜明けの見る浅い夢と一緒で、見とるときだけ覚えとる同んなじ顔。ほかのおひとやないダンナさんの顔や。

 うちから切り離されたもんが、白の寝間着ねまきでそれを受け取り、粛々の両手で半返しする。その繰り返しが藪入りの夜えんえんつづく。

 いつか、身ごもり、女子を産んで、そののおっ母さんになって、その娘におなじことをさせていく。

 それの繰り返し、それがここの村、それがここの女子。

 けど、裾ひけらかして股の付け根のくろぐろ恥じらいながら飛び込えんとあかん高いもんなんて、何処にもないんやで。


 女子おなごかて人間ひとやのに、それに気づかんかった。

 口あけてくべられる肥やし待つだけの根っこの生えた草や・・・・ない。

 絹地のぬくぬく布団にくるまれたまんまの脚やない。肥柄杓こえびしゃくがきたかて黙ってあんぐり股を開く草なんかやない。糞のまんま臭いまんまと思うたなら、黙って口にすることないんや。

 

 好きなときに好きなもん食べたら、エエ。

 名前のないダンナさん待っとるだけの草なんかでないんや、から。


 歩いてみぃ

 己れの脚で歩いてみぃ

 その先にやいば尖らせるとる地獄の鬼が待っていようと、そないなもんの在りかさえよう知らん草のまんま朽ち果てるよりは、本望ほんもうやろ。

 手足きざまれ丸太んようになった身体を

 あぶられ、さらされ、くべべらて、

 何度も何度もうなった身体、いじくりまわされても、その横にピカリとも傷つかん魂があるんやから。

 


 ・・・・・た ま し い

 かまどの番しとるお尋ねもの以外、皆んなを口にした。アヤとフジコさんの声が一番やったが、女はふたりではなく、五人十人、いやもっと多くの、こだまのようなさざなみの揺り返しのへんにも遠くで埋もれたくぐもった声が輪をつくっている。

 そして、その傍らには男の声があった。

 相方あいかたの女に促され、その女の後ろから恥ずかしそうにそっと吐き出す息のような声だったが、きちんと一文字ずつ区切ったは重なっていた。

 声は女たちの背中越しだった。

 腰から下は女の股の中に沈み、その細い穴からいびつに生え出たブナの木のような上半身を持て余し、女の背中におぶさるように顔を埋め、それでいて苦しさ恥ずかしさよりも勝った悦びの痛痒いたがゆさを抑えた微笑みを髭のようにたくわている・・・・

 男たち。


 オレの性根のみえた安堵と幸せを携え、オレは消えた。

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こない瘦せた土地で取れんのは・・・・おなごばかりやからな 安部史郎 @abesirou

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