第6話
お尋ねものは
手慣れたものだ。
片方の目玉はとっくに外され、もう右目でしかものは見えないが、作業工程の進み具合は、逐一まっすぐ頭に上がってくる。
こんな状況でも、いままでの同じ日常を辿るように頭が働くのは、かえって不思議だ。
傍らのアヤの息は、とうに途切れている。
若くて業の少ない分、早く楽になれたのだ。
良かったと思った。この期に及んで、そんなあきたりの感情がまだ残っていたことに驚く。
アヤに比べて
誰に向かってというでなく気の毒な憐れみが浮かんだ。
そんなものが浮かんだら今度こそ最期の何かをもらえそうな気がする。淡々とお
もう
しかし、竃を築いて火を起こし
「どうしたね、お前さん・・・・目玉の
まだ気づこうとしないのか
まだ飲み込もうとせんのか
これだから男ってやつは面倒くさい。生きてたときのかたちであったもんは、肉のひとひら、髪のきれぎれ、すべて粉になって四方八方にとんでったのに、まだ、そんな傍らで
「ほんま、おめでたい」
消し忘れの灯明を吹いて消すみたいに、ようけ
お尋ねもんの口車にのって、「そうなんか、うち死んでもうたんか。終わってもうたのやから、構ってやることなんぞ、もう鼻くそひとつ残っておらんのか」と飲み込みそうななるのを必死にこらえる。こらえんと、本当にお終いになるのが確かな気がして、必死にこらえる。
死人を無視するのが、お尋ねもののする最期の仕置なのだと、必死にこらえる。
「ほぉー・・・・えろう踏ん張っとるやないか。這いつくばろうとえがっても、掌の爪も足の爪も一本残らず残ってやせんのやから、血肉や骨はおろかゴマ塩ふいとった五分刈りのお
夜の黒々が覆ってくると、竃の中だけに閉じた炎のあかあかチラチラが隙間から漏れているのが見えてきた。
煙はまっすぐに昇って、空や天と言われる辺りで踵をかえるように西へと引きずられている。
ー もう、いい
アヤの魂がそれに運ばれて西に渡っていくのを見てみろとかがんで背中しか見せずに竃の日の番に専念する炭焼き爺に徹したお尋ねものは、それより固まり何も発しない。
お喋りを止めたおしゃべりは、糸を伸ばすようにぽつねんと本当の声でお喋りを始めてくる。
やれやれ・・・・・こんな身体が
・・・・・あんな小娘の口車にのって、ひとつしかない身体ほかしてもうて。えろう、もったいなかったなぁ。まぁ、お前様のようなダンナさんが年に一度は出てくるから、うちのご奉公も他のダンナさんと勘定が
それよりなぁ・・・・・
どないねんごろにほだされても、一晩過ぎたらお天道さん登ってくるやないか。ノビノビなんぞの高望みせんと手足ダルマの辛抱して、ほかのダンナさんと同んなじように奉公いっとったらよかったんや。
あたま五分刈の前掛け
眠ったと思ったらすぐに朝が待ち構えてる。
夜なんてない。
いい夢もわるい夢もない。
満月をひとつも欠かさん
ダンナさんになるいうのは、毎日毎晩の辛い奉公を辛抱して、1年に二度もらう藪入りのときの
むつみごとしながらも女子の爪は正確や。
お
それが男の極楽浄土や
男の先にある穏やかさは、そないなところにしか置かれとりゃぁ・・・せん
勢いがついたところで、見覚えのある四肢が
それもまた、男のあがきいうもんかのぉ・・・・
さっきまで己れであった腕や脚を眺めとったら、それが一番に出てくる。わざと
この世に生を受けたんやから、生まれたのンと死ぬるときだけははっきりしとる・・・はずや。せやけど、生まれたいうのンも怪しいもんや。親が話すよるべしか頼るもんがない。はなす口は
ひとは、最期に己れの本性が現れるいうのんは、
オレは、ちゃんとそのときを嚙みしめた顔して死ぬんや。そんときのための守り札しっかりと握って今日までのを永らえてきた・・・・はずや。
そんなら、いまのオレはどうなってる。
アヤに尋ねるわけにはいかぬし、お尋ねものにいたってはなおさらだ。結局、そろそろか、こんなものかと己れが見定めた処に始末するだけのことか。
おのれのことやから、おのれしかよう決められん。そんな刹那ばっかしが続くんはやむを得んのやろぅ。他人に身体を
それで、やっと・・・・もう、すでに、そうした処に差し掛かっている時分なのをしる。
あとは、焚き付けするもののの
「まぁーだ、グチグチしとるんか。もうええかげん、かんにんしてほしいわ」
お尋ねものの声やない。女子の声や。アヤの声や。お前、死んどるんやないのんか。
「しんどる?・・・・ふふふふ、ふふふっ、フン。なに
そんな出まかせ、うそやウソ。お尋ねものの
「おめでたいなぁ、あいかわらず。つごうようできとるな、あいかわらず。・・・・お
先の
海にせり出すばっかりで、米はとれん芋はとれんこの瘦せた土地で獲れんのは、
そしたら、動かんなって、
肥やしなんやから。うちら女子のために
ここに生まれ落ちた女は、生まれてこのかた絹地と真綿で包まれとる己れの
伸びるばかりやのうて膨らみを覚えたばかりの葉っぱの茂りが、いままでお前を拵えた腹いっぱいの銀シャリなのを、ぬくぬくの臥所なのをしる。
ベンガラ染めの一輪挿しに生けられた牡丹やもの
舐めた竹ひごで編まれた籠ん中のカナリヤやもの
女の腹から堕ちてこのかたそないぬくぬくで
フジコさんが
ー そない継子みたいなツルんとしたはなし、どの口がいいよるん。
一緒に逃げたダンナさんのときの
ー お前さんが、うちのそれ、感じてんの、うちは、ずっと前から、知っとたんよ。
白炭になったフジコさんはお喋りだ。きっと、ずっとお喋りやったのを、うちはずっと気づかんようにしとっただけ。
お前さんはそういう娘や。そういう女子や。ここの女子のだれよりも悟いくせに、分からんふりしとる、気づかんふりしとる。己れにもそう言い聞かせて、賢い己れに幾重のおくるみ着せてだまし取る。
ー 己れを騙すんが、いちばん賢いお
月番の「お
「フジコさん」と声に出して呼んでみる。
お前さんは、月番の白々しい格好で、白炭になったうちのすべすべした
ダンナさんのときは違う、女子がひそひそ廻しあって見つける
拵えてくれるお
それにめぐる合うかどうかを決めるのは、そのお
気づいたからゆうて、この村の
何もここに限ったことやあらへん、生まれ落ちたんが女子やったらどこにも転がっとるはなしや。ただし、この村に生まれた女子がそれを全うする己れに傾いたら、生き死にが、身体を剝がされる生半可やない
せやけど、どれほど熾烈でもそれは特別なことやない。一度でも己れの
バラして、
工程のどこかで、この
赤い
ダンナさんよりほかのお
一度もお互い逢うたことないのに、ダンナさんらは仲良うしとる。
藪入りで帰った夜のうちとの褥の中、ギラギラやガサガサの毛羽立ちもんみせんと、皆んな前の残り香いやがらんと己れの穴こしらえなおして、藪入りだけが今生の顔して、
そんときの顔は、同んなじ顔や。
夜明けの見る浅い夢と一緒で、見とるときだけ覚えとる同んなじ顔。ほかのお
うちから切り離されたもんが、白の
いつか、身ごもり、女子を産んで、その
それの繰り返し、それがここの村、それがここの女子。
けど、裾ひけらかして股の付け根のくろぐろ恥じらいながら飛び込えんとあかん高いもんなんて、何処にもないんやで。
口あけてくべられる肥やし待つだけの根っこの生えた草や・・・・ない。
絹地のぬくぬく布団に
好きなときに好きなもん食べたら、エエ。
名前のないダンナさん待っとるだけの草なんかでないんや、から。
歩いてみぃ
己れの脚で歩いてみぃ
その先に
手足きざまれ丸太んようになった身体を
何度も何度も
・・・・・た ま し い
そして、その傍らには男の声があった。
声は女たちの背中越しだった。
腰から下は女の股の中に沈み、その細い穴から
男たち。
オレの性根のみえた安堵と幸せを携え、オレは消えた。
こない瘦せた土地で取れんのは・・・・おなごばかりやからな 安部史郎 @abesirou
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