第5話

 今日で1ひとつき過ぎるが、追っ手の気配はひとつとして及んでこない。

 村を抜け、闇夜を手に手をとりあって山道を駆け出していたときは「抜け忍」が待ち受けるおどろおどろを覚悟していたが、に掌をとった二人だけがの気配におびえるばかり。誰ひとり関心を向けない毎日がこうも続くと、それを戒める脅しだけだったかと、興覚きょうざめさえ浮かんできそうになる。

 そう考えると、あの炭団の女の見せしめとてミイラに似せて飾ってたのはただの白炭しろずみなのかもしれない。大戦おおいくさが終わったあとも、おかみ世間様せけんさまをいままでどおりたぶらかそうする婆さんたちの代々のだと考えれば、いちおうは筋は繋がる。

 

 横のアヤは眠っている。

 すやすやの寝息さえ立てている。絹地の真綿の布団に包まれていた身からは、屋根がかかり畳は貼ってあるとはいえ布団一枚かからぬ寝は辛かろうと思うが、人肌が伝わり安心するのか寝息に乱れはない。

 アヤのは、逃げたときからだ。

 闇夜が切れて朝日が昇り、身を隠そうと野道のみちからも少し離れたお堂を見つけ、入って周囲を確かめている間に眠っていた。疲れが、緊張が、糸のようにほぐれわれしらず眠ってしまっていた。その時も、ほつれ毛が、かよわい、かれんな娘のかたちを崩すことはなかった。

 が、そうした小道具は頼まれもしないのに勝手に作った男の妄想だ。女というものは、覚悟さえ出来上がれば、毎日をきちんと生きていく生き物なのだ。

 が消えると、名前だけの旅館にすし詰めされたお客たちのざわざわした話し声は闇が吸い取ったように消え失せる。金子きんす狙いの枕探しまくらさがしに合わないよう、持ち合わせをしっかり胸に抱いておけば、街外れのお堂の中などより安全なのがようやく分かるようになった。


 街には、いまだ混沌は続いている。

 土ぼこりに混じり、すでに消えた消炎がいつも鼻の奥をくすぐってくる。爆弾や銃弾で互いの絆や鎖で繋がれていた多くの男と女が解き放たれたためだろう。その後に出来た世間から身を隠す事情の男女は、そこかしこにたむろしている。それでも、誰もが消炎の匂いを鼻の奥に抱いてるから、懐のお宝おたからに関心はあっても他人の事情に関わりあういとまはないのだ。見えない相手に追われる身の上にはそうした視線で覗かれないのはありがたかった。

 ひとも街もまだかしいでいる、そう思った。


 「代々の婆さんたちの浅知恵」と誤魔化し、うそぶき、拭き消しても、すぐに見えない追手の顔は近づいてくる。

 それは、いつもお喋りで、山仕事する男たちに疎んじられていた「お尋ねもの」だ。

 白髪の混じった女のように小柄で華奢で年長の「お尋ねもの」だ。

 己れの言いたくないこと思い出したくないことに近づくのを皆んな嫌がるのを知ってるくせに、何も零さずに帰ったことのない「お尋ねもの」だ。「あいつには気を許すな。話の半分はつくりものだから」と、兵営で上官に漏らせない秘密を回すときの、男たちの沈んだ熱気を呼び起こす「お尋ねもの」だ。

 それと繋がる脈絡はどこにもない。「お尋ねものが追っ手はおかしい」といくら嘯いても、その顔は譲ってくれない。

 そして、思い出さなくてもいい「お尋ねもの」がしたお喋りばかりを思い出させる。暑い暑いと零すのを口実に、お尋ねものはすぐに上半身裸になった。ここの男たちは皆んな背中に女の掌で拵われた彫り物を背負しょわされているから、それをわざわざ見せびらかすような真似はしない。なかには、女との睦ごとむつみごとが不慣れなため女の掌が十分に行き渡たらず、ダンナさんになってもこさえる途中の下絵に毛の生えた間抜けなモグラの男はなおさらだ。なのに、お尋ねものだけはそれをお喋りの口開けにしようと見せびらかす。


 女子おなごを連れ去らぬこと

 女子おなごを裏切らぬこと


 下手なモグラの絵の横に、指で書いた文字と分かる言葉が二つ並ぶ。「こんな真似はあの女ひとりの浅知恵でできるこっちゃネぇなぁ・・・・女子おなごみんな声かけて、寄ってたかった強力ごうりきで、肌の下どころか肉や骨の髄に届くまで深く深くを潜らせて刻みやがった・・・・・まぁー、言いようによっちゃぁそこまでされるっていうのは男冥利おとこみょうりに尽きるってもんだがねぇ、へへへぇ・・・・・なぁー、なじんじまえば、こうした身の上も案外に悪くないもんだよ。これは、ほんと、ウソっこひとつ混じっちゃねえゼ」

 お尋ねもののウソの混じってない本当を語ったのはこのことだけやもしれぬと、懐に畳んだその声を再び読み返す。タコ部屋の十重二十重とえふたえの寝息はやぶ蚊のようにぶんぶん唸っていたが、アヤの寝顔と寝息が横にあれば、読む声のジャマにはならなかった。



 おかみと世間からお尋ねものになったオレは、何処どことも誰とも繋がるを持てずにいた。逃げてるときはたったひとつの命を抱えるように必死でいたから、そんな先のことまでは気にもとめなかったが、立ち止まってみると、たったひとつの命といったって、そんな大事に扱うのはオレひとりしかいないわけで、だれも関心を寄せていないと分かれば、世間様の勘定できないほど転がってる他のもんと大差ないって思えてくる。柵の中に寄せ合って暮らす羊の群れにポーンと投げ込めば、どれが自分なのか自分ですら探せない。そうゆうことだ。

 オレは、この例えが好きだ。気に入っている。自分でもどうしてこんなうまいモノを見つけたのか自慢したくってウズウズする。それは、ダンナさんになった今も変わらない。

 カネ持ちになりたい

 イイ女を抱きたい 

 ヒトの上に立ちたい

 オレの名をとどろかせたい

 もう、続かない。いちにぃさんと4っつだけ。若い時分はもったあったかもしれないが、指を折っていっても小指は立ったまま、余ってしまう。どんなに強欲なヤツだろうと、両手両足ともばたつかせるくらい勘定が大変なんてことはあるまい。胃袋がひとつに決まってる以上、そこに納まるなんて知れている。

 わけ知りの年寄りクサさに傾くじゃないが、疲れるだけの虚しいだけのひとり相撲をとるのに、もうほとほと愛想がついてしまった。軍隊あそこから抜け出したのだって、「辛い」の「苦しい」の何かが刺さり痛さがたまらずってわけじゃなかった。むしろ、刺さったあとのタイヤがスカスカ抜けていく。そんな虚ろで濁ってく気分の悪さに、反吐へどが出るほどいたたまれなかった。


 本当ほんまに、このむら辿たどり着いたはじめっから、そんな線香くさい心根こころねやったんやろうか・・・そこまで定かやないにしても、こうしてしとねもぐって引っ付きっこして、背中にこげ茶のモグラ群青のモグラ刷り込んでもろて、それだけやとまだまだ懲らえしょうないからと、はじめてのご奉公で戻った晩に両の肩を押さえつけられ「裏切らぬよう」を右肩に、「連れ去らぬよう」にと左肩に、爪先で何度も何度も、いましめ、きざまれ、そんなおのれの身の上がいとおしゅうていとおしゅうて・・・・・こんな身の上でも身体でも、見捨てんと、ご奉公いったら「ウチらの食い扶持ぶちはこんでくれる大切な大切なダンナさん」やって、井戸端のダンナさん自慢する女子の輪の中でも「うちにはダンナさん8人おる」「うちは3人やけど、どのおひとも奉公先で銭を使わんでようけ持ち帰ってくれるダンナさんばっかりや」と、身代しんだいあかし竿さおの数やくらの数を自慢するみたく話してくれよるって

 柵の中に放り込まれた家畜なのは、軍隊あそこここも一緒やけど、己れから入って安堵あんどのぬるま湯に首まで浸こうてるとこは大違いや。いずれは、放り込まあれた身の上やモノ、隠れた肉食にくじきにされるのは決まっておっても、シッポを上げたり垂らしたりに神経を使う毎日からサヨナラ出来てるンは、大違いや。

 ・・・・・・死んでもうても屍肉しにくを食われんのは、ヒト様ばかり。荒らされんように火をつけて燃やされ、煙になって登っていける。けど、どこも食われん綺麗な屍肉しにくで死ねるのは女子おなごだけ、や。

 男は、あかん。

 みんな食われとる。

 生きてるうちに食われとる。

 死んだころは、もう、カサカサや。

 生きてるうちに食いちぎられ、逃げるために食いちぎらせ、あちこち皆んなぼろぼろンなって、野垂れ死んで雑木林に仰向けになったまんまのけぞっとる男の屍肉しにくなんぞ、賢いハゲタカやったら「毒、食らわすんか」って、顔をそむけよるわ。「もうすぐ屍肉しにくになり果てんや」と、目の前にぶら下がってくるに従い散らしていった年寄りならまだしも、まだまだ身体に収まらん欲の塊を抱えたまんまが口やら耳やら尻の穴から噴き出し零れた脂で汚れた男の屍肉しにく、こんなドロドロ食ったらいっときの足しになっても腹が下るどころか毒が回って身体ごと乗っ取られてしまうて。

「くわばら、くわばら」云うて、ひとつ覚えの念仏唱えてどこぞの高いお山まで逃げていってしまうわ。

 

 ドロドロない女子の死骸はきれいなもんや。白炭になって戻ってくる女子の死骸は皆んな抜けて、本当ほんまほれぼれする。如来にょらいに従う菩薩ぼさつさんか断髪した禿かむろさんみたいや。同じ顔して並んで、かつらの断髪脱ぎ捨てて、さっき剃ったばっかりのツルツルあたまコっつんコっつんぶつけた高貴なお声明しょうみょう、天高く昇ってくんがよう見える・・・・・ご奉公先の夜なべ仕事みんな終わらせて、「あんた、ほんまに気張ってくれるなぁ」って本当もんの旦那だんなさんと女将おかみさんに褒められて最後のせんべい布団に潜ったあと、、そのことを思い出す。そのお姿を思い浮かべる。

 しゃぼん玉に変わったお声明の中に、小さい仏様が眠ってるんねん。ツルツルあたまになる前のキュッと結い上げておったときの御髪おぐしの中に隠しておった仏様。ご奉公にゆく前の晩、おばあちゃんが銀でできた5円玉をつぶしてこしらえてくれた仏様。

 なくさんよう、御髪の中に入れて隠しとくんやでぇ

 辛ぅなったら、誰もおらん暗がりで拝むんやでぇ

 そんでも、どうしても我慢できんほど辛かったら、潰して銭にもどして、好きなもんに変えるんやでぇ・・・・・ 

 その声聞くのんが、の、いちばんの、しあわせや。


 いえに帰ってダンナさんでおるときは、心の声から切り離されとるオレを使うけど、ご奉公先ではそのまんまので通しとる、済ませとる。

 可愛かぁいらしいやのうても、イガグリ坊主の小僧さんでのうても、あたまどころか下の毛にも白いもんが混じったオッサンにしか見えんでも、言いつけもろうたらすぐにぺこんとそのタワシみたいなごま塩あたま下げて「うち、やります」って、一目散や。そんなのばっかりで毎日過ごしてみぃ、ドロドロどころかカサカサしたもんまでとれて、ゆで卵むいたツルンの顔にむけてくるで。


 むらに戻って、うちに戻って、ダンナさんに戻っテ・・・・・・ダンナさんにしてもろた女子おなご大島おおしまだの結城ゆうきだののつむぎを着せ替えみたいにキュッきゅっキュッきゅっとっかえひっかえ着せてもろテ、キュッキュッしたそのべたべた手を引っ張りつづける口実にわざと小っちゃいお茶碗にした銀シャリのごはんつぶ零さんよう何度何度も口から口によそおてもろテ、もうとっくにのに、やっとやっと待ってたもんを頬張るみたいな顔で、しれっと「やっと日が暮れた。闇夜になった。なごぉう我慢して離れ離れやったもんが繋がる、極楽浄土のほとけさん拝んどる本当ほんまもんの・・・・・」とほくほくの気の詰まった身体で先に温めてる絹地の布団の中で抱いてあげて抱いてもらう・・・・「翌朝からの山仕事にくまつくって送り出さんとほかのダンナさんに恥ずかしいやないの」の口でめ廻されしごき廻され、奉公先のせんべい布団じゃズーっと穴倉に潜っておった背中のモグラ・・・・・、

 ずるり引っ張り上げて、一晩吊るして、・・・・・なぐさみものにされる。


 そないな歓待を受けた翌朝に、こやしおけ担げんどころか焚き付け用の枝拾いも出来ずに切り株にぐったりのダンナさんをからかうのが、の役回りや。

「げんこで殴られたみたいやないか・・・・・その両の目まっ黒やでぇ。ゆンべはそうとうな乱闘やったらしいな」

 正直な舌なめずりの音たてんのは、うちだけや。ほかのダンナさんはロバみたいに耳ばっかり立てとる。 

「はじめての禿かむろさんが、紅と間違えて真っ黒のお歯黒、目元にさしたみたいな寝化粧ねげしょうみたいや。ゴマ塩ふいてる五分刈りとようけ似合ってるで、ジイさん」

 エエ齢したオッサンが、そないめ廻されしごき廻されたのを見つけると、うちは真っ先にチャチを入れる。

 そないカサカサした年寄りの身体さらして、よう頑張ったな、よう気張りんさったなって。ぶするアマノジャクのネチネチで鞭くれてやるんや

 それが、ねちっこいお尋ねものの役回りやからな

 役回りのせいに出来るから、心根こころねでやってるもんやないから、どんなえぐいもの言いかてなんぼでも言えるワイ


 うちばっかりが、どこの奉公先も持たんとダンナさんやっとるって思うとるやろぉ。それは違うでぇ、奉公先を持たんダンナさんはダンナさんやないからなぁ。山仕事ひとつにしても、いっつも顔の代わるダンナさんばっかりやと何かと不便やろうから、「目先手先めさきてさきのきく男衆おとこしの手ひとつくらいいるやろう」って、紋付きの婆ぁ様にを奉公先にしてもろたん・・・・・・中には「いっつも紋付き着とるいちばんの年かさの婆ぁ様が、お前様のええ女子なんやろう」って陰口するおひともあるが、どっちも半分しかあたっておらんのぉ・・・

 でも、・・・・・半分は当たっておる

 なんで、お尋ねもんて呼ばれとるか、教えたる

 兵営あそこから逃げてきたんは本当ほんまやけど、そればっかりやないでぇ


 ・・・うちなぁー、掌に掌をとって逃げ出した男と女捕まえに行くのがご奉公や


 打擲ちょうちゃくして、女子おなごを連れ戻す。連れ戻すゆうても女子おなごやったかたちを持ってくればエエだけやから、捕まえたその場で行う仕置きはどっちも一緒やから、違うのはやったあとの後片付けがだけやから、男の方も女の方も受ける報いに大した大差はないけどな。

 寄り合いで、真ん中で、一等立派な紋付きにくるまっとり丸んまるで小んこいあの婆ば様がうちをダンナさんにしてくれた。ほかにどんだけダンナさん拵えたんか分からんが、いまは、うちだけがダンナさんゆうことになっとる。


 ・・・・・男衆おとこしは、ダンナさんは、・・・・お前様おまえさまおひとりやから・・・・


 絹地の布団の一等柔らかなもんで首締めて昇っていくふわふわした中、何度も何度もそのこと、地の声やのうてベロの先からダンナさんになっとるうちの耳のおく流し込んでいくねん。

 うちなんかよりも腹黒い。

 性悪しょうわるや。

 うちの素性と性根しょうね見抜いてまたぐらつかんで一発でものにしたんやもの。お前様の背中にはモグラは描かんでもエエゆうて、首から上はあない乾いたしわくちゃやのに紋付き脱いだら生娘と変わらん上新粉じょうしんここさえたしんこ餅みたいなちちすりつけながら、耳の奥の奥ん中に、割ったばっかりの樽酒たるざけにひしゃく突っ込んでトクトク注ぐみたく・・・・囁くんやからなぁ


 ・・・・・・・じゃの道はへびゆうことやなぁ

 

 真っ暗闇で見えんけど、きっと真っ赤のべにさしたくち口蓋こうがいの付け根までパック割って、蛇の舌なめずりして、その糸みたいに細っそい半眼にしぼめた目ん玉グリグリさせて云うてはるんやろなぁ 


 こんどは、アヤが寝返った

 月番のくせに、付けたばっかりの新しいダンナさんたぶらかせて

 掌に掌をとって、うちんとこから出ていった

 早うぉ追いかけんと、街の中に消えてしまう

 先の大戦おおいくさでなんもかんも焼け失せてバラックばかりの街やけど、逃げ込む処だけは仰山ぎょうさんあるからな。

 穴倉あなぐらだけの街やから、隠れる闇だけは仰山ぎょうさんあるからな。

 

 ダンナさん・・・・・お尋ねもんのダンナさん。うちん中のぬくぬくにもぐってばっかりおるとドンドンあの二人遠くへいってしまうでぇ・・・・そないにかすんやったら「よぉ締め付けて引っ付いとるそっちのひざをどかさんかい」ってかねぇ・・・・そうやないやろぅ。ダンナさんが、ダンナさんのもんがいつまでも硬いまんま奥に詰まって「出ていきとうない」って駄々こねて、隠れモグラみたいに潜りこんで締めとるんやないかぁ、云うとることあべこべやないかぁ・・・・聞こえんなぁ、もうちっとっきな声で云うてみんなせぇ

 ・・・・・・離れられん。離れられんってかぁ・・・離れられんのは、婆ぁばの身なりに隠れとったを見抜いて、くっつきよったアンタさんが悪いんやろぉ・・・・ううん・・・そんな業のかたまりのアンタさんをダンナさんにこさえたうちの方が悪党や云うんか。

 そうや、うちは悪党や、ダンナさんに養ってもろうてぬくぬく生きとる女子おなごたちの、そのまた生き血をすっとる悪党や。こない仰山ぎょうさんの名無しのダンナさんはイヤやからと好いとるおひとはひとりやと、掌に掌をとって逃げた二人をとっ捕まえ、打擲ちょうちゃくし、命とって、命とったあとも男の方はこないな真似がおかみと世間さまのどちらに顔向けても金輪際なかったように跡形のうなるまで粉々こなごなにして、女の方は、シラカンバの白炭みたくカンカンの硬いミイラに拵えて、もう節穴にしか見えん目ん玉とおくち女陰おそその穴におんなじ灰色の綿毛つっこんでくるんだ風呂敷小脇ふろしきこわきに抱えてすたこらサッサで持ち帰り、その月の月番の女子にもりさせたる。


 お前ら親娘おやこもそんな気配みせたら、こないなるんや・・・・


 銀シャリのおまんまも温かですべすべの真綿に絹地の布団も、紅さして綺麗に映っとるエエ女子おなごはんも、ひとりやないたくさんのダンナさんが奉公先で地べた這いずりまわってれとるからや。年に2度の藪入やぶいりの5日と5日ここに戻ってダンナさんやってくれるだけを楽しみに、神輿みこしに乗ったうちら女子おなごを延々とかついいでくれとるやないか。


 どこぞに文句悪態もんくあくたいの生まれるところなんぞなかろう

 そないな罰あたり、鼻の先に一片でも浮かべてみぃ

 うちのダンナさんが、すぐ飛んでくるんやからな


 それを、忘れんとき。

 白い粉ふって、緩みそうな頬っぺ、ぴしゃりぴしゃりや

 月番の女子おなごをピシャリピシャリや 

 その母御ははごをピシャリピシャリや 

 見世物みせもんみたいにとぐろ巻いて木戸銭も払わんとうちの打擲ながめとる女子どもにも鞭くれたる。

 

 汗のぐっしょりで半端巾はんぱぎれになり下がっとる襦袢じゅばん腰巻こしまき拭ぐって、脱ぎ捨てて・・・・・黒紋付き一枚のほうけた女子おなごの股の黒々、どこの男さんの汗ばんだ息も掌も掛かっとらん茂みなんやからと、鞭あてながら、女子みんなに、見せたるん。

 まだまだ男を知らん若い娘とおんなじやって、うちのイイ人男のてぇが触れよらんふさの弾けとらんお乳やってゆらゆらツンツンさせて、鞭のあてよる女に見せたるん。


 お婆様おばばさまごうは女子の業やから綺麗なもんや。若い女子と変わりゃせん。うちのため、ずっと大事に取っといて呉れたんやもの。そないに大切にしておったのやもの。それをひとつも惜しまんと、皆んなうちに呉れはる。うち、どんなにお腹の中、はち切れんほど一杯になっても、くそ垂れて反吐へどはいての汚らしい豚になり下がっても、それ、皆んな、飲み干してあげるねん。

 お尋ねもんしてる最中に、打擲の最中に、おかみ世間様せけんさまに捕まって、つつかれ、どつかれ、廻されて、「腹の中のもん皆んな吐き散らせ」言われて、よってたかって「石もう一枚、抱かせまヒョウ」「火箸ひばし真っ赤におこして、お喋り忘れた舌に刺してやりまヒョウ」と囁かれ、囁きどおりに潰されて、最後の最後に腹さかれて、内臓なかのモンみんな引き出され、カンカン照りのお天道さんに乾いて瘦せた屍肉しにくが日干しレンガみたく硬うなっても、

 

 うち・・・・お婆様ばばさまから言いつけられたお尋ねもんのご奉公のこと、おかみにもせけんさまにもなにひとつ零したりせんから。




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