マント

 貴族風の男は不機嫌そうに書斎に入ると、手に持っていた書類を机に叩きつけました。そして執務用の椅子に腰を下ろし、散らばった書類を忌々しげに見つめます。


(何が凶作だ!怠け者共の言葉を真に受けおって――そもそもアイツらも税収の上前をはねてるに違いない!くそっ、どいつもこいつも!)


 男の背後にあるカーテンが静かに揺れます。


(密告制度もうまく機能せんようだが、恐らく農民とアイツらがグルになってるんだろう……なんとかして証拠を掴んで)


 大きく椅子にもたれ掛かった瞬間、男は何者かに口元を押さえられました。


「んんっ?!」


 首元に火傷のような痛みを感じると、男は二度と言葉を発することができなくなりました。


 

 暗殺者はダガーの血を拭き取ると、侵入に使ったロープを伝って庭へ降り、足早に屋敷をあとにしました。


 風のように農村内を駆け抜け、やがて郊外にある粉ひき小屋まで到着すると、暗殺者はその中へと身を隠しました。


「――流石だな、アニマ」


 窓の外から別の男の声が聞こえます。アニマは別段気にすることもなく羽織っていたフード付きのマントを脱ぐと、床に置かれたボロボロのバックパックに押し込みました。


「カネは袋に入れておいた。ご苦労さん」


 その言葉を最後に窓際から男の気配は消えていました。


 アニマはバックパックをあらためることもなく外に留めてあった馬に跨ると、月明りの下、粉ひき小屋をあとにしました。



 アニマが街に到着したのは早朝でした。


 入口付近で訳知り顔の男に馬を託すと、アニマは街の中心部に向かって歩き始めました。


 しばらく歩いていると、アニマは家の窓から呼び止められます。


「ブラコンじゃない。こんな早朝にどうしたのさ?」


 声の主はカミラでした。


「こりゃ、アネさん。お早うさんです」


 ブラックコンドルはいつも通りの卑屈な笑みを浮かべた。


「なーに?また賭場からの朝帰りかい?少しは真面目に働きなさいよ」


「ヘへへっ、アネさんにはかないませんや」

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