第2話



 

「手続きはこれで完了です。分かっているとは思いますが、問題を起こさないように」


 心底めんどくさそうに悪態をつくのは旗野という男性教師だ。黒縁眼鏡を携え、ネチネチと皮肉というその様はいかにもといった様子だ。


「もう帰っていいですか?」


「いえ、隣の部屋にクラス委員の学恋さんを待機させています。校内の案内は必要でしょう。それが済めば、今日は帰宅して結構」


「そりゃどうも」


 数分後、溝畑と同じく六堂の制服を身にまとった女子生徒が入室してきた。彼女は旗野と二言三言会話を交わした後、彼が部屋を出ていくのを見送った後、溝畑に挨拶した。


 「こんにちは。わたし、学恋雛乃と申します。よろしくお願いします」


 礼儀正しい生徒のようだった。制服の着こなしや話し方から常日頃から立ち振る舞いに気を使っていることが伺える。短めのベージュの髪は綺麗に整えられていて、黒を基調とした六堂学園の制服と相まってメリハリのある綺麗な印象をうける。


「学恋? 学恋財閥か?」


「ええ。といっても後継者は姉の方ですけれど。それよりも、行きましょうか。溝畑さんもなるべく早く済ませたいでしょう?」


「話が早くて助かるよ」


「では、行きましょうか」


 放課後からしばらく時間が経っていたこともあり、校内に残っている生徒の数は少ない。教室棟、実習棟、食堂など主要な教室を回っていく。その間、二人の会話は少ない。時々学恋が業務的に必要事項を述べるだけだ。


 校内を見回っている間も溝畑はすれ違う生徒の表情が気になった。全員が、というわけではないがほとんどの生徒が心ここにあらずといった状態でどこかおぼろげだ。


 他の生徒達がいなくなったタイミングで溝畑は学恋に切り出した。


「さっき正門で生徒がなんか喋ってたが、この辛気臭い雰囲気と関係あるのか?」


 溝畑の前を歩いていた学恋の動きがピタリと止まり、彼女は大きなため息を吐きながら彼に向き直った。


「先生から聞いてないんですか? 学校が始まってすぐの全校集会のことです。突然学長から六堂学園の廃校が通達され、来年の三月いっぱいをもってこの学園が廃校になると、そう告げられました」


「廃校?」


 溝畑は学恋に詰め寄ると普段よりも荒めの口調で問いただす。学恋はビクリと身体を震わせ、溝畑と距離を取る。


「趣味の悪い冗談はやめろ」


「突然の通達でわたしたちも困惑しています。学長が上にかけあったみたいですけれど、国家政策上の都合という事で詳細は話して下さらないみたいで」


「・・・・・・最高だな」


 能力が発現したものが皆能力者になれるとは限らない。国家によって認可された学校に通い、試験をパスし国からの承認を受けなくてはならない。自動車運転免許と同じだ。能力を使うのにも国による許可がいる。


 何らかの理由で能力を手放す者や、学校へ入学できなかった者、退学させられたものは一切の能力の使用が禁じられ違反した場合は重い刑罰が与えられる。中にはそれを承知で能力を利用した犯罪に手を染める者もいるが、能力を失った後は非能力者と同じように普通の人生を送る。


 この事は能力者非能力者問わずだれもが知っている自明の理だ。門前ですれ違った六堂生が一様に沈んだ顔つきだったのにはこういう事情があったわけだ、と溝畑は合点がいった。




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