能力バトルはインクの染み

@kokunoyutu

1章 仲間を探して

第1話 

「忘れ物は無い?」


「ああ」


 靴紐を結びながら溝畑才志は呟いた。隣に無造作に置かれたリュックサックを手に取り、立ち上がると朝特有の倦怠感と軽い吐き気に襲われる。


 三か月の自宅謹慎は肉体的にも精神的にも溝畑を苦しめた。彼の身体全身が重く、気分も沈んでいた。まるで音楽発表会当日を迎えた小学生のようだった。


 それでも気丈にふるまわなければならない。これ以上、両親に迷惑や心配をかけるわけにはいかなかった。


「才志。分かってるとは思うけれど・・・・・・」


「ああ。分かってる。大人しくする。簡単な事だ」


「そうじゃなくて・・・・・・。無理しないでいいから、辛くなったら帰ってくるのよ」


「・・・・・・行ってきます」


 ドアが閉じられると女性の背後からひげを蓄えた四十代ほどの男性が現れた。


「あいつは、行ったか?」


「ええ」


「大変だろうが、こればっかりはな」


「でも、納得いかないわ。あの子は、正しい事をしたはずよ」


「国はそういうのに敏感だからな。ただでさえ能力者の扱いには常に疑問符が付き纏う時代だ。・・・・・・六堂学園か。俺もよくは知らねぇが、あまりいい噂は聞かねぇな。変な事に巻き込まれなきゃいいんだが」







 交通機関を乗り継ぎ、直通の列車で1時間ほど揺られた後、溝畑は総合運動都市に到着した。


 総合運動都市は能力者の住みやすい街を目指して海上に結設された超巨大な人工島であり、能力者育成を行う能力開発学園群もおかれている。溝畑が転入する事となる六堂学園もそのうちの一つだ。


「痛えな。くそ」


 溝畑は大きく伸びをする。いくら海の上にあるとはいえ内陸部まで来ると潮の匂いなど微塵も感じない。


 彼にとってこの場所は新鮮味や驚きを感じさせるものではない。一年前、初めてここに来た時は希望に満ち溢れていた。しかし今は違う。問題を起こし僻地へと飛ばされた。落ち武者というたとえが似合う。先行きは芳しくない。


 彼の来ている制服はもうかつての一条学園の物ではない。他の生徒が羨むような名声もいまや過去の残骸になり果ててしまった。


 重い足取りで目的地へと向かう。六堂学園は都市の中央にある。都市にある高等学校は六堂含め六つ。それぞれに一から六までの数字が割り当てられ、それがそのまま学校のランク付けになっている。一に近いほど優秀で六に近いほど落ちこぼれである。

 

 特に六堂は能力者として才能なしと見限られたものや他の学校でトラブルを起こした不良生徒が行き着くため、他の五学園と一線を画した最底辺の学校と揶揄されている。


 目的地に近づくにつれ学校から帰宅する生徒とすれ違う機会が増えていく。彼女らは溝畑の姿を見るとコソコソと内緒話をしながら去っていく。


 ただでさえ身長のせいで注目の的になりやすいのにもかかわらず、今は六堂の制服を着ている。まるでサーカスを見るかのような彼女達の視線に苛つきながら、溝畑は彼女達を睨みつけた。


「なんか用か? 直接言えよ」


 溝畑が言うと、彼女達は巣を突かれた蜂のようにその場から逃げるように去っていく。溝畑は舌打ちをすると、脇道へと逸れた。


 謹慎していた三か月で思ったよりもナーバスになってしまったようだ。なるべく人目につかないよう自然と戯れながらたっぷりと時間をかけ六堂学園へとたどり着いた。


「ここか」


 見た目は溝畑がかつていた一条学園と遜色ない。綺麗に整備された校舎と色鮮やかな花が植えられた花壇。白を基調とする一条学園に対して六堂学園は黒を中心に据えた色調で塗装されている。


 懸念点があるとすれば学園施設そのものではなく生徒の方だった。正門から出てくる六堂生が皆一様に暗い顔をし、俯きながら帰路についている。しばらく立ち往生しているとすれ違う女子生徒二人の会話が耳に入る。


「本当に無くなるんだよね。どうしよう・・・・・・。勉強なんてほとんどして来なかったのに」


「嘘ならよかったのにね」


「それだけはないと思ってたのに」


 溝畑はハッと我に返った。彼女たちの会話が気にはなったがとにかく今は手続きを済ませることが先決だ。溝畑は駆け足気味に正門を潜り抜け、職員室へと向かった。

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